第33話 レスターの噂
「招待客への案内も終わったし、パーティーのメニューも決まったし、大分準備は進んだな」
カフェテリアで昼食を取りながら、レスターとリストをチェックする。
(準備期間が短くて間に合うか不安だったけど、レスターのおかげで順調に進んでいる。さすがは副団長ね。事務仕事も手慣れているわ)
レスターは挙式までの作業を洗い出し、期限を定め、必要な人間に報連相も怠らなかった。
(私のことは無視して進めてくれればもっと早いだろうに、些細なことも私にも聞いてくれるし……。仕事で中々休みが合わないこともあって、こうしてランチの時間や帰りの時間が合うときにちょっとした相談もしてくれる。完璧すぎて怖いくらい)
サラは昼食を取りながら、最終チェックを怠らないレスターを複雑な心境で眺めた。
「あの……レスター」
「ん? どうかしたか?」
「その――忙しいときに申し訳ないんだけど。……仕事のこと、なんだけど……」
結婚後、サラの仕事をどうするかということは、まだレスターに相談できていなかった。
(普通に考えれば、やめるということになるんだろうけど……)
「仕事?」
レスターはきょとんとサラを見た。
「私の、仕事……なんだけど」
レスターはサラが話しやすいように、柔らかい表情でサラに次の言葉を促した。
「辞めた方が、いいわよね?」
どう言ってよいか分からず、サラはレスターを試すような言い方をした。
「辞める?」
「う……うん」
「――……辞めたい、ということか?」
レスターはサラの様子を注意深く観察するように見た。
サラはその言葉にパッと顔を上げ、レスターを見た。
(辞めたい?)
サラは自分の心に尋ねた。
(仕事は始めたばかりだし、激務はつらいけど……。やりがいはある。前世も製薬会社の研究員だったし、いまの仕事は自分には合っていると思う。でも――……レスターは後継ぎではないと言っても侯爵家の子息なわけで、その妻になる人間がいつまでも王宮で働くのは外聞が悪い気もするし……)
サラはどう答えてよいか分からず、答えに窮していた。
「その……」
「サラが辞めたいというわけじゃないなら、続けたらいい」
レスターは中々はっきり言わないサラに、そう告げた。
「え?」
サラはレスターの反応に驚いた。
「でも――……」
「君はいまの仕事が好きなのかと思っていた」
「それは……」
(そうだけど――……。でも、そんなこと言っていいの?)
「俺から見ても、君は3課の仕事が向いている。君の製造印の回復薬が人気なのは、騎士団では有名な話だ」
(その話は、前に診療所でデニスも教えてくれた)
「やりがいが……あるんだろう?」
レスターはサラを見て、優しく微笑んだ。
サラはそのレスターに、気が付いたら素直に頷いていた。
「だったら続ければいい」
「でも――」
「前にも言ったが、俺は後継ぎじゃない。ヴィヴィアン侯爵家の人間は、君も知っての通りで、君が働いていることにとやかく言うとは思えない。世間体は、気にしなくていい」
サラはレスターの言葉に、心底安堵して少しだけ目の奥が熱くなるのを感じた。
「すまなかった。心配していたんだな」
レスターは、サラの頭をポンポンと撫でた。
サラはふるふると首を振った。
「辞めなければ……いけないと思っていたから――。でも、私……レスターの妻としても、きちんとしたいと思っている。式の準備も、ほとんどレスターに任せっぱなしだし……」
「俺の妻として――?」
サラは強い眼差しをレスターに向け、こくんと深く頷いた。
その様子にレスターは少し照れたように笑った。
「それは……俺としては、嬉しいけど――……」
「いまの仕事と、それを両立するのは難しいと思っていて……。今はよくても、もし子どもができたら――」
「子ども?」
レスターがサラの発言に驚いたように、繰り返した。
レスターは先ほどよりも照れたような顔をしている。
その様子に、サラはハッとして顔を赤くして下を向いた。
(しまった! また、妄想し過ぎちゃっていたのかも……。だって、結婚するんだから、いずれは子どものこともあるかもしれないし……そうじゃなくても、いまの仕事の状況じゃレスターとまともに会える生活になるとも思えないし……)
レスターはこほんと咳ばらいをし、「いや、そうだな。子どものこともあるな」と尤もらしく同意した。
「確かにいまの君の仕事は残業も多いし、私とのすれ違いも多いかもしれない」
「どうしたら良いか、ずっと悩んでいて……」
「うーん……」
レスターは目を閉じて腕を組みながら、少し考え込んだ。
「働き方を……変えても良いかもしれないな」
「働き方?」
「例えば、勤務日を減らすとか、業務分担を減らすとか。もちろん、給与とは比例するだろうが君の場合は生活のための労働ではないし」
(前世では時短勤務やらフレックスタイムなんかもあったけど、今世ではそういうものはなかったから諦めていたけど……)
「――いいの?」
「課長と相談してみてもいいかもしれない。君みたいな希望の人間は他にもいるかもしれないし、女性の働き方を考える良い機会になるかもしれないな。3課の増員の件は進んでいるから周囲への負担も心配しなくていいだろう」
「レスター……」
「俺は騎士団所属で男所帯だったから、女性の働き方に無頓着だった。気が付かなくて、すまなかった」
サラは思い切り大きく首を振った。
「そんなに……考えてくれて、嬉しい。ありが――」
「サラくん?」
レスターにお礼を言おうとしていたら、サラを呼ぶ声がした。
声の方を向くと、肩まで伸びた薄い水色の髪が目に入った。
「――エルトン様?」
「あれ以来だな」
エルトンはサラを見て嬉しそうに微笑んだ。
サラは慌てて立ち上がって「あのときは、本当にありがとうございました!」と頭を下げた。
「いや、いいんだ。私も勉強になった。また君とは話したいと思っていたから。デリックからランチはカフェテリアにいることも多いと聞いていたから試しに来たがすぐに会えるとは思っていなかった」
「――……話したい?」
先ほどまで穏やかな様子だったレスターが、冷ややかな空気をまとって立ち上がった。
「あなたが何故サラと話す必要があるんですか?」
「ん? レスター、お前もいたのか」
「レスター、エルトン様とお知り合いなの?」
「知り合いというか……――」
「レスターはアカデミーの後輩だ」
「え? じゃあお兄さまとも?」
「兄?」
「ローレンス・リンジー・ハーヴィーです」
「ああ! 君はローレンスの妹だったのか。なるほどね。ローレンスは変わり者だったが、優秀な男だ。確かレスターたちの代は、ローレンスが首席だったな。君が優秀なのも頷ける。ちなみに私の代は私が他と圧倒的な差をつけての首席だった」
「ふふ、エルトン様は、アカデミー時代から優秀なんですね」
エルトンはサラの言葉に気を良くして、得意気に腕組みをした。
「――エルトン先輩、サラに何か用があるのですか?」
「別に用はないが――なんだ。サラくんに話しかけるのに、一々お前の許可を取らなければならないのか?」
「そういうわけではありませんが。サラと式に向けての大事な話をしていましたので」
「式? なんの式だ?」
「《《結婚式》》です」
「結婚? 誰が?」
「もちろん、私とサラです」
「お前と――?」
エルトンは目を丸くして、レスターとサラを見比べていた。
レスターとサラの電撃婚約は、王宮内ではかなり噂されていたがエルトンの興味に引っかからなかったのか、初耳という顔をしていた。
「……なんで?」
「なんでって――エルトン先輩に何か関係ありますか?」
エルトンの様子に、レスターは少し苛立ったように言った。
「関係はないが――……そうか、あの噂は嘘だったということか」
エルトンはぼそっとつぶやいた。
サラとレスターの婚約の噂は知らなかったようだが、別の噂は知っているようだ。
「あの噂?」
サラがエルトンを不思議そうに見た。
「知らないのか?」
サラはこくんと頷いた。
「エルトン先輩――」
レスターは嫌そうに、エルトンの名を呼んだがエルトンは意に介さなかった。
「レスターは、男色家か、幼女好きか、人妻好きかという……」
「え!?」
「エルトン先輩! くだらないことをサラに吹き込まないでください」
「この容姿、能力、身分で、女っ気がないなんておかしいだろう? レスターは私と違い首席で卒業はできなかったが、優秀な男であることは間違いない」
「本当にあなたはくだらないことばかり覚えて……」
「私は一度聞いたことは忘れないだけだ」
エルトンはレスターを無視してサラに話し続けた。
「それで、みんなずっと噂していたんだ。俺は男色説を押していたんだが……君は男性っぽくはないし、どちらかというと幼女好き……?」
「俺は男色でも、幼女好きでも、人妻好きでもありませんし、サラはれっきとした成人女性で幼女ではありません」
「だったらなんで――」
「あなたに関係ないでしょう!?」
レスターはエルトンの調子に乗せられて、珍しく声を荒げていた。
サラはというと――……エルトンの言葉に、妙な説得力を感じていた。
(男色か、幼女か、人妻……。その選択肢は、考えていなかったわ)
お読みいただきありがとうございます。
本日で10万文字まで達成しました。
ストックも大分溜まりました。
完結まで頑張りますので、続きも読んでいただける方はぜひブクマをお願いします!




