第23話 事件決着のゆくえ
「そういうことか」
団長は課長が作った事故報告書を読み、納得したように言った。
団長の前には、責任者の課長と、当事者のサラが並んだ。
「サラくん、君を疑うようなことを言って、申し訳なかった」
「いえ、とんでもありません。私の製造した回復薬が原因だったのは間違いありませんから」
「でも、君の潔白が晴れるのが早くて良かった。長引いたら、私も大変なことに」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、部屋の扉が勢いよく開け放たれた。
「――サラ!!」
埃にまみれ、息を切らしたレスターが、そこには立っていた。 魔獣討伐の遠征に出ていたはずの彼が、なぜここに。
「レ、レスター……!? 討伐は……?」
「知らせを聞いて、馬を飛ばして戻った。……怪我は? 責められたりしていないか!?」
レスターは周囲の視線も構わず、サラを力いっぱい抱きしめた。
かと思ったら、慌てて身体を離した。
「すまない。汚れていたんだった。臭くなかったか?」
レスターの慌てぶりに、緊迫した空気が緩むのを感じた。
「汚れも、臭いも、別に気になりません。レスターこそ、無事で良かった」
サラは自分を思って駆けつけてくれたレスターに自然と笑みがこぼれた。
「サラ……」
レスターの身体からは、馬を全速力で走らせてきたであろう熱気と、サラを失うかもしれないという切実な恐怖が伝わってきた。
「レスター、心配をかけてごめんなさい。騎士の皆さんも回復したし、私も――、あなたのくまのおかげで助かったわ」
サラがレスターの指に触れると、レスターは深く安堵の吐息を漏らした。
「……そうか」
「レスター、ずいぶん早い帰還だったな。魔獣討伐はどうだった」
団長は呆れた様子で、レスターに声をかけた。
「市街に降りて来たものは、殲滅させました」
「――殲滅!?」
「何か問題でも?」
「いや……想像以上の結果だ。お疲れ様。で、部隊のものたちは? 一緒に帰ったのか?」
「それは――……。帰還は、私は一足先に。部隊は休憩を取りながら移動中です。指揮系統はラリーに任せました。勝手な判断をして、申し訳ございません」
団長はレスターの報告を信じられない顔で聞きながら、頭を抱えていた。
「いや、いい。分かった。魔獣を殲滅させたというなら、私が言うことはない。よくやった」
「はっ」
「で、レスター。君は魔獣を殲滅させて夜通し駆けて来たのか?」
埃塗れのレスターに、呆れた顔をした。
「君の愛馬も、相当疲れていることだろう」
「……いま、休息を取らせています」
「そうだろうな。飼い主がこうだと彼も大変だ」
「……――」
「まあ、いい。レスター、ほら、報告書だ」
団長は課長が夜な夜な仕上げた報告書をレスターに渡した。
レスターはその報告書を食い入るように見ると、わなわなと手を震わせた。
「さて、どうしたものか」
報告書を読み終え、顔を上げたレスターの碧の瞳は、これまでに見たことがないほど冷たく、鋭い光を放っていた。
「私の婚約者に泥を塗り、騎士たちの命を弄ぶとは……。ランドン嬢には、徹底的に代償を払っていただく必要がありますね」
団長がレスターの言葉に深く頷く。
「国王に報告をしよう。マリア・ダイアン・ランドン並びに、ランドン子爵を至急呼び出す」
団長の目がギラッ光った。
◇◇◇
「い、一体、これは……どういう……」
伝令で急遽王宮に呼び出されたランドン子爵の目は、国王を前に泳いでいた。
謁見の間には、国王と、騎士団長、副団長も控えていた。
「ちょっとっ! やめてよ! なんで、私を拘束するのよ!!」
マリアが騎士たちに拘束され、謁見の間に現れた。
マリアは大きな声を上げ、必死の抵抗を試みている。
「マ、マリア……。お前、一体どうして……――」
ランドン子爵は、娘を見て驚きに目を見開いた。
「お父さま! この人たち、ひどいのよ。乱暴にして……」
「マリア……」
子爵はマリアを拘束する騎士に向き合った。
「非力な女性に対して、ずいぶんな対応ではないですか。娘が、何をしたというのです」
「王命ですから」
マリアを拘束する騎士たちは、子爵の言葉に耳を貸すそぶりは一切なかった。
団長も、レスターも、その様子に一切反応を示さなかった。
「国王様……これは――一体……」
「ランドン子爵。君の娘は、回復薬に毒と知りながら故意にミツリン草を混入させ、騎士団員を死に至らしめようとした罪に問われている」
「なっ……ど、どういうことですか? なぜ、娘がそんなことを……」
「私じゃありません! 私の回復薬には問題がなかったはずなのに、なぜ私がこんなことに。騎士様たちを死に追いやろうとしたのは、サラの回復薬ではないのですか!?」
マリアは必死に国王に訴える。
「サラ……? 国王、娘はそう申し上げておりますが、本当に娘が作ったものなのでしょうか?」
「毒が検出されたのは、君の娘が製造した回復薬ではない」
ランドン子爵は、その言葉にほっと安堵した。
「でしたら、その毒が混入した回復薬を製造した娘が怪しいのでは?」
「デリック・ビッツ男爵令息、中へ」
宰相補佐が声をかけると、デリックがくまのぬいぐるみを抱いて謁見の間へと現れた。
「ビッツ、証拠資料を」
デリックは宰相の命に従い、マリアが毒草を混入する映像を再生した。
ランドン子爵は信じられないものを見るように目を見開いたまま呆然とした。
「何よ、これ! 濡れ衣よ!」
マリアは声を張り上げたが、彼女の意見に耳を貸すものはいなかった。
「これは記録用の魔道具で、私が試作したものです。ハーヴィー伯爵令嬢には魔道具のアイデアについて相談することがあり、この魔道具は彼女の作業机にたまたま置いてあり、ランドン子爵令嬢が毒草を混入させる現場を記録していました」
「マリアが……」
「お父さま、違うの!」
マリアの絶叫に、先ほどまで娘を心配する父の顔をしていたランドン子爵の顔が歪んだ。
「マリア、お前――また余計なことを……。出来損ないのお前をアカデミーまで出して、王宮勤めまでさせていたのは何のためだと思っているんだ……」
マリアはランドン子爵の言葉に怯えるように、幼い子どものように「お父さま、ごめんない」を繰り返した。
「謝ってすむなら、こんなことにはなっていない!」
「ランドン子爵、国王の面前であるぞ。娘への説教はそこまでに」
ランドン子爵の鬼気迫る罵声を、宰相が制止した。
「――失礼しました」
ランドン子爵は、わなわな震える手を抑えながら、忌々し気にマリアを睨んだ。
先ほどまで必死に訴えていたマリアは、青ざめ、沈黙し、ただ静かに下を向いていた。
「ランドン子爵」
国王がランドン子爵を見据えた。
「本件の責任を取り、ランドン子爵領の一部割譲を命ずる」
「子爵領を……ですか?」
ランドン子爵は、青ざめていた。
「廃爵の方が良かったか?」
国王はそんなランドン子爵に、そう告げた。
「滅相も……ございません。寛大なご処置、誠にあり難き幸せに存じます」
「マリア・ダイアン・ランドン。そなたに関しては、王宮職員の身分を剥奪し、当面の間、王都への立ち入りも禁ずる。本来であれば投獄をすべき事案ではあるが、騎士団との検討の結果、ランドン子爵の管理下に置き、当面の間、謹慎とする」
「――……はい」
マリアは下を向いたまま、力なく返事をした。
マリアは騎士に引きずられるように、謁見の間をあとにした。
重い扉が開かれた先の廊下には、サラがデリックと並んで立っていた。
騎士に引きずられるマリアが、一瞬顔を上げてサラを見た。
ガラス玉のような瞳を、サラに向けた。
(こんなマリア……見たことが、ない)
「あんたなんか……」
そうつぶやいた瞬間、マリアのガラス玉のような瞳に生気が戻ったような気がした。
「なんであんたなんかが選ばれるのよ! あんたのどこが私より優れているっていうの? あんたみたいな地味女、どうせあの副団長にも捨てられるわよ!!」
マリアの叫び声に反応して、レスターは、すぐに謁見の間から飛び出して来た。
サラを守るように、マリアとサラの間に立った。
レスターは視線一つでマリアを黙らせると、マリアを連行する騎士たちに厳しい声音で告げた。
「何しているんだ。さっさと連れて行け」
遅れて現れたランドン子爵は、マリアを激しく恫喝した。
「まだ分からんのか! この馬鹿がっ!」
父の罵声を受けながら、マリアは黙って騎士たちに引きずられて行った。
その後ろ姿はひどく小さく、哀れにも見えた。




