第19話 レスターのいない時間
翌日、3課は魔力が尽きるまで回復薬づくりに精を出した。
薬草を煮詰めては、魔力を付与して、小瓶に分け――をひたすら繰り返している。
回復薬には魔力をかなり消費する。
魔力量もそれぞれ違うので、休み休みやらないと倒れてしまう。
(はぁ、さすがに3時間ぶっ続けはきついか。そろそろ休もうかな)
作業机に置いたくまのぬいぐるみがチラッと目に入る。
『これを私だと思って持っていてくれるか?』
レスターは教えてくれた通り、昨日討伐に出発した。
出発当日、レスターはくまのぬいぐるみをくれた。
くまは金色の毛にグリーンの瞳に、瞳と同じ色のリボンがつけられていた。
(レスター、どうしているだろう……)
『仕事場に置いておいて。君は家にいるより仕事場にいる方が長いだろう?』
そう言って笑ったレスターの笑顔を思い出す。
サラはレスターに言われた通り、自分の作業机にぬいぐるみを置いた。
サラはレスターのぬいぐるみに癒されながらも、18歳の女性への贈り物というと少しの違和感を持っていた。
(ぬいぐるみはかわいいし、嬉しいけど。レスターにとって、私はいつまでも“妹”なのかも)
グリーンの瞳のくまを見つめながら、「もう、大人になっているの。分かっているのかな」と、サラは思わず呟いた。
(レスターの中では、私は12歳くらいの少女で止まっているのかも。あの頃から身長もあまり変わってないしね……)
そんなことを考えている瞬間、背後から声をかけられた。
「サラ――課長が呼んでいる」
マリアの声だった。
あれ以降、話しかけられることもなかったので、マリアがこうして自分の得にもならないことで動くのはひどく珍しい。
(どうしたのかしら……)
「何?」
「――……別に」
思っていたことが顔に書いてあったのだろう。
「私だって、課長に頼まれればあなたを呼ぶことくらいするわよ」
サラは少し不機嫌そうに口を尖らせた。
「あ、ごめん」
サラは作業の手を止めてすぐに部屋を出た。
マリアはサラの背中を見送ると、サラの作業途中の薬草に、別の薬草を混ぜた。
回復薬に使用する薬草と、毒草は、乾燥させると見分けが付かない。
(私を――馬鹿にしたからよ……。調子に乗っているみたいだから、少し痛い目を見ればいいのよ)
マリアは、自分が混入させたミツリン草を見てにやりと笑うと、すぐに作業室を出た。
サラは課長と話していて気付いている様子はない。
マリアは他にもサッと目をやった。
(忙しすぎて、みんな周りなんか見ている余裕はないわね)
マリアは笑いを押し殺して、自分の作業室へ戻った。
その日は何事もなく作業が進み、騎士団へのノルマ分を納品することができた。
◇◇◇
レスターと婚約して、二週間も経っていない。
(それなのに、こんなに寂しいなんて……。私、気付かないうちに依存しすぎている、かも)
言っていた通り、レスターは昨日出発した。
今回の討伐は、本当に2、3日で帰るものらしいけれど。
ちょっと顔が見られないのが、つらい。
(デリック様、前に実体を残す魔道具にも興味を持っていたけど。もう試作してくれたかな。完成していたら――レスターの動画をお願いしたい。って、そんな私用ばかり頼んじゃダメか。でも、そういうニーズってあると思うんだよね)
サラは今日も怒涛の回復薬作りをしていた。
昨日まで作ったものは、既に騎士団に納品され、レスターの部隊と入れ替わりで戻った部隊が使用しているはずだ。
(この回復薬は――レスターたちが、使うことになるのかな)
そう思うと、回復薬作りにも精が出る気がした。
小瓶に液体を入れた後、作成者の登録コードの判を魔法で押す。
作成責任のようなものだ。
小ケースには小瓶が30入るといっぱいになる。
(よし3ケースできた。そろそろ魔力も厳しくなって来たし、一回休憩かな……。お昼も近いし、マチルダとご飯食べに行こうか)
そう思って作業室を出た瞬間だった。
慌ただしい靴音が響いたかと思うと、騎士服を着た男性が乱暴に扉を開けた。
「大変だ!」
その深刻な声色に、課内の職員の手が止まった。
(一体――……何?)
血相を変えて現れた騎士は、回復薬の小瓶を持っている。
「先ほど、この回復薬を飲んだものが……続々と倒れていて――」
課長がその言葉に瞠目した。
「どっ、どういうことです!?」
慌てて、騎士団員が持ってきた小瓶を手に取る。
「その回復薬と同じケースに入っているものを飲んだ者が、次々激しい嘔吐と腹痛を訴えていて……。こんなこと、初めてで……」
騎士は課長に状況を説明をする。
(激しい、嘔吐と……腹痛? それって――)
課内の人間は、その症状に覚えがあった。
「まさか、ミツリン草?」
誰かが、呟いた。
確かにミツリン草の症状に酷似していた。
(まさかミツリン草が、混入した?)
「騎士殿、症状は嘔吐と腹痛だけか? 痺れなんかは……?」
課長が慌てて現れた騎士に確認する。
「多くは嘔吐と、腹痛だったと思いますが――痺れがあるかどうかまでは……」
「ミツリン草の重篤な上昇には、痺れや麻痺が起こります。最悪、死に至る危険も……」
課長の言葉に、騎士の顔面が真っ白になったのが分かった。
(恐ろしい症状は、薬草に関わる人間にとってはイロハのイだ。なんで、あんなにチェックしていたのに……)
「サラ……」
課長が小瓶のラベルを確認した後、サラを呼んだ。
「この回復薬は――……君の製造判が……」
職員の視線がサラに集中したのが分かった。
(私が作成したもの……!?)
震える手で、課長が手にしている小瓶を確認した。
(――本当だ。間違いない……)
騎士が持ってきた小瓶のラベルは、一昨日、サラが作成したものだった。
(どうして? あんなに……チェックしたはずなのに……)
「か……課長、私――」
「ミツリン草だとしたら、解毒用の薬草はない。口にしてしまったものは、私たちの力ではどうすることもできない……」
課長は苦しそうに眉根を寄せた。
「そんな――解毒が、できないんですか?」
なんとか救いを求めてやってきた騎士が、絶望した表情をする。
「とりあえず、サラが作成した回復薬を回収しよう」
「私が確認します」
マチルダは作業の手を止めて申し出た。
「大丈夫、サラ、落ち着いて。なんとか、なるわ。まだ、痺れなんかがある人はいないって話だし。みんな回復するわ。大丈夫よ」
マチルダはサラの背中を撫で、落ち着かせるようにそう言って、納品在庫の確認に急いだ。
(なんとかって……解毒用の薬草もないのに、なんとかなんて……)
サラは自分がしでかしたことの責任の重さに、手の震えが止められなかった。
(なにか……解毒以外の方法は――……)
サラは必死に考えた。
(今世のやり方がなくても、前世の記憶だったら……何か――)
サラは居ても立っても居られなかった。
(薬害を出すなんて……――)
「課長! 私――……診療所へ行きます」
「しかし、行っても……」
課長は、サラが針の筵になるのを心配してくれているようだ。
「症状を確認して――何か……できることが」
サラの必死の訴えに、課長は渋々頷いた。
「私も、一緒に行く。課内の責任は、全て私にある」
いつもは押しの弱い課長が、急に厳しい顔をした。
「課長……」
(やだ……このタイミングで、そんなことを言われると……泣きそう。ダメダメ。泣いている場合じゃないんだから。なんとか――しないと……)
サラはぐっと涙をこらえた。
「でしたら、1課で水魔法に長けている方にもご協力いただけないでしょうか?」
「水魔法?」
「はい」
「策があるんだな」
サラは、こくんと頷いた。
(うまく行くか……分からないけれど、そんなこと、言っていられない)
サラは騎士と共に診療所へ向かい、課長とはあとで合流することとなった。
どうなるかは分からないが、解毒剤のない猛毒の対処法と言えば――……。




