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これは責任婚のはずでしたが、なぜか夫の愛が重すぎます  作者: 青海きのこ


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第13話 元婚約者との対面

マリアの視線が痛い。


(私のドレスが自分のものより高級品なのが嫌なのか。この前レスターに相手にされなかったことに苛ついているのか。――どっちにしても、私の所為ではないんだから、睨まれても……)


挨拶のときは「隣で微笑んで」とレスターには言われていたが、サラはマリアには憮然とした表情を見せた。


「デニス、そちらは()()()婚約者なのかな?」


騎士団長の口元は弧を描いていたが、目は笑っていないように見えた。

含みのある言い方に、棘も感じる。


(婚約破棄の件、レスターが責任を取るって言ってきたのだから、デニスのしたことは騎士団にとって不名誉な行動だったのよね。だとしたら、団長も怒っているということ?)


デニスは、先ほどのレスターの言葉に怯えているのか、サラを視界に入れないようにしている。デニスの挙動とは対照的に、マリアはいつもの落ち着きを見せていた。


「はい。マリアと言います」


マリアはお手本のようなカーテシーをして、可憐な声で「マリア・ダイアン・ランドンと申します。ランドン子爵家の次女で、魔法3課に勤めております」と言い、微笑んだ。

ふわふわとしたドレスも相まって、マリアは見た目だけは妖精のような可憐さだ。


「ああ、君も3課の新人か」


団長は3課の新人に好意的なのか、にっこりと優しい微笑みを浮かべた。


「3課の新人というと、ずいぶん厄介な子も入ったと聞いたな」


団長はレスターにそう言い、レスターも頷いた。


「――え?」


マリアの可憐な笑顔が、不思議なものを見るような目をした。


「そうなんですか」

「ああ。特に女性職員からの評判がすこぶる悪い、という話だ」


団長の言葉に、マリアの笑顔は崩れなかった。


「3課の新人というと、私以外にもおりますので――……」


ちらっとレスターの隣のサラに視線を向けた。

マリアの視線の動きに合わせて、団長がサラを見た。


「そうか。サラも3課だな」


マリアは同意の笑顔を見せた。


「なるほどね」


団長は含みのある言い方をして、その話をやめた。

団長のリアクションに、マリアはサラを見て笑った。


(私が厄介な新人だとでも言いたげね……)


「デニス、ランドン子爵令嬢と婚約したんだな」


団長とデニスたちとのやり取りを見ていたレスターが、口を開いた。


「はっ……はい」


デニスの返答を確認すると、レスターは愉快そうに口の端を上げた。


「先日、ランドン嬢が君とは婚約していないとおっしゃっていたから、どういうことかよく分からなかったんだが」

「え!?」


デニスはレスターの発言に驚いたように、マリアを見た。

その瞳は「どういうことだ?」と問いかけているように見える。

マリアはデニスより一枚上手なのか。動じる素振りなく、微笑んでいる。


「だって――まだ、正式なものではないでしょう? 勝手に言いふらすわけにはいかないし……ね」

「――……そういう、ことか」


マリアはデニスの腕に、甘えるように頭を寄せた。

デニスはそんなマリアに嬉しそうな反面、複雑そうな様子も見せていた。


「ふーーーん。そういうことか。私はてっきり、ランドン嬢がより良い条件の相手を探しているのかと思ったが。まさか、そんなわけはないよな」


マリアはレスターの不気味な笑顔に対峙すると、やや笑顔が引きつった。


「まさか……そんなことはありませんわ!」

「そうか。まあ、私は君たちがどうなろうと関係ないが――。デニス、君には感謝しているんだ」


レスターは、デニスを穏やかに見つめた。


「え? 副団長が、私に、感謝……ですか?」


レスターの言葉を真に受けたように、さっきまで緊張していた顔がほっとしたように緩んだ。


「ああ、君が絶望的に()鹿()なおかげで――……」


レスターはサラの腰をぐっと抱き寄せた。


「こうして、愛らしいサラを口説く機会を得たんだから」


にこにことほほ笑むレスターに、デニスは引きつった顔で凍り付いた。


「こんなに優秀で、可愛らしい人はそういない」

「……はぁ」

「外見はもちろんだが、内面の美しさは隠しきれない。デニス、そうは思わないか?」

「は……はい」


デニスは上司に請われて同意するしかない返答をした。

しかし、その瞬間――レスターが珍しく声を上げて笑った。


「ああ、すまない。デニス、君はそういうことが分からない男だったな!」

「え?」

「だから――……あんな馬鹿な真似を、公衆の面前でできるんだろう?」


先ほどまでにこやかだったレスターの顔が、無表情に変わり、声は一段と低くなった。


「デニス――アドキンズ侯爵家は確か北方にも領地を持っていたな?」

「は、はい」

「君も若いうちに北方へ赴き、騎士としての修業をすべきかもしれないな」

「え? そ……それは、どういう――」

「騎士は心技体を鍛えてこそだ。君は王都にいると、蝶を追いかけまわすことに注力してしまうようだから、もっと仕事に集中できる土地へ赴くのも良いかと思ってね」


レスターの言葉に、デニスとマリアは固まった。デニスの腕を握る、マリアの指がかすかに震えている。


「そんなこと――!」

「そんなこと……――ないと言えるかな?」

「……――」

「しかも、君が追いかけましているのは、蝶ではなく、“毒蛾”のようだし。美しい蝶と、毒蛾の区別もつかない未熟者は――それ相応の学習をすべきだ……と、私は考えている」


レスターは、“毒蛾”という言葉を放つ際、ちらりとわざとマリアを見た。

その瞬間、周囲で見ていた貴族たちから嘲笑が漏れた。

マリアは恥ずかしさなのか、怒りなのか、顔が赤く色づいた。

デニスはレスターの言葉にすっかり青ざめて言葉を失っている。

レスターの横に立つ騎士団長も、追い打ちをかけるようにレスターに同意している。


「副団長……――」

「デニス、これ以上私を怒らせたくなければ――せめて毒蛾の管理はしっかりとするよう、お願いするよ」


デニスは、ハッとしてマリアを見た。

マリアは屈辱に堪えるように、顔を赤らめギリギリと歯噛みをしている。


「誰が毒蛾なのよ――! その女なんか、蛾にも蝶にもなれない地味な女じゃない」


マリアは全ての怒りをぶつけるように、サラを指した。


「マリア!」


青ざめたデニスは、興奮するマリアを引っ張り、平身低頭でその場を去った。

デニスの顔が青ざめているのが分かった。


(デニスを……左遷する、ということ?)


平然とデニスに脅しをかけているレスターに、少し恐ろしさを感じた。


(鬼の副団長というあだ名は伊達ではない、ということか……。怒らせたら、とんでもないことになりそうだ。でも――……今日、あれだけデニスたちに言ったのは、私のため……と思うのは、自意識過剰じゃないわよね)


厳しい顔でデニスとマリアを見送るレスターの横顔に、レスターなりの愛情を感じてきゅんと胸が締め付けられた。

私の視線に気づいたレスターは、先ほどの顔とは違う、優しい微笑みを見せた。

レスターの突然の笑顔に胸がドクンと高鳴った。


(そっ……そういう顔は、反則――)


サラが顔を赤らめた瞬間、騎士団長夫妻の押し殺した笑い声が現実に引き戻した。


「お前、怖すぎだろ」

「あれくらいやらないと、馬鹿は凝りませんから」

「それにしても――衆人環視の場で、少しやり過ぎだな」

「目には目を、歯には歯を、かと思いまして」

「まあ、確かになあ。あとで軽くフォローはしておこう」

「お願いします」


団長とレスターは、何やら分かり合っている。


「え……と、デニスを本当に北方に送るわけじゃない、ということ?」

「――まあ、それは今後のあいつ次第だな」

「あ、そう……なのね」

「送ってほしかったか?」


サラはレスターの問いに小さく首を振った。

デニスにも、マリアにも、恨みはあるけど、私のせいで左遷されたとなると寝覚めは悪い。


「サラが望むなら、公私混同したって構わないぞ」

「いえっ! 結構です。私と関係ないことで、北方に行かれるのは止めませんけど」

「ははっ……それは大いに有り得るな」


レスターのおかげで、ずっと引っかかっていた棘が抜けたような爽快感があった。


(ああ、もう、私――レスターから、目を離せないで……いる)

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