第14話 甘い檻と、サラの答え
「サラ、じゃあそろそろ私と踊ってくれるかな」
レスターの誘導でダンスフロアに移動する。
(レスターって、ダンスも上手)
レスターのリードのおかげで、次のステップが自然と出て、驚くほど踊りやすい。
くるっと回って、レスターに自然と身体を委ねる。
私たちのダンスに、視線が集まっているのを感じる。
(練習しておいて、良かった……)
「サラはダンスがうまいんだな」
「私は万年壁の花よ。レスターのリードがいいのよ」
「私だって言うほどご令嬢とダンスはしていないよ」
「そうなの?」
「一人受けると、面倒だからね」
「モテる男性の台詞ね」
(レスターは、容姿もよい、仕事もできる、家柄もよい。これだけ三拍子揃っていれば、モテるに決まっているか……。お兄さまはともかく、レスターに婚約者がいなかったことが本当に不思議でならない。本当にお姉さまへの思いが消えなかったから? ただ忙しかっただけ? それとも、何か他に理由が――?)
「――……妬ける?」
レスターが揶揄うように、耳元で囁いた。
妬けるか、と言われると……。
(レスターがこんな風に他の女性たちと踊って来たと思うと――)
心の中がモヤモヤした。
(叶わない思いなら、こんなに自覚したくなかったわ。もう「妹」のふりは、できない)
余裕の微笑のレスターを見る。
(レスターに私はどう見えているんだろう。好意は――持ってくれているとは思うけど。可愛い妹分? 気安い幼馴染的存在? それとも――)
くしゃっと頭を撫でたり、ジュースを渡したりしてくるレスターを思い出すと、対等の恋人に見られている気はしない。
(やっぱり――……妹ってところなのかしら)
そう思うと、レスターの笑みが悔しかった。
(私は……こんなに、あなたから目が離せないのに。全然分かっていないんだろうな)
「妬けない!」
少し悔しくなって、プイッとレスターから顔を背けると、わざと足を踏んでみた。
(これくらいは、いいわよね。いつも振り回されてばっかりだし)
「痛っ!」
「ごめんなさい。レスター。ステップを間違えちゃったみたい」
わざと踏んだのは分かっているだろうに、レスターはすぐに笑顔に戻った。
「いや、いいんだ。君に踏まれるなんて――嬉しいよ」
レスターは本当に嬉しそうに、サラの耳元で囁いた。
「足を踏まれるのがお好きなんて……レスターは変人なのね」
「踏まれるのが好きなんじゃない。サラにされることはなんでも好きなんだよ」
「なっ……」
(歯が浮くセリフってこういうこと……? レスターってこんなこと言うのね。少しはレスターを動揺させてやろうと思ったのに、結局私が動揺させられている)
「もう、いいわ」
レスターから顔を背けると、レスターがくすっと笑った。
「サラ、私は――……妬けるよ。君が他の男とこんな風に踊っていたら」
「え?」
「デニスの顔は、もう忘れたかな?」
さきほどのデニスとマリアを思い出した。
突然の婚約破棄は、正直傷ついた。
言い返せずただ謝ったことも、私が悪者みたいな噂も、腹立たしかった。
でも、さっき逃げるように去っていた二人を思い出すと、胸がすくような思いがあった。
(レスターには、助けてもらってばかりだわ)
「……レスター、さっきは、ありがとう。言い返してくれて――……スカッとしたわ」
「ふふ、結婚したくなった?」
「それは……」
「私は結構有能だろう?」
「ええ……そう、思うわ」
(自分とは不釣り合いなほど、レスターは完璧だ)
「そろそろ色よい返事を聞かせてもらえると嬉しいんだけど」
レスターの碧の瞳には、あと一歩勇気が出ないサラが映っていた。
「その……」
「やっぱり――おじさんだから、嫌?」
「え!?」
また冗談かと思ったら、思いのほか真剣なレスターの瞳にぶつかった。
「そんな――。そんな風にレスターを思ったことなんか、ない」
「そう? だったら良いんだけど。サラは何を躊躇っているのかな? 私は約束を違えるような男ではない。責任を持って、君を幸せにするよ」
「レスター……」
ちょうどそのとき、ダンスの曲が終わった。
「ちょっと、喉が渇いたみたい」
言い訳がましい言葉を口にして、ダンスフロアから出て行こうとしたら動けなかった。
レスターの手が、サラの手を握っていた。
「レスター?」
2曲目の曲が始まった。
「次も――……踊らないか?」
「え……でも」
(2曲続けて踊るのは、婚約者か、家族くらいで……。いまここで踊ってしまったら、周りにそういう関係だって宣言しているような……)
「いいだろう? これが終わったら飲物を取りに行くよ」
レスターは優しく囁いたが、掴んだ手は離してくれなかった。
「サラ、ほら。余計なことは、考えられないようにしてあげるから」
「……っ」
強引に引き寄せられた胸の中は、驚くほど熱い。
始まったのは、1曲目よりもさらに密着度の高い、スローテンポな曲。
腰に回されたレスターの手に力がこもり、逃げ場を失ったサラの視界には、ただ碧の瞳だけが映し出された。彼の瞳に映る私は、もう、彼の虜になっているのを隠しきれなかった。
兄が言っていた「逃げ場」のことを思い出していた。
もう、初めから私に選択肢なんてなかったのかもしれない。
レスターとの2曲目のダンスも、胸が苦しくなるほどときめいていた。
(もう、隠しきれない)
彼のことを、気が付いたら目で追ってしまう。
彼の隣は、今の私は不釣り合いかもしれない。
彼にとっては、責任を果たすためだけの結婚かもしれない。
もしかしたら、姉に思いを寄せているのかもれない。
もしかしたら、前世のように結婚詐欺かもしれない。
それでも――。
レスターの碧の瞳から目を反らせなかった。
やっぱり――彼が、好き。
不釣り合いなら、釣り合いが取れる人間になりたい。
責任からだとしても、姉を好きだとしても、私を騙しているのだとしても、私を好きになってくれる日が来るかもしれない。
ダンスが終わるとき、サラはレスターを見つめた。
「レスター、私……話があるの」




