第30話 騎士団の公開練習
(わあ、こんな近くから見るの初めて!)
サラはマチルダを伴って、会場の座席に座った。
「さすが副団長の婚約者ね! こんな良い席から見られるとは」
マチルダは興奮しながら座席に座った。
騎士団の公開練習は、試合形式で行われていて、いつも非常に人気だ。
団員の家族だけではなく、一般貴族から平民まで多くが集まる。
それだけこの国にとって、騎士の存在が重要で人気があるということだ。
試合会場を中心に、すり鉢状になっている観客席は下から上まで満席で、立ち見までいる。
(前までは後ろの方からしか見られなかったけど、ここからだったらきちんと見られそう。前もレスターの試合のときは、観客が増えてしまって全然見られなかったのよね)
貴族と言えど、高位貴族以外は専用の座席などない。
サラはいつも後方からの立ち見だった。
「サラ様、お隣よろしい?」
声の方を向くと、団長の奥さまとお嬢さまが手を繋いで現れた。
「奥様!」
「メアリーでいいわ。この子は娘のイヴよ」
「クワイン伯爵家の長女・イヴと申します」
イヴは丁寧に淑女の礼をした。
年は11歳ということだったが、しっかりとした挨拶だ。
ふわっと広がるスカートに、ウエストは大きなリボンのワンピースを着ている。
細い手足がまだ子どもらしいあどけなさを感じさせるが、理知的な大人っぽい雰囲気も感じる。
(イヴ様はメアリー様似ね)
団長のいかつい容姿を思い出し、サラは密かにそう思っていた。
「ハーヴィー伯爵家の次女・サラと申します」
「イヴ、サラはレスターの婚約者なのよ」
「レスターの? すごいわ! 羨ましすぎる!」
サラは子どもらしい、はじける笑顔を見せた。
「イヴはレスターが大好きなの」
メアリーは、サラに微笑みかけた。
(そういえば――)
「団長がよく娘さんのお話をされているって、レスターも……」
(あのときは、結婚相手として紹介されているような感じで話していたけれど)
「お父さま、変なことを話しているんじゃないかしら」
イヴは少し眉根を寄せながら、口を尖らせた。
そういう顔をしていると、子供っぽく見える。
「そんなことはないと思いますよ。とっても、溺愛されているって」
サラがそう言って微笑むと、イヴは照れくさそうに、でも嬉しそうに笑った。
「こちらは私の同僚で、マチルダと言います」
「マチルダです。サラのおかげでこんな良い席で見られるなんて本当ラッキーです」
マチルダは、団長家族にも全く物おじせず、いつも通りの調子で笑顔を見せた。
「本当にそうよね。私もあの人が管理職になるまでは、公開練習も遠くからしか見たことがなくて……。そういえば、サラ、夫によると、レスターはいつにもまして張り切っているって話よ」
メアリーが意味ありげにサラを見た。
「え?」
サラの反対隣に座るマチルダは、ニヤニヤ笑いでサラを見ながら「そうですか。副団長殿、そんなに張り切って」と意味深に笑った。
「ええ、普段の訓練でも気合が入り過ぎて、部下の皆さんの体力がついていかないようよ」
「そ……そんなに、ですか?」
「ええ、そんなになの」
メアリーは、きょとんとしているサラに、含み笑いをした。
(騎士団の団員は、そもそも日々厳しい訓練で鍛えているはずなのに、その方々の体力がついていかないって……一体、どんな練習をしていたのかしら……?)
「レスターはいつも通りだったので、全然気が付きませんでした」
(私も一応婚約者なのに、レスターの変化に全然気が付かなかったわ)
「レスターは、元気なのよ」
メアリーは、ふふふと楽しそうに笑った。
「あ、お父さまが出て来たわ!」
試合会場に続々と団員達が現れ、軽くトレーニングをしている。
団長の後ろからレスターも現れた。
団員の中には、女性人気の高い騎士も多い。
もちろん、鬼の副団長とは呼ばれ遠巻きにはされてはいるが、レスターはその筆頭格だ。
ここぞとばなりに、周囲からキャーキャー悲鳴が上がっている。
(夜会のときも思ったけど、レスターってやっぱりモテるのよね……)
サラは女性からの歓声を受けるレスターを複雑そうに見ていた。
すると、サラに気が付いたのか、レスターが小さく手を振った。
団長もその隣でぶんぶんと手を振っている。
「レスターだわ!」
イヴが嬉しそうに手を振ると、「お父さまも手を振っているわよ」と、メアリーに突っ込まれていた。
「お父さまにも振っているわよ」
言葉と裏腹に、イヴはレスターに笑顔で手を振り、団長は眼中にすら入っていない。
「もう、誰を応援しに来たんだか……」
「そんなの、レスターよ!」
「あなたね、お父さまがかわいそうじゃないの」
メアリーが呆れた顔でイヴを見た。
「だって……お父さまって、魔王系でしょう? 私は王子さま系がいいのよ」
「お父さまだって、若い頃は王子さま系よ」
「嘘。それは嘘よ。どう考えたってああならないでしょう?」
サラはメアリーとイヴのやり取りに思わず笑ってしまった。
団長はかなり体格がよい。スラッとしたレスターとは、大分体型は違うように見える。
(団長の隣にいると細身に見えるけど、レスターもかなりガチッと筋肉質な感じだった……)
サラは先日レスターに抱きしめられたのを思い出し、勝手に顔を赤くしていた。
「サラ、なんか顔赤いけど。大丈夫?」
マチルダが挙動不審なサラの顔を覗き込んだ。
サラは自分の不純な妄想を見られているような気がして、慌てて手を振った。
「大丈夫。なんでもないの、本当に。――あっ、もう予選が始まりそう」
「本当だ」
審判員の合図で、若手の騎士たちが2組に分かれ剣を交える。
練習とは思えない気合の雄叫びを上げながら、向かっていく騎士もいる。
(防具は身に付けているけど、これだけぶつかり合ったら怪我もしそう)
試合中に、倒れて運ばれる若手騎士もいる。
「あっ、サラ、あれ、デニス様じゃない?」
若手騎士の中で、勝ち残っている者の中にデニスの姿もあった。
(デニスはアカデミーでも、剣術の授業は優秀だった)
「デニスは、若手騎士の中では有望株だったはずよ」
「問題は性格だけなわけね……」
マチルダは冷ややかに呟き、サラも苦笑をした。
「まあ――……。私とは合わなかったわね」
(でも、ああやって動けるようになっているんだから、ミツリン草の影響はもうないのね)
「元気になっているみたいで……良かったわ」
サラの顔をチラッと見て、マチルダも診療所での件を思い出したのか、「そうだね」と笑った。
「まあ、デニス様なんかどうでもいいか。サラには愛しの副団長殿がいるもんね」
「愛しのって……」
「間違ってないでしょう?」
ニヤニヤ笑いのマチルダに、サラは顔を赤くした。
「あっ、ほら副団長が出て来たよ」
若手の騎士たちの試合が終わり、彼らが控室へ戻ると、今度はレスターが現れた。
イヴも食い入るように見ながら「レスター!」と声をあげる。
イヴの声援が聞こえたのか、レスターはこちらを振り返り軽く手をあげた。
レスターが手をあげた方面の女性陣は、全員が「自分に?」と思ったかのような黄色い声援が一斉に上がった。
(本当、すごい人気……。普段は素っ気ない態度だから、表立って騒がれてはいないけれど。こういうときは思い切り、隠れファンたちが力を発揮しているわ)
「あれ? レスターが持っているのって……」
「木剣だ」
先ほどの若手騎士たちは防具をしていたが、試合用の剣を使用していた。
(どうしてレスターは木剣なの?)
不思議に思っていると、レスターの対戦相手として先ほどの若手騎士の中で勝ち抜いた者たちが次々現れた。その中にはデニスもいる。
若手騎士は先ほどと同じく、防具も身に付け、通常の剣を携帯している。
「どういうこと……?」
「――サラ様、心配しなくても大丈夫よ」
メアリーは、何事かと不安そうに見るサラに微笑んだ。
「で、でも――」
若手騎士と言っても、先ほど勝ち抜いた者たちが総勢20名はいる。
しかもレスターは防具もつけていなければ、武器は木剣のみ――。
(何かあったら、どうするつもりなのかしら……)
サラはレスターの身軽すぎる装備にハラハラしていた。
「すぐに終わるから、心配しなくても大丈夫よ」
心配そうなサラとは反対に、メアリーは落ち着き払っている。
不安気に見ていると、あっという間に審判の試合開始の掛け声が響いた。
若手騎士たちは先ほどの試合以上に気合が入った声をあげながら、四方八方にレスターを取り囲んだ。全員が結束して、中央にいる丸腰のレスターに向かって行く。
(さすがに……これじゃ――)
サラが不安に思うよりも先に、レスターは自分に向かって来る若手騎士たちを次々と払い倒していく。あまりのスピードに、何が起こっているのかよく分からない。
「レスター、すごーい!」
イヴの歓声や周囲の観客の声が、熱を帯びるのが分かった。
(すごい……。強すぎて、相手になってない。さっきの騎士たちだって、若手と言ってもそれなりの実力があるように見えたのに……)
あっという間に、レスターのほかに立っている騎士たちは5名ほどになっていた。
その中にはデニスも残っていた。
遠巻きに機会を伺っているようだったデニスは、覚悟を決めたのか、レスターに向かって剣を振り上げて全力で向かった。
それを合図としてか、残りの騎士たちも一斉にレスターに向かって行った。
「うおおおおおおーーーーっ」
若手騎士たちの気迫は観客席から見ても、伝わって来るものがあった。
「いいぞ! 行けっ!!」
「一矢報いろ!」
若手騎士へ声援も飛んだ。
レスターは5人の騎士たちの攻撃を静かに待つように制止していた。
が、レスターに触れそうな距離までたどり着いた瞬間、騎士たちの攻撃をひらりと交わした。
ドシンッ……――。
バランスを崩した若手騎士は、振り上げた剣をそのまま地面に叩きつけながら、また、バランスを崩した騎士同士がもつれるように倒れた。
ビュンッ……。突風が吹いたかのような木剣の動きに、虚をつかれたデニスは、思い切り腰を打たれ倒れた。
気が付いたら、会場で立っているのはレスターだけだった。
その瞬間、会場全体からワァッと大きな歓声が上がった。
「ね、あっという間だったでしょう?」
興奮して拍手をしているサラに、メアリーはそう言った。
「レスターが木剣を使っていたのは、若手騎士たちの怪我を心配してなんですって」
「え? そうなんですか?」
「ええ、いつも以上の気合の入りようが危ないからって、夫が判断したみたいよ」
「そう、なんですね……」
レスターは控室に戻る前に、サラたちがいる観客席に手を振った。
先ほどの女性たちのように、サラもその視線に「私を見ている」と強く感じていた。
レスターの碧い瞳が、サラを捕らえて離さない。
こちらを見るレスターは、先ほどの試合の疲れを全く感じさせない柔らかな笑顔だった。
(レスター、そんなに張り切ってくれたのって……私が見に来るから?)
サラはレスターを見ながら、そんな考えが過っていた。
(もし――……そうだとしたら、私……。これ以上、レスターを好きになったら……)
お読みいただき、ありがとうございます。
本日はなるべくかっこいいレスターを描こうと工夫しました。明日もサラに見られて気合入りまくりのレスターが続きます。
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