第31話 イヴの愛の行方
中堅騎士たちの試合を挟み、最終試合には団長が登場した。
対戦相手として姿を現したのは、レスターだった。
最終試合の対戦者たちの登場に、会場は今日一番の盛況だった。
「イヴ様、お父さま大人気ね」
サラがそう声をかけると、イヴは少し照れた顔をして「レスターのついでに声をかけて貰っているのではないかしら」と言った。
「そんなことないわ。団長は強くて逞しいし。ファンが多いのよ」
実際、団長は圧倒的な強さと朗らかな人柄で、老若男女問わず人気がある。
「イヴ、お父さまも応援してあげなさいよ。ほら、手を振っているわよ」
団長はぶんぶんと音が鳴りそうな勢いで、イヴに手を振っていた。
防具を着て顔は隠れてはいるが、上機嫌なのは間違いない。
イヴは照れながらも、団長に小さく手を振り返した。
レスターも今回は団長と同じく防具も着用しているし、木剣ではない。
和やかな雰囲気だったが、試合時間が近付くと会場中が静まり返った。
二人の気迫を感じたからだ。
(レスター……頑張って!)
団長の逞しい肉体は見せかけではない。
明朗快活で実直なタイプの現・団長、ロージャー・ハーヴィー伯爵は、実力で現在の地位に上り詰めたことでよく知られている。副団長のレスターとの付き合いは、かれこれ10年にはなる。お互いの戦法、弱点は知り尽くしている。
刃と刃がぶつかり合い、「キィン……」という高い金属音が会場に響いている。
打ち合いのたびに、空気が震えるような緊張感が走る。
レスターは団長のパワフルな攻撃を受け流し、円を描くように身をひねってかわした。
(先ほどまでの試合と違って、どっちが優勢なのか全然分からないわ……)
観客は息をのんで見守り、足さばきの音までが会場に聞こえる。
(打ち合いは互角に見えるけど、パワーは団長の方がありそう)
団長がレスターを力で押しのけるように剣を振るい落とした。
団長の太刀を受けるレスターの腕が、震えているようにも見える。
「――レ……レスター! 頑張って!」
静まり返った会場に、思わず叫んだサラの声が響いた。
サラの声が聞こえた瞬間、レスターの腕がピクッと動いたような気がした。
「ハーヴィー団長! 行け!」
「レスター副団長、頑張って」
サラの声援に続くように、会場中から声援が沸き上がった。
サラの並びに座るイヴも、二人の試合を見ながら力が入っているのが分かる。
レスターは団長の剣を押し戻し、ひらっと身体を翻した。
そして、次の瞬間――団長の一瞬の隙を突いて踏み込み、レスターの鋭い一太刀が走る。
決まったかと思ったが、団長も素早い動きでレスターの太刀を食い止める。
先ほどと形勢が逆転し、レスターが責めているように見える。
「レスター!」
もう一度サラは声を上げた。
その声に押されるように、イヴは思わず「お父さま! 頑張って!」と叫んだ。
イヴは自分でもその言葉が意外だったのか、叫んだあと「あ……」と口を押えた。
イヴの声援が響いたとき、レスターに押されていたはずの団長はレスターの太刀を払いのけ、一拍の沈黙ののち、鋭い踏み込みから決定的な一撃をレスターに決めた。レスターが握っていた剣先が二つに折れ試合不能となった瞬間、試合終了を告げる合図がなった。
二人への敬意を込めた今日一番の拍手が会場中に響き渡った。
団長もレスターも二人並んで、会場に礼をしている。
団長は会場に大きく手を振っていたが、レスターは丁寧に礼をすると控室へと姿を消した。
(レスター、手は振ってくれなかった……。ショックだったのかな)
「レスター……」
イヴは団長を応援したにも関わらず、ひと際残念そうな声をあげた。
「お父さま、カッコよかったわね」
メアリーが残念そうにするイヴの肩にポンと手を置いた。
「私はレスターに勝ってほしかったのに」
「ふふっ、何を言ってるんだか」
「イヴ様、団長は本当にお強くて素敵ね」
サラがイヴに声をかけると、イヴは複雑そうな顔で照れたように笑った。
「副団長も、強かったね」
マチルダが満足そうにサラにそう声をかけた。
サラもマチルダに「うん」と頷いた。
「どっちが勝ってもおかしくない試合で、興奮したわ!」
「サラ、ちゃんと副団長をねぎらってあげるんだよ」
「そっ、そりゃあ……挨拶には行くわ」
「サラはちゃんと分かっているの?」
「え?」
「だから、こういうときは思い切り、副団長カッコよかったー、好きーって感じでいきなさいよ」
(なんか、デジャブのような内容だけど、気のせいかしら……?)
「マチルダは、レスターをなんだと思っているのよ……」
「え? ちょっと愛が重めの副団長殿だと思っているけど。あ、言葉だけじゃ今日は元気にならないかもね。なんか、後ろ姿が寂しそうだったし――」
マチルダは、イヴに聞こえないようにいたずらっぽく、サラの耳にささやいた。
「ぎゅってサラから抱きつくか、ちゅっとサラからキスでもしたら元気になるんじゃない?」
「キッ……」
(イヴ様も傍にいるのに……なんてことを――。しかも、この前はじめてキスしたばかりなのに、自分からなんて……)
サラが顔を赤くしてマチルダに無言の抗議をしていると、メアリーが一緒に挨拶へ行こうと声をかけてくれた。マチルダとは会場で別れ、サラはメアリーたちと騎士団の控室へと向かった。
◇◇◇◇
扉を開けると、先ほどまで試合をしていた騎士たちが休んでいた。
騎士たちの家族や恋人も入れるからか、控室は和やかな雰囲気だった。
扉を開けると、団長はいち早くイヴに気が付き、「イヴ! 会いに来てくれたのか!」と嬉しそうに立ち上がった。
イヴはそんな団長に少し口を尖らせて「お父さまに会いに来たんじゃなくて、レスターに会いに来たのよ」と言った。
団長はそんな娘の冷たい反応に翻弄されつつも、イヴの一挙手一投足のデレデレと鼻の下を伸ばしていた。
(本当にすごい溺愛っぷりなのね……)
サラはイヴの前の団長のギャップに、驚いた。
そのことに気が付いたように、レスターがサラの傍らに立った。
「本当に溺愛ぶりが凄いだろう?」
「うん。初めてみたけど……想像以上だわ」
「今日はイヴの声援に負けたようなものかな。サラに折角カッコいいところを見せたかったのに、残念だよ」
レスターは眉を下げた。
「そんなことない」
「え?」
「カッコよかったわ、とっても」
「でも、負けちゃったし」
「勝負は、時の運でしょう?」
「え?」
「あんな風に戦えるなんて、日ごろどれだけ鍛錬しているんだろうって」
「……」
「レスターが働いているところ、こんな近くで見られて、私は大満足よ」
サラはレスターに微笑んだ。
レスターは、サラから目を反らして顔を抑えていた。
「どうか……した?」
「いや――。君は、変わらないなって思って……」
「――……変わらない?」
「――覚えてない?」
レスターは、サラの瞳を覗き込んだ。
「アカデミー卒業のとき。ローレンスに最後の最後で抜かれて、首席を持って行かれて悔しがっていたときも、君はそんな風に言った。『勝負は時の運でしょう? 大切なのはその間に何を積み重ねてきたかではないの? あなたは何も恥ずべきことはないはずよ』って」
レスターの瞳に、サラの姿がはっきりと映っている。
「8歳の少女にそんなことを言われるとは思わなかったから驚いたよ。さすがはローレンスの妹だって思ったけど、それにしても少女とは思えない大人びた発言に、自分が恥ずかしくなった」
(そういえば……そんなことも、あったかも。確かに8歳の少女らしからぬ発言だったかも。あの頃は前世の記憶もぼやっとしていたけど、なんとなく大人の心は持っていた気がする)
「――そんなことを、レスターが覚えているとは思わなかったわ……」
サラがぼそっとつぶやくと、レスターが真剣な瞳でサラを見た。
「忘れるわけ、ないよ」
「え?」
驚いてみると、レスターの熱い視線とぶつかった。
「副団長」
レスターを呼ぶ声がして振り返ると、そこにはデニスが立っていた。
「ハーヴィー伯爵令嬢と、少しだけお話をする許可をいただけますか?」




