第20話 サラのアイデア
診療所の扉を開けると、苦しむ騎士たちでベッドは埋まっていた。
「サラ――?」
騎士とともに診療所へ来たサラの姿を見て、団長が目を見開いた。
「どうかしたか?」
「その――……申し訳ございません!」
サラは、団長や苦しむ騎士たちに頭を下げた。
(謝ってどうにかなることではないけれど……)
「申し訳ないって……まさか?」
「私の回復薬に毒草が混在した恐れがあります」
「君の回復薬だったのか……」
団長の驚いた顔を見て、レスターの顔が浮かんでいた。
(こんなミス……――レスターにも、顔向けができない……)
ふと、そんなことが頭を過ったが、今はそれどころではないと気持ちを奮い立たせた。
「団長……その、混在した恐れのある毒草はミツリン草と言って、腹痛、下痢、嘔吐の症状が出ます」
「ああ、まさにそういう症状だ」
慌ただしく、救護員たちが世話をしている。
「しびれや麻痺を訴えているものはいますか?」
「しびれ? いや、今のところは、ないとは思うが……」
「回復薬はいつ頃飲みましたか? 1時間経っていますか?」
「いや、1時間は経っていない……。30分程度か」
(30分――それなら、まだこの方法でなんとかなる)
「そうですか……。しびれや麻痺などの症状が出て重症化すると、死に至る危険もあって。いまのところは、重症患者は出ていなさそうですが……――実はミツリン草には解毒薬がありません」
「何!? では……助からないと言うことか――」
「まだ、分かりませんが――。水魔法を応用した方法で解毒をと考えているのですが……騎士様たちに施術してもよろしいでしょうか?」
「水魔法? 光魔法ではなく?」
サラはこくんと頷いた。
(回復薬に毒草を混入させるなんてミスを犯しておいて、こんな提案――。断られても仕方ない。でも、たぶん、この方法が一番騎士様たちを回復させられるはず……)
団長は騎士たちの様子をよく観察したうえで、サラの顔をじっと見た。
「水魔法を、どのように活用するというんだ?」
「水を飲ませてから、水魔法を使って、胃を直接洗浄します」
「胃を、直接洗浄する?」
団長はぎょっとした顔をしてサラを見た。
(そういう反応になるわよね。前世では解毒薬がない場合は、胃洗浄をするのが一般的だった。でも、今世では魔法は使うけれど科学は発達していない。こんなやり方は、受け入れられにくいとは思ったけれど……。やっぱり――この方法しかない)
「うぅぅっ!」
騎士たちの苦しむ声が室内に響く。
(いまは重症化していない騎士たちも、このまま放って置いたら重症化してしまうかもしれない……)
「お願いします。受け入れにくい方法だとは、分かっています。でも――この方法が、最も騎士様を回復させられる方法だと思うんです!」
サラが再度団長に頭を下げていると、診療所の扉が開き、課長と1課の職員が現れた。水魔法の専門家が一緒に来てくれたのだろうか。
「団長、3課の回復薬で大変ご迷惑を」
課長は団長の姿を見た瞬間、平身低頭に頭を下げた。
「謝罪はあとだ。いま、サラから水魔法で治癒する方法を聞いていたのだが……」
団長にした説明を、課長と1課の水魔法の専門家――エルトン・ホワイトにした。
課長は団長と同じく複雑な表情をしたが、エルトンは理解を示してくれていた。
「なるほど――。胃を直接洗うということはかなり斬新な方法だけど、解毒薬がないのであれば有効な方法のように感じますね」
エルトンの言葉が後押しになり、団長から水魔法を活用した治療の許可がおりた。
「しかし――誰から治療するか……」
エルトンは騎士たちを眺め、考えているようだった。
「サラくん。この治療方法は、はじめてなんだよな?」
「――……はい」
(この世界では……)
「でも――」
「分かっている。君の言っていることは、私は理論上理解できるが、一人目というのはリスクが大きい」
(確かにその通りだ。誰が望んでその一人目になりたいというのか……)
サラが困って黙り込んでいると、一人の騎士が苦しみながら手を挙げた。
「私を……――一人目に、して、ください」
「……え!?」
弱弱しく、手を挙げた騎士は、なんとデニスだった。
(なんで……デニス様が――)
「デニス?」
団長も驚いている。
「私はこの中で一番の若手ですから……体力も……――」
途切れ途切れに言葉を紡ぐ。
サラが団長を見ると、団長はこくんと頷いた。
「では、彼に一人目になってもらおう」
エルトンはそう言い、サラを伴ってデニスの横に座った。
サラはデニスに水を飲ませた。デニスは苦しそうに水を嚥下する。
コップ2杯分の水をなんとか飲ませた後、エルトンがデニスの腹部に手をかざした。
エルトンの手からふわっと光が広がる。
目には見えないが、胃の中の水を操っているのが分かる。
団長も、課長も、半信半疑の目で見守っている。
「エルトン様、どうですか?」
「ああ、なんとなく感覚がつかめた」
(さすが……1課の専門家)
エルトンがデニスの腹部に手をかざし続けると、徐々にデニスの顔色が戻るのが分かった。
5分ほど経つと、元の顔色へと戻った。
「……――もとに、戻った?」
デニスは身体を起こし、起き上がった。
その姿を見て、団長はほっとした顔をした。
「エルトン様、1時間以上経つとこの方法も効果が薄れます。あと15分ほどで」
エルトンは診療所を見渡した。
「15分か。それは急がなくてはいけないな。課長、1課からも応援を」
「分かりました!」
「救護員の皆さん、騎士様にゆっくりと水を飲ませてください」
「はい」
サラとエルトンは、無心で横たわる騎士たちに“胃洗浄”を施していった。
1課の応援も間に合い、なんとか診療所にいる騎士たち全員に“胃洗浄”を施すことができた。
最後の一人の処置を終えたとき、診療所には安堵の吐息が漏れた。
激痛にのたうち回っていた騎士たちが、今は静かに、しかし確実に生気を取り戻した顔で横たわっている。
「……終わった、のね」
サラはその場にへなへなと座り込んだ。
極度の緊張と魔力の消費で、指先がかすかに震えている。
「エルトン様――1課の皆さん、本当にありがとうございました」
サラは駆けつけてくれた1課職員に頭を下げた。
「まあ、騎士団が無事でよかった」
エルトンは頭を下げたサラにそう声をかけた。
「それに――……君のアイデアは、斬新だな。2課のデリックには聞いていたが……」
(デリック様が……そんなことを?)
エルトンが額の汗を拭いながら、感服したようにサラを見た。
一課のエリート魔導師である彼からの言葉は、本来なら誇らしいはずのものだ。
けれど、サラの心はまだ鉛のように重かった。
「……でも、私が作った薬のせいで、皆さんにこれほどの苦痛を……」
サラが俯くと、背後から一人の騎士が近づいてきた。
最初に治療を受けた、デニスだった。
「サラ……」
「……デニス様」
気まずさに身を固くするサラに対し、デニスは絞り出すような声で言った。
「……その……俺を、助けてくれて……何と礼を言っていいか。それに、この回復薬を作ったのが君だと聞いて驚いた」
「申し訳ございませんでした」
「そういう意味では……――ないんだ」
「え?」
デニスの顔を見ると、デニスは今までで初めて見る穏やかな顔をしていた。
苦しんでいた騎士たちも、穏やかにサラを見ていた。
(どういう……こと? 憎しみの目を向けられても仕方がない状況なのに……)
「今日、ここにいた騎士たちは、君の回復薬を選んで飲んだんだよ」
「え?」
「製造判があるだろう? その製造判の回復薬はいつも質が良かった。だから、人気があるんだ」
「……うそ」
「うそじゃない」
デニスの言葉を裏付けるように、騎士たちがサラに礼を言った。
「今まで君に言った酷い言葉を……謝らせてほしい」
「え?」
「夜会のあと、副団長から、君の話を聞いたときも……信じていなかったが」
(レスターが……? 私の話を?)
「今日、君の姿を見て――……自分がとんでもない考え違いを起こしていた……ことを、今更……」
デニスの瞳には、これまでの傲慢さは微塵もなかった。
自分が捨てた「無能」なはずの元婚約者に命を救われた事実は、彼のプライドを木っ端微塵に砕いたようだった。
(こんな風に、デニスと向き合ったのは、初めてだったかもしれない。私も――彼と……きちんと向き合ってきただろうか。デニスに言われることを否定すらして来なかった……。それに、私の心には……)
「……謝罪は、受け取ります。でも、今は休んでください。まだ体が弱っていますから」
サラがそう告げると、デニスはさらに顔を歪めて深く頭を下げた。
そのとき、診療所の扉の影から人影が見えた。
◇◇◇
「マリア様? そこで、何をしているのですか?」
マチルダは、サラの回復薬の在庫を手に診療所へ急いでいたところだった。
なぜか診療所の前に、ストロベリーブロンドが見えた。
声をかけると、マリアの肩が驚いたように小さく震えたのが分かった。
マリアはゆっくりと振り返った。
その顔はいつもより白い気がした。
「私も心配で何かできればと様子を見に来たんだけど、もう、解決したみたい」
「え? なんとかなったんですか?」
マチルダが心底ほっとした顔とは違い、マリアの微笑は強張っていた。
マチルダは喜びで診療所の扉を開けた。
診療所では、何があったのか。
倒れそうなほど、へとへとになっているサラがいた。




