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これは責任婚のはずでしたが、なぜか夫の愛が重すぎます  作者: 青海きのこ


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第3話 責任婚って何ですか?

「え……え、え、えええーーーーっ!?」


動揺を隠せない私と対照的に、レスターは落ち着いた様子を崩さない。


「な、な、なんで? なんで、私と?」


(レスターと結婚できる人はいいな……なんて夢物語を少し妄想しちゃったけど。けど、そんな都合の良いことが現実になるなんて思ってないし……)


驚きで思わず身体が仰け反りそうになったが、何故か身体が動かなかった。

よく見ると、レスターの手ががっちりとサラを掴んでいた。


(え……なに?)


レスターに捕まれた手をちらっと見る。


(レスターも私の視線に気付いているはずなのに、なんで離してくれないの?)


レスターはサラの困惑の視線には反応せず、今度は更に近付き肩を抱いた。


(ひいぃぃぃ……っ! 徹夜明けの顔を、こんな近距離で見ないで!!!)


少し表情は乏しいけれど、キラキラの貴公子然としたレスターの顔がサラに近付く。


「サラ、俺ではダメか?」


(お願いだから……み、耳元で……囁かないで!)


「君はどう考えているか分からないが、デニスの馬鹿のせいで、新たな婚約者を探さなければならないだろう? 君の条件に合う、まともな婚約者がすぐ見つかるだろうか?」


レスターの真剣な目とぶつかった。


(そう、だ。レスターと会う前、そのことで頭が痛かったんだ。レスターだって、分かっている。

公衆の面前で侮辱されて、婚約破棄をされた女の行く末なんて――)


私の顔色が悪くなったことを、彼は見逃さなかった。

レスターは、サラの平凡極まりない薄茶色の髪を一筋手に取り、まるで愛しいものにするように、ちゅっと口づけた。


(な、な、な……!)


「なあ、サラ。俺に――……責任を、取らせてくれないか?」

「せ……責任って。さっきも言いましたけど、これは私とデニスの個人的な問題で、レスターが責任を感じることなんて一つも」


動揺で早口になる私の唇に、そっとレスターの指が触れた。

「しーっ」と、うるさい子どもを窘めるような仕草だった。


「言っただろう? 君の婚約破棄は私にも責任があるんだよ」


「ですから」と反論をしようと開こうとした口は、レスターの視線と指で開けなくなった。


「責任には色々な取り方があるが、今回は君と私が結婚するというのが、双方にとって悪くない結論だと思っているんだ。君が私の所為で変態貴族の慰みものになるなんて、耐えられない」


(それは……私だって、嫌、だけど――。でも、レスターと結婚なんて、私に都合が良すぎる)


「私は君にとっては……おじさん、だろうが――……少なくとも、君が嫌がるような行為を強要するつもりはない」


「おじさん」と自称するレスターは、自虐的な雰囲気が少し滲んだ。

確かにレスターはサラの10歳年上だ。


(出会ったばかりだったら、7歳と、17歳。恋愛対象にはなりそうもない、前世風に言えば“ロリコン”っぽい年齢差だけど。いまは……18歳と28歳になった。少し年は離れているが、おかしな年齢差とは思えない)


「レスターのこと、おじさんだなんて、思ったこと、ありません」


(それよりも、自分が子どもっぽくて相手にされないとは思っていたけれど……)


サラの言葉にレスターは少し安堵したようだった。


「でも、お姉さまのこともあるし――」


レスターは今でもサラの姉・ユーニスを思っている。

そういう噂は、社交界に疎いサラですら耳にしたことがあった。


(いくらお仕事が忙しいと言えど、彼ほどの人が28歳にもなって婚約者もいないなんて、普通はあり得ない。何か事情があると思うのが当たり前だわ)


「ユーニス? 俺とユーニスのことは、正式なものではなかったし、両家が揉めたわけではないから」

「そうかもしれないけれど」


レスターは思いのほかケロッとした様子で言って来る。


(そういうつもりで言ったんじゃないんだけど……。お姉さまのことは、もう、気にしていないってこと? じゃあ、なんで今まで婚約者も……いなかったの?)


やはり、ユーニスのことが原因としか思えなかった。

サラと縁続きになれば、姉との接点もできてしまう。


(私だって、実らない恋の傍にいる辛さくらい分かる。同じ王宮勤めでも、レスターに会いに行くことすらできなかったんだから。会いたかったけど――。会ったところで相手にされないことは目に見えていた。今更「妹」面して、彼とどう接して良いかも分からなかった。だから、デニスとの婚約だって進めてもらったんだし……)


レスターが、こんな提案をする理由がサラには分からなかった。


(責任感からって言っても、こんなの……おかしい)


「これは俺にもメリットがある話なんだ」

「――……え?」

「俺ももう28だ。親からも、上司からも、結婚を急かされているんだ」


(お兄さまも同じ状況みたいだけど、まさかレスターもそうだったとは思わなかったわ)


「そう、なの? でも、レスターなら私と結婚しなくたって、素敵なお相手がいっぱいいるんじゃない?」

「そんなことは、ない。俺は「鬼の騎士団副団長」なんて呼ばれているだろう?」

「え? あ……ああ」

「そんなあだ名がついている男なんて、ご令嬢からは嫌がられるし……」


レスターは少し大げさに顔を覆う仕草をした。


(え? 私の周りではレスターに憧れるご令嬢はいっぱいいたのに……。レスターは気づいていないの?)


「そんなことないわ。レスターは厳しいかもしれないけど、優しいし。私の知り合いにもあなたに憧れている人は山ほどいると思うけど……」


サラの言葉に、レスターの悲嘆にくれた顔が、少し固まっていた。


「レスター、私の知っているご令嬢の中にもレスターと家格も、容姿もバランスの取れる方が」


サラがレスターに相応しい婚約者候補を提案しようとすると、レスターはその言葉に被せるように言った。


「サラ――……私も、誰でも良いわけじゃない。サラは子どもの頃から知っているから、気心も知れているし」

「まあ、それは確かにそうだけど」

「仕事も忙しくて、これから新たなご令嬢と仲を深めるような時間も……」

「そんなに、お仕事が忙しいのね――」

「最近、団長から、娘の話もよく聞かされていて――」

「騎士団長の……?」

「ああ、上司に本気で言われたら、さすがに俺も断りにくいが――。結婚なんかしたら余計に面倒だろう?」


(まあ、確かに……。上司の娘と結婚なんて、前世でも今世でもあまり歓迎されないかもしれない)


レスターも色々大変なのか……と、思わず同情してしまう。


「君はよく自分を地味だというけど、俺はそうは思っていない」

「え?」

「清楚で、可憐だ」

「そっ……そんなこと言うのは、レスターくらいよっ」


サラは赤くなって俯いた。


「それに、いつも人が嫌がるようなことを、進んで引き受けるだろう? お茶会や夜会のときは、いつも困っている人に気が付いて声をかけている。アカデミーのときだって、華やかなシーンは他に譲って君はいつも面倒な役割を担っていた。今だってそうだ。他部署に礼を言われるような場面に君はいないけれど、誰よりも薬の製造に力を尽くしているのは君の上司からも聞いている。それは地味ではなくて、控え目で、優しいということだろう? 私はそう思っていたよ」


レスターが思いがけないエピソードを口にした。


(嬉しいけれど――)


「どうして、そんなこと……?」


レスターとはアカデミーに一緒に通ったことはないし、私が参加するお茶会や夜会に一緒に参加したことはない。レスターの言うようなことは、確かにあった気がするけど、なぜそのことをレスターが知っているのか。不思議だった。


レスターは、私のつぶやきにハッとした顔をして顔を背けた。


「ローレンスに……よく、君の話を聞いていて」


(お兄さまが?)


レスターと兄・ローレンスは、アカデミーの同窓生で、仲も良い。

姉とのことがあって以来、家には来なくなったけど、兄との交友は続いていた。

でも、兄とレスターが自分のことを話題にしているのは意外だった。


(なんだか面はゆいわ)


「王宮で働き始めたのも分かっていたから……心配で」


レスターが、ずっと自分のことを気にかけてくれたことを初めて知った。

妹のようなものとしての親愛の情かもしれないけれど、そんなにレスターが自分のことを気にかけてくれていたことが正直嬉しかった。


「その――……気持ちが、悪かったか?」


レスターは何だか気まずそうな顔をした。

私はそんなレスターに大きく首を振った。


(気持ちが悪いなんて、そんなこと、あるわけがない。レスターがずっと自分を気にかけてくれていたなんて、驚きだけど、嬉しい。お兄さまも教えてくれればいいのに)


レスターはサラの言葉に安堵し、照れたように顔を背けた。


「そうか。……まあ、とにかく、そういうわけだから」

「そういう……」

「私は君のことを大切に思っているし、結婚するなら君が良いと思っている。だから、君が私のことを気にする必要はない」

「そう……なの?」

「ああ」


(本当にこのままレスターの申し出に甘えていいのだろうか?)


考えあぐねていると、またレスターがデニスのことを持ち出して来た。


「君に、不幸な結婚をしてほしくないんだ。兄のような男に求婚をされて、嫌かもしれないが……君のことは、絶対に大切にする。幸せにすると、誓う」


(責任感の強いレスターのことだ。

デニスのように約束を違えるということはないだろう。

でも――……やっぱり、責任感から結婚なんて、間違っている気がする)


断ろうと顔を上げた瞬間、レスターがまたとんでもないことを口にした。


「サラ、抱きしめてもいいか?」

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