第24話 レスターとの約束
(マリアの後ろ姿が、こびりついて離れない……)
車窓から夕陽が沈むのを眺めながら、サラは今日のマリアの姿を思い出していた。
「サラ……」
レスターは、サラの肩をそっと抱いた。
振り返ると、心配するレスターと目が合った。
(レスターの方が疲れているのに……)
レスターは夜通しで馬を走らせて戻って来た。
謁見前に身支度を整えに一度帰宅していたが、休む余裕はなかった。
(それなのに、私の心配まで――)
「ありがとう、レスター。デニスのことも、マリアのことも、レスターには助けてもらってばかりだわ」
「サラの役に立ったなら、お安い御用だよ。それより、サラ、ランドン嬢のこと、何か気にしている?」
サラはドキッとした。
「……その」
「サラ、私たちは結婚するんだ。秘密はなしだよ」
レスターはそっと手を握った。
(そうだ。私と、レスターは、結婚するんだ)
そう思った瞬間、マリアの声が、呪いのようによみがえった。
『あんたみたいな地味女、どうせあの副団長にも捨てられるわよ!』
マリアが得意気に、婚約破棄を言い渡すデニスの腕を握っていた姿もまざまざと蘇る。
サラはレスターの瞳を見た。レスターは、優しくサラを見つめていた。
(マリアの言うことなんか、気にしちゃダメ。デニスとレスターは、全然違うんだし……)
「何かあった?」
サラはレスターの問いかけに、首を振った。
「なんでもないの。ただ、ちょっとだけ、今日のマリアの姿が……」
「ランドン嬢にも、事情があるのかもしれないな」
レスターのつぶやきに、サラの瞳は揺れた。
「マリアとは、アカデミーの頃からの付き合いで……良い思い出なんて一つもないんだけど、でも――」
サラが濁した思いを、レスターは正確に汲み取った。
「確かに彼女の姿は哀れだった」
(そうだ。いつも高慢なマリアが、幼い子どものようにも見えて、とても――哀れだった)
「でも、それは、君が気にすることのないことだ」
レスターは、サラの目を見てはっきりと言った。
「ランドン嬢は、君に罪を着せ、私の部下たちの命も危険に晒した。しかも、その重大性にすら、気が付いていない。罰を受けて、しかるべきだ」
(マリアに下された罰に異論があるわけではない。それは、分かるけれど)
「割り切れない思いがあるのかもしれないが、それはランドン嬢自身が解決するしかない。環境を嘆いても仕方がない。彼女が本気で自分の罪を悔い、改める思いがあるのなら、いつでも、再起できる。それは、サラ、君が抱える問題じゃない。ランドン嬢が向き合う問題だよ」
レスターは淡々と、そう話した。
(――確かに……その通りだわ。マリアが犯した罪を考えれば、今回の罰が重すぎるとは言えない。殺人未遂だと考えれば、むしろ……)
サラは、こくんと頷いた。
「レスター、ありがとう。頭がごちゃごちゃしていたんだけど、あなたの言葉を聞いて……納得したわ。私がマリアの人生を背負えるわけではないし、私は私にできることをするわ」
サラの瞳からは、先ほどの迷いは少しずつ消えていた。
靄のかかった空が徐々に晴れていくように、少しずつ視界がクリアになるようだった。
「そう、それがいい」
レスターが「あ」と何かを思い出したように微笑んだ。
「そうだ。サラ。できることと言えば、結婚式の準備もしていかなければいけない。ウェディングドレスの仕立て屋は、カサブランカでいいかな?」
「え?」
(カサブランカって……私でも知っている王都で人気の超人気の高級店じゃ――)
「カサブランカは、予約は取れないんじゃない?」
(予約は数年先まで埋まっているって話だし)
レスターはにっこりと笑った。
「その心配はいらない」
(ま……まさか?)
「予約は取れている。サラと私の休みが合うのは二日後だな。家に来てもらうのも良いが、気分転換に街に行ってもいいと思っているけど」
「街?」
「ああ。サラもたまには仕事から離れてリラックスしないと。俺と出掛けるのは、嫌かな?」
(街へ出掛けるなんて――……それって、デートよね)
サラは思い切り首を振った。
「良かった。じゃあ、あさっては朝から出掛けよう。迎えに行くよ」
「ありがとう、レスター。あなたの方が遠征で疲れているのに」
「遠征は慣れているから、そんなに疲れてはいない。それより、サラに会えなくて寂しかった」
「……え?」
「サラは、寂しくなかった?」
レスターがサラを見つめる。ドキッと胸が高鳴った。
(そんなの、寂しかったに、決まっている……)
サラはレスターがいない時間に寂しさを癒すため、彼からもらったぬいぐるみを見つめたことを思い出し、はっとした。レスターの瞳と、くまの瞳が重なる。
(そうだ……。そういえば――)
「レスター、そういえば、あのぬいぐるみ……」
「ああ、デリックの能力は本当にすごいな。試作品と言っていたが、十分商品化に耐えられそうなものだったな」
「そうではなくて……どうして、あれが魔道具だと黙っていたの?」
(前世の感覚だと、正直、あのぬいぐるみは盗撮カメラだ。確かにあのぬいぐるみがあったから、事件は解決したんだけど……。なんとなく、このことも、もやもやしてしまう)
サラの非難がましい目に、レスターは少しバツが悪そうな顔をした。
「――……サラの私室に置くようにとは、言っていなかっただろう?」
「そうだけど――」
「私がいない間、ランドン嬢が何かするのではないかと気が気ではなかったんだ」
「そうかもしれないけど、魔道具だって教えてくれれば……」
(自分の無防備な姿が映っていると思うと、恥ずかしい)
「君を不安にさせたくなかった。そんなこと言ったら、不安に思っただろう?」
「でも――ひとこと言ってくれても……」
「言ったら……。気持ちが悪いと、思わなかったか?」
レスターが小声でぶつぶつと言った。
(やっぱり――……そういう感覚あったんだ)
バツが悪そうなレスターを見て、サラは納得した。
「もし――マリアが何もしなかったとして、レスターはこのぬいぐるみが魔道具だって教えてくれた?」
「え?」
サラの真剣な目から逃れるように、レスターはちょっと視線を外した。
「それは……もちろんだ」
「うそ! 目を反らしたもん! 黙っているつもりだったでしょう?」
「そんなことはない。伝えている」
「だったらなんで先に言わないのよ」
「それは」
「それは?」
レスターが後ろめたそうに、視線を下げた。
「――……サラが、働いている姿も……見て見たくて」
「!?」
「同じ課で働いていないんだから、仕方がないだろう」
「開き直った!」
「開き直ったわけでは……」
「そんなの、ずるい」
「何がずるいんだ」
「だって……。私だって――……レスターが働いているところ、見てみたい」
「――え?」
「レスターばっかり……ずるいわ」
「騎士の訓練なんか、面白いものではないぞ」
「私の薬品精製の方が、面白くないわよ」
「そんなことはない」
「だったら、私だってそうよ」
「……――確かに」
レスターはサラの言い分に、納得をしたようだった。
「すまなかった」
「……今回は助かったからいいけど、今度こういうときは、教えてね」
「分かった」
「あと、私もレスターの訓練見てみたい」
「え?」
「騎士団の訓練だったら、様子を見に行ってもいいでしょう?」
「しかし――」
「レスターは私に黙って記録用魔道具を使ったのに……」
「――……分かった。俺が悪かった。近いうちに公開練習がある。観覧席を用意しておくから」
騎士団の公開練習はいつも人気で、サラも見に行っていたが遠くからしか見たことがなかった。
(レスターの練習試合は、いつも観客が増えて全然見られなかったけどようやく見られるのね!)
レスターの言葉に、サラはウキウキを隠しきれなかった。




