第12話 強かなお披露目
レスターは口元に笑みを称えたまま、シミオンを見ている。
(なんだか、空気が冷えたような……。何なの?)
不穏な空気を感じて二人を見たが、シミオンはのほほんとした調子を崩さない。
(私の、気のせい?)
「ユーニス、じゃあそろそろ私たちも、挨拶回りをしようか」
そう言って、シミオンはにこやかにユーニスを見た。
「お姉さま、シミオン様、また後で。今日は久しぶりにお話できて嬉しかったです」
「うん。サラちゃん、今度良かったらモンロー子爵家にも遊びに来てね。――ヴィヴィアン侯爵と」
シミオンはそういうとレスターに意味深な笑顔を向けた。
(本当に、なんなのこの空気……)
不思議に思っていると、レスターは今度は穏やかな笑みで「ぜひ」と答えていた。
「俺も遊びに行くよ」
「お兄さまもあんまりサラばかり構っていないで、そろそろ真剣にお相手を探した方がいいわよ」
「ユーニスまでそんなこと言うのかよ」
「今日の夜会、少しは頑張った方がいいわ。なんだったら、私のお友達を紹介しましょうか」
「はいはい、分かったよ」と、面倒そうに答えると、レスターに「じゃあ、サラを頼むよ」と声をかけて人混みの中へ消え、シミオンもユーニスの手を取って、のほほんとした笑顔のまま会釈して去っていた。
(二人きりに、なっちゃった……)
いつもよりも視線が近いレスターをチラッと見る。
心臓の鼓動が早くなるのを感じる。
(夜会仕様のレスターは、いつも以上にかっこいい。いつもの騎士服もかっこいいけれど、ブラウンのタキシードも最高に似合っている。私の……髪色に合わせてくれたのかしら? なんだか、こういうの、くすぐったい)
「サラは、ああ言う男が好みなのか?」
「――え?」
レスターに見惚れていると、思わぬ真剣な瞳がサラを射抜いた。
「モンロー次期子爵。ユーニスの夫だ。ああいう――……なよなよした男が、タイプなのか?」
レスターの声が、いつもより低い。
(なよなよって……なんか、ちょっと悪意が――)
「は? え? なんで?」
「褒められて、顔を赤くしていただろう」
(それは――……身内以外に褒められ慣れていないだけで……)
「レスターが褒めてくれたときだって、赤くなったと思うけど……」
「それはいいんだ」
(レスターはよくて、シミオンはだめ? そんな怒るようなこと?)
レスターの態度がよく分からないと思ったが、ハッとした。
(そうだ。お姉さまとの婚約は、シミオン様がいたからダメだったんだ。ということ……レスターにとって、シミオン様は鬼門? 癒し系のシミオン様と、少し無表情な美形のレスターではタイプはかなり違う。――もしかして、レスターは、シミオン様にコンプレックスを……?)
サラはレスターの態度に合点が言った。
「レスター、誤解しないで。確かにシミオン様の笑顔には癒されるけど、ときめいていたわけじゃないの。それより、さっきからレスターのタキシードが素敵だなって、見惚れていたのよ。本当に」
「え?」
レスターはサラの必死の弁明に耳を赤くした。
「そうなの、か?」
「ええ! とってもかっこいいって思っていたの」
「そ……そう、か。君に――……そう、思っていただけるのは、光栄だ」
レスターはサラに少し照れながら微笑んだ。
レスターの微笑みに、周囲の貴族女性からも小さく悲鳴が上がった。
(分かる。レスターの笑顔は、破壊力があるわよね。レスターもいつもの様子に戻ったみたいで良かった)
思わず声を上げた女性に、共感してしまう。
「じゃあ、一緒に挨拶に回ろうか?」
「え、ええ、もちろん」
(とは言ったものの、レスターのあいさつ回りに付いて歩くなんて、本当に婚約者になったみたい。いいのかしら。緊張するわ)
「サラは微笑んでいればいいから、あまり気を遣わないで」
そう言われると、国王一家への挨拶の列にサラはレスターと並んだ。
(国王一家へのご挨拶は、デビュタントのとき以来だわ。緊張する……)
「レスター、今日は可愛いお嬢さんをお連れなんだな。婚約した話はまだ聞いていないな」
サラとレスターを見て、国王はにやっと笑い、気さくにレスターに声をかけた。
ヴィヴィアン侯爵家は、王家とのつながりも深い。
普段から交流があるのかもしれない。
「ええ、いま口説いている真っ最中ですから」
レスターはさらっと国王にとんでもないことを言った。
レスターの言葉に、国王一家だけではなく、周囲にいた貴族たちも、当事者のサラも驚きに目を見開いた。
「え!? レ、レスター?」
私の慌てっぷりを見て、王妃は思わずクスクスと笑った。
「レスターは中々浮いた話がないから心配していたけど、可愛らしいお嬢さんがお好みだったのね」
「サラの魅力は見た目の愛らしさだけではありませんが」
「あら、そう。ずいぶんと入れ込んでいるのね」
(レスター、王妃殿下を前に……一体、何を考えているの。お兄さまも外堀がどうのって言っていたけれど、確かになんだかどんどん断る方向の道は塞がれている気がする。こうやって自然と道を塞ぐやり方も――……前世で読んだ詐欺師の手口と重なってしまう。いや、レスターは違うって分かっているんだけど。でも、こんな風に、用意周到に立ち回られると……)
国王一家との会話の最中も、なんとも言えない不安が募っていた。
(ああ、ただ微笑んでいるだけが、こんなに大変だとは思わなかった)
「サラ、と言ったかしら?」
「は……はい。サラ・ジャスミン・ハーヴィーと申します。ハーヴィー伯爵の次女でございます」
「ふふ、レスターを宜しくね」
王妃に意味深にほほ笑まれ、なんと返答して良いか分からず、曖昧な返答をして切り抜けた。
国王一家の挨拶がなんとか終わると、気が抜けて足がふら付いた。
「大丈夫? サラ」
「き……緊張、しました」
「大丈夫、問題なかったよ」
「レスターが……変なこと、言うから……」
「変なこと? 変なことなんて言ってないだろう。私は事実しか口にしていないよ」
レスターはサラに余裕の微笑みを浮かべる。
(うっ……全然、勝てる気がしない)
「疲れた? 飲み物を取ってこようか?」
レスターがそう言った瞬間、彼を呼ぶ声に引き留められた。
「レスター!」
レスターより10歳は年上だろうか。
日に焼けた逞しい身体の男性――騎士団長が奥さまを連れだって、声をかけてきた。
王宮で見かけたことはあったが、こんな風に対面するのは初めてだ。
かなりいかつい見た目ではあるが、穏やかな笑顔が印象的だ。
(騎士団長も、奥さまも、お優しそうだわ)
ホッとしたのもつかの間、騎士団長の発言に激しく動揺した。
「こちらが、レスターが溺愛しているという噂のご令嬢かな」
「で、で、溺愛!?」
ふふふ、と騎士団長夫妻が楽しそうに微笑む。
「ええ、サラです」
レスターは平然と私を紹介してくる。
(さっきから、レスターはなんで平気なの)
サラはなんとか内心の動揺を押し殺し、カーテシーをした。
「サラ・ジャスミン・ハーヴィーと申します。ハーヴィー伯爵家の次女で、魔法3課に勤めております」
「ああ、3課には優秀な新人が入ったと聞いているよ」
「それは間違いなく、サラのことですね」
「なんでレスター、君がそんなに得意気なんだ」
騎士団長もレスターの珍しい態度に、楽しそうに笑っている。
団長と副団長が揃っているからか、騎士団の方々が挨拶に集まって来た。
先ほどから甘々なレスターも、さすがに職場モードの顔で挨拶をしている。
「サラ、喉が渇いただろう?」
レスターが給仕から飲み物をもらってくれていた。
サラに差し出したものは、オレンジジュース。
(え? 夜会で、ジュース? 私、お酒が飲めないわけではないんだけど……)
ちょっと不思議に思いながらも、サラはレスターからジュースを受け取った。
(なんか……子ども扱い、されているみたい)
オレンジジュースを飲むサラを見て、騎士団長の奥さまが「レスターったら、本当に過保護なのね」と笑っていた。
「過保護と言いますか……。子ども扱いなのではないかと……」
「あら、そんなことはないでしょう?」
レスターと団長は、まだ次々来る騎士団員と話している。
(仕事場の顔は、いつもと違うけど――……それはそれで素敵だわ)
ぼやっと彼の横顔に見惚れていると、騎士団長の奥さまが「酔われると心配なのよ」と、耳元で囁いた。
(そう……なのかな?)
レスターに渡されたオレンジジュースを眺めていたら、騎士団長の言葉に、サラの心臓がビクッと跳ねた。
「デニスか」
レスターの後ろに立つ私を見て、デニスはハッとしたような顔をした。
「サ……サラ?」
デニスはドレスアップした私の姿に、驚いたような声をあげた。
「デニス、私のサラを気安く呼ばないでくれないか」
レスターは、デニスのつぶやきに反応し、鋭い視線をデニスに向けた。
「あ、副団長……も、申し訳、ございません――」
(デニスも、噂を聞いているのかもしれない。マリアがあることないこと話していそうだけど……)
デニスの隣には――マリアが当然のように寄り添っている。
今日のデニスとマリアは、デニスの瞳の色であるブルー系の衣裳で合わせている。
レスターが3課に来たとき以来、マリアからは直接攻撃はされていない。
ただ、何かにつけて睨みつけられてはいた。
今日も今日とて、マリアはサラの頭のてっぺんからつまさきまでを眺めた。
視線が何往復かしたかと思うと、いつもの冷笑ではなく、苛烈な瞳を向けられた。
(なんだっていうのよ……)
次回、ついに2人との対決のときです。
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