第25話 初デートでいいですか?
ヴィヴィアン侯爵家の馬車が、いつもの王宮を通り過ぎる。
(王都と目と鼻の先で働いているのに、休みの日に街へ行くのは久しぶり)
「行きたい場所でもあるか?」
「え?」
「街へ来るのは久しぶりだろう?」
「え!? どうして、分かるの?」
「そりゃ――……君が頑張りすぎるほど働いているのは、ローレンスからも聞いていたし」
(また、お兄さまか。前世での社畜生活が板についていたせいか、気が付いたら今世でも、そんな生活になっていたのよね。休みの日は疲れて、街へ行く気力も残っていなかったし……)
「近くで働いているのに、なんだか、すごく久しぶりに来た気がする」
懐かしく街を見ていると、レスターが目を細めた。
「嬉しい?」
「うん。レスターは街へ行くことはよくあるの?」
「俺は警備の仕事もあるから」
「プライベート……では?」
(お姉さまじゃなくても、他の令嬢と来ることだって考えられる。レスターだって、お兄さまと同い年なんだし。そういうことがない方が、おかしいもの……)
サラはもやもやする気持ちを抑えながら、レスターに尋ねた。
「プライベート?」
レスターはきょとんとして、「ないな」とサラッと答えた。
レスターの答えに、さっきのもやもやが晴れるのが分かった。
「で、でも……前にチョコレートをくれたでしょう?」
「――ああ」
「お茶菓子に出してくれたお菓子だって、王都で人気のお店のものじゃないの?」
「それは――……」
「レスターは甘いものは苦手なのに、どうして詳しいんだろうって、不思議だったの」
「――……どうして、って……それは……」
レスターは、サラの問いに言い淀んだ。
(……何か、言いにくいことが……?)
サラはゴクッと唾を飲み、レスターの返答を待った。
「別に。大したことではない」
「……大した、ことじゃないって?」
「……警備で街に来るから、自然と街の情報に詳しくなるだけだ……」
レスターは、何故だかごにょごにょと答えた。
「そう……?」
「ああ」
サラはなんとなくレスターの様子に違和感を持ったが、レスターの圧に押されてそれ以上は聞くことはできなかった。
(なんか、聞いたらまずいことだったのかしら……。やっぱり、他の女性と出掛けて教えてもらったとか、そういう? でも、レスターに限って、そんな風には見えないけど。前も女性関係でのトラブルはないって自信満々に言っていたし。でもでも、トラブルがないと言ったけど、女性関係がないとは……言っていない!?)
サラが王都への風景を見ている振りをしながら、あらぬ方向へ意識が持って行かれていた。サラが自分の加速する妄想にどんどん青ざめていくと、ゆっくりと馬車が停車した。
「着いたな。行こう、サラ」
レスターは馬車から降り、サラの手をそっと握った。
こんなちょっとした触れ合いで、先ほどの妄想が霧散するのを感じた。
(私って……本当に単純。だから、前世も結婚詐欺になんか――。ああ、また変なことを考えちゃう。今日はレスターとの初デートなんだから、変な妄想ばっかりしちゃだめ……)
サラはエスコートをしてくれているレスターを改めてじっと見た。
今日はレスターもサラも、ラフな装いだった。
車窓のガラスに町娘風の自分の姿が映る。
(レスターとの初デートだって言ったら、アンが張り切って用意をしてくれたのよね)
今日のサラは、コットン素材の小花柄のワンピースだ。髪は編み上げて、ワンピースと同系色のリボンをしている。サラはいつも髪を下ろしているため、アップのスタイルは珍しかった。
「いつものサラも可愛いけど、今日のサラも格別だな」
レスターが馬車を降りたサラを眺めると、改めて耳元で囁いた。
(屋敷でも、兄や父とともにずいぶん褒めてくれたのに……。改めてまた言われると――。それに、今日のレスターの服装だって、いつもと違って……)
「……レスターだって、今日の恰好も……素敵だわ」
レスターの今日の井出達は、白いシャツにパンツの至ってシンプルな装いだ。
いつも装飾品は控え目なタイプだけど、今日は全くない。
装飾品がないせいシャツのせいか、鍛えられた肉体やスタイルの良さがいつも以上に際立っている。
(金の髪に、碧の瞳も、いつも以上に輝いて見えるわ)
赤くなって目を反らすと、レスターがくすくすと笑っている。
(こんな反応だから、子どもだと思われるのよね。もう、こんなことで、赤くならなくなりたい!)
「サラ、この店でお茶でもしよう」
レスターが立ち止まったのは、クラシカルな店構えの店だった。外まで美味しそうな甘い匂いが漂っている。店内を除くと、女性客が多い。
「え? 今日はドレス選びを……」
「ドレスも選ぶけど、折角王都へ来たんだからカフェデートもいいだろう?」
レスターは柔らかく笑った。
レスターが店内に入ると、店員が「お待ちしておりました」と頭を下げ、レスターの家名を言おうとすると、レスターは人差し指を口に当てて「しっ」と言うポーズを取った。
「お忍びだから」
「失礼いたしました」
レスターの仕草に、女性店員が顔を赤らめながら頭を下げた。
(レスターに見られて赤くならないわけないわよね)
サラは頬を赤らめながら座席を案内する店員に共感していた。
レスターは慣れた雰囲気でメニュー表をサラに見せた。
「どれにする?」
サラはキラキラした目で食い入るようにメニュー表を見た。
(やっぱりチョコレートケーキがいいかしら。でも、今日のおすすめも気になる。いちごのプティングも美味しそうだし……)
「どれで迷っているの?」
「えーと……これと、これと……」
サラが指をさすと、レスターが子どもを見るような目でくすくすと笑った。
(こ……子どもっぽかった、かしら……)
サラは気を取り直すように、軽く咳ばらいをして、なるべく落ち着いたトーンで話した。
「――チョコレートケーキにするわ」
「飲み物は?」
「……珈琲にする」
レスターは少し意外そうに眉を上げた。
「珈琲? 砂糖かミルクを入れてもらおうか?」
「……ブラックでいいわ」
「ブラック?」
レスターは、サラをきょとんとした顔で見た。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
絶妙なタイミングで店員が注文を取りに来た。
「チョコレートケーキと、いちごのプティング、あと――今日のおすすめケーキも」
サラがさっき迷っていた商品をレスターが次々口にする。
「え? ……レスター」
「いいから。あと飲み物は、珈琲をブラックで、あといちごのフレーバーティーにしてもらおうかな?」
店員が去ったあと、サラは慌ててレスターに尋ねた。
「レスター、なんかいっぱい注文していたけど……」
「食べたかったんじゃないの?」
「でも、そんなに食べられないし」
(レスターは甘いもの苦手なはずなのに……)
サラが不安そうにレスターを見ると、レスターは笑った。
「サラが残したものは全部俺が食べるから、心配しなくていいよ」




