第28話 ヴィヴィアン侯爵家の晩餐
「サラちゃん、ずいぶん大きくなって。すっかりお嬢さんだわ」
レスターの母――ネリーは、久しぶりに会ったサラをそう言って抱きしめてくれた。
ネリーの隣には、レスターの父――エリオットも穏やかな笑みを浮かべている。
ネリーやエリオットと、サラがこうやって会うのは、ユーニスとレスターとの婚約話以来――つまり、6年振りだった。
(レスターとは一応職場も同じだから、12歳の私の姿で記憶が止まっているというわけではないだろうけど。ネリー様の記憶の私は、12歳の私のままなのね)
レスターは髪の色と全体的な顔の作りが、ネリーに似ている。
ネリーは時間の経過を感じさせないほど、いまも華やかな姿かたちのままだ。
ネリーは、レスターのように頭をポンポンと撫でながら「少し背が高くなったかしら?」と言った。
「少し高めのヒールを履いているからかもしれません」
レスターと並ぶことが多くなって、サラは高めのヒールの靴を履くようになっていた。
「あら、そうだったの」
「最後にこうやってお会いした頃から、身長はあまり伸びていなくて……」
ヴィヴィアン侯爵家はネリーも含め皆身長が高い。
「あら、小柄なのもかわいいわ。高いヒールは疲れるでしょう?」
サラはネリーの問いに曖昧に笑うと「でも」と言った。
「少しでも背が高い方が、レスター様との……バランスが良いと思って」
サラが少し照れながらネリーに告げると、ネリーはサラとレスターの顔を何度も往復して見ながら「まあ!」と喜んでいた。
チラッとレスターの顔を見上げると、レスターはネリーの視線から逃れるためか、そっぽを向いているようだった。
(レスターは、どう思ってくれているんだろう?)
「母上、こんなところでいつまでも話していないで、食堂も準備ができているみたいだから」
レスターの兄――シリルが声をかけた。
◇◇◇◇
「それでは、我がヴィヴィアン侯爵家の新たな一員に」
エリオットは、レスターと同じ碧い瞳を細めてサラを見ながらグラスを掲げた。
今日はレスターがヴィヴィアン侯爵家との晩餐をセッティングしてくれていた。
いわゆる、結婚の挨拶のつもりで緊張していたが、とてもアットホームに迎え入れられた。
(良かった。ネリー様も、エリオット様も、喜んでくださっているようで……。デニスとの婚約破棄の件もご存知なはずだから、反対されてもおかしくないと思っていたけれど。子どもの頃とは違うのにこんな風に迎えてくださって、私は本当に恵まれているわ)
「サラちゃん、シリルの妻のアナベル。あなたの義姉になる人よ」
シリルはどちらかと言うとエリオットに似ているが、レスターよりも柔和な雰囲気はネリーを思わせる。アナベルはユーニスとはまた雰囲気が違うが、清楚で美しい女性だった。
「サラさん、アナベルと言います。よろしくお願いします」
アナベルはお手本のような淑女の笑みを浮かべた。
(素敵な方だわ)
サラは慌ててアナベルにペコリと会釈をし、自己紹介した。
(こんな素敵な家族の一員になるなんて、なんだか信じられない)
よく教育された侯爵家の使用人たちも、誰もが礼儀正しい。
すべて完璧なように思えた。
(私……この中にいて、本当に大丈夫なのかしら)
「サラちゃん、私も夫もあなたが義娘になってくれるのは本当に嬉しいんだけど――」
ネリーが急に深刻な顔でサラを見た。
(やっぱり……)
サラはその様子にドキッと嫌な予感がした。
レスターもネリーの方に視線を向けている。
(本音は反対、ということなのかしら……)
「本当にレスターでいいの?」
ネリーはあっけらかんとした様子で尋ねてきた。
「え……?」
「ネリー、君は急に何を言うんだ。ようやく決まった息子の縁談を壊す気か」
エリオットがネリーの発言を窘めた。
「だって、あなた――」
ネリーはレスターの方をチラッと見た。
「レスターは……まあ、仕事はね、頑張っているようだけど、愛想もないから『鬼の副団長』だなんて言われているんでしょう? サラちゃんも知っているでしょう?」
「ま……まあ。でも、レスターが部下に理不尽なことを言っていることは見たことはありませんし……」
「理不尽なことはないかもしれないけど……。言い方が容赦ないでしょう?」
「母上」
レスターの様子を見て、シリルもネリーの発言を止めようと声をかけた。
「シリルだって分かっているじゃない。いつまでも婚約相手すら決めないで……。一生独身を貫くつもりなのかと思っていたでしょう?」
「まあ、それは――」
シリルもネリーの問いに同意せざるを得なかった。
(レスターに婚約者がいないのは、私も不思議だったけど。ご家族も困っていたってこと……?)
「それが急にサラちゃんと結婚するって言いだして。言い出したと思ったら、ずいぶん急いだ日程だし」
「いいじゃないか。サラちゃんだったら、よく知っているし」
「ええ、そりゃあ。レスターとしては良いでしょう。かわいいし、お仕事だって優秀だって聞いているし、性格も良いし、年だって10歳も年下……」
ネリーの最後の言葉に、サラはドキッとしていた。
(やっぱり、年齢差を気にしていたのは私だけじゃ……)
「別に18歳と28歳なんて、そんなに驚くほどじゃないだろう」
エリオットが慌ててフォローしたが、ネリーはワイングラスを傾けながら続けた。
「レスターは良いでしょうね。でも、サラちゃんはどうかしら?」
ネリーの話を黙って聞いていたレスターが、ワイングラスをガタンッと音を立てて置いた。
「……失礼」
レスターの方をチラッと見ると、特に表情の変化は見られなかった。
(気……気まずい……。なんだって、ネリー様そんなことを。やっぱり本音では反対しているってこと?)
「私は心配しているのよ。サラちゃんは子どもの頃から知っているから。レスターに脅されでもしているんじゃないかと思って……」
「脅すって……。君は息子をなんだと思っているんだ」
エリオットは呆れたようにネリーを窘めた。
「本当にひどい言いようですね。私がサラを脅すわけがないでしょう」
(確かに脅されてはいないわ。レスターは責任感から結婚しようとしてくれているだけで……)
黙って聞いていたレスターが、はじめてネリーに口答えした。
「あなただってそう思っているんじゃないの?」
「そうって?」
「サラちゃんの気持ちが変わらないように、結婚だって急いでいるんじゃないの?」
「……そんなことは、ありません。仕事の関係です」
「なんの仕事よ」
「――……魔獣討伐だってありますし」
「そんなの、しょっちゅうあるでしょう」
「母上には分からないことです」
レスターが強い口調で言うとネリーは怪しむような視線を向けた。
レスターは明らかに不機嫌なオーラを放っている。
気まずい空気が漂う食卓で、食事をする音だけが妙に響いた。
(なんで……こんな、空気に――。一体、どうしたら……)
サラは背中から冷や汗が流れるのを感じた。
「あの――……お義母さま」
サラは思い切ってネリーに声をかけた。
サラの呼びかけに、ネリーは顔をあげた。
「急な結婚でご心配をおかけしてしまい、申し訳ございません」
サラはぺこりと頭を下げた。
「あら、サラちゃん。違うのよ。私はただ、あなたが心配で……」
「私、レスター様と結婚できるのが本当に嬉しいんです」
ネリーが食事の手を止めて、サラをじっと見た。
「ご存知だと思いますが、私はデニス様に婚約破棄をされました。そのとき、助けてくださったのがレスター様だったのです」
「ええ、それは……。でもね、恩があるから結婚しなきゃ、みたいなことは気にしなくていいのよ」
サラはネリーの言葉にはっきりと首を振った。
「お義母さま、私、レスター様に感謝をしています。でも、感謝だけで、結婚するわけではありません。レスター様は、私にとって……王子様みたいな人なんです」
(そう。レスターは私の王子様だった。子どもの頃から、ずっと――)
サラはレスターへの告白まがいなことを、彼の家族の前で言うのが恥ずかしかった。
サラは耳まで赤くなっているのが分かった。
「だから、私、レスター様と……」
「サラちゃん、私が悪かったわ」
ネリーは納得したようにサラを見た。
「レスター、脅したなんて言ってごめんなさい」
「――……気にしていません。母上の思い込みの激しさは今に始まったことではありませんので」
レスターの表情が先ほどより柔和になった気がした。
(私の気持ち……少しは、伝わっているかしら)
「サラさんとレスターさんは、本当にお似合いのお二人ですわね」
アナベルが皆の思いを代表するように、そう声をかけた。
気が付くと、サラはヴィヴィアン侯爵家の皆に優しく見守られていた。
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