第32話 デニスの告白
(デニスと廊下で話していると、ロクなことを思い出さないわ。今日は観客はいないみたいだけど……)
控室では人の目が気になるということで、人気のない廊下で少し話すことになった。
「なぜサラが君と話さなければならないんだ?」
レスターは声をかけてきたデニスを、一瞬で凍り付かせるような冷たい空気をまとった。
デニスはそんなレスターの様子に怯んだが、必死に頭を下げた。
「私がこのようなことをお願いできる立場ではないということは承知しておりますが、5分で結構です。二人で話す時間をいただけないでしょうか」
「――ダメだ」
レスターは取り付く島のない態度だった。
周囲の好奇の視線も感じて、サラは居た堪れない思いだった。
(レスターのおかげでデニスとの婚約破棄は目立たなくなっていたけど、このスリーショットは……)
「最後の挨拶を……するだけですから」
しばらくの間、不機嫌なレスターと、それでも譲らないデニスが見つめ合っていた。
(最後? 一体、何だって言うの? 私もデニスと話したいわけじゃないけど……ここまでするんだから、何か理由が――)
「レスター……私のことだったら大丈夫だから」
(これ以上長引いて注目を集めたくないし)
サラがそう声をかけると、デニスが安堵したような顔をした。
レスターはため息をつくと、真一文字に結んだ口を開き「3分」とデニスに言った。
「3分で戻れ。それ以上はない」
そう言われて、デニスとサラは慌てて控室を出た。
(人気のない廊下でデニスと目を合わせるのは、やっぱり気まずいわ)
サラの内心を知ってか知らずか、デニスは意を決した様子でサラを見た。
「サラ、先日のミツリン草の件――改めて、礼を言いたい。ありがとう。君のおかげで完全に回復することができた」
「あ……うん。それは、良かったわ」
「それと――……今日、君と話したかったのはマリアの件だ」
「マリア……?」
サラの胸の奥が、ざわっと揺れた。
あの日、ランドン子爵に引きずられるように去っていたマリアの後ろ姿が蘇った。
「俺は――マリアと、北部へ行くことにする」
「北部!?」
(確かに夜会でレスターに北部行きを示唆されていたけど……まさか、本当に……)
サラが青ざめていると、デニスは首を振った。
「自分から申し出た」
「え!?」
(サラの知っているデニスは、自分から北部に行くような人間ではなかった。田舎暮らしは馬鹿にしているようなところがあったし、左遷されるなんてプライドが許すわけがない)
サラが驚きに目を見開いた。
デニスはそんなサラの反応に苦笑いをした。
「君が驚くのはよく分かるけど……――俺なりに、考えたんだ。今までの自分について」
「え?」
「俺は侯爵家の長男として育てられた。今思えばプライドばかりが高かった。君は――俺にとっては分かりやすく派手な女性ではなかったし、俺よりもアカデミーの成績が良かったことも、両親の受けが良かったことも……正直、嫌だった。比較されていると、思っていた」
ポツポツと話すデニスの言葉は、どれも意外なものだった。
(気が合わないと思ってコミュニケーションを最低限しか取ろうとしなかったけど、デニスはデニスで思うことがあったんだ)
「君と結婚したら、一生みじめな思いをするのかと思った」
あの高いプライドの裏に、デニスの弱さが見えた気がした。
「だからと言って、君にしたことが許されるとは思っていない。マリアも……きっと、君へのコンプレックスを肥大させた結果、あんなことをしたんじゃないかと思っている。マリアを愛しているかと聞かれたら、正直、分からない部分もある。でも――こうなったいま、マリアを見捨てられないとも思っている」
サラは黙ってデニスの話を聞いた。
「ここを去る前に、君には伝えておきたかった」
デニスはサラに向き合った。
「君には、申し訳ないことをした。謝って許されることではないが、心からの謝罪をしたい」
デニスはサラに改めて頭を下げた。
「サラ、あんなことを言った俺の言葉は信じられないかもしれないが……」
デニスはサラに照れくさそうに言った。
「君は、魅力的な女性だ。そのことが分からなかった俺は、本当に馬鹿だったんだと思う」
デニスの告白に、サラは瞠目した。
(こんなこと……デニスから、言われる日が来るとは思わなかった)
「もう……時間だな」
デニスは控室の方向を向いた。
サラはレスターのもとへ戻ろうと踵を返した。
「サラ……、副団長と、幸せに……」
デニスはサラの後ろ姿に、小さくそう呟いた。
「もう少し早く、君への思いに気が付きたかったよ」
後悔の滲むデニスのその声は、サラには永遠に届くことはなかった。
控室へ急ぐと、扉の横の壁にもたれるレスターが立っていた。
サラの足音が聞こえると、パッと目を開いた。
「サラ」
「ごめんね、レスター。待たせて」
「いや、いい。それで――……聞いたのか?」
レスターはデニスの会話の内容を察しているように尋ねた。
サラはその問いに小さく頷いた。
「アイツも――……少しはマシな顔つきになったな」
サラは複雑な表情をしていた。
今日のデニスは清々しい表情だった。が、同時にデニスの告白の重さに彼の人生を大きく歪めたような罪悪感もあった。
「サラ、君が気にすることではない」
サラの心のうちは、すべてレスターに伝わっているのではないかと思った。
「何が幸いとなるかは、分からないものだ。それに――……どういう未来を作るかは、デニス次第だ」
レスターは、デニスに見せた厳しい表情とは違う、デニスを思う上司の穏やかな上司の顔をして微笑んでいた。
レスターのその表情が、言葉が、サラの気持ちを軽くしているのが分かった。
(そうだ。未来は、自分次第なんだから……)




