大事件
その夜、滝川エイジと東雲あさりは、お洒落なダイニングテーブルに差し向かいで座り、ディナーを食べた。東雲あさりは、上機嫌だった。そして、高級ワインを一人で二本も空けた。
東雲あさりには、二階の階段を上がってすぐの部屋が用意された。この部屋は、花柄のカーテンやシーツに彩られ、女性客に人気の部屋だった。
ワインを二本も飲んで、すっかり酔いつぶれたあさりは、エイジにおんぶされ、尚美に付き添われて部屋に入った。そして、化粧も落とさずにベッドに倒れ込んだ。
あさりは、しばらくそこでジッとしていた。このまま眠ってしまいそうだった。だが、どこか興奮気味だったせいか、深い眠りにつく事はなかった。
長い時間、ウトウトしながら、とりとめもなく考えを巡らせた…。
「ああ…、良い気持ちだ。今夜は庄吉と二人っきりで、美味しいディナーを楽しんだ。最高の夜だった。やっぱり庄吉は良い。やっぱりどうしても、私だけのものにしたい。そうだ!今夜は同じ建物の中に居るんだ。大チャンスじゃないか。…今から、庄吉の部屋に行こう…。」
咄嗟にあさりは、思い立った。
東雲あさりは、ふらつく足で部屋の外に出た。廊下は真っ暗だった。…実際には、真っ暗ではなく、わずかな明かりが灯っていたのだが、相当酔っぱらっていたあさりには、目が回って暗闇同然に感じたのだった。
ええっと…どこだろう…、庄吉の部屋は…。
あさりは、暗闇の中を千鳥足でウロウロした。
その時、なにか得体のしれないものにぶつかった様な感じがした。そして跳ね飛ばされるように、階段側に背後から倒れていき、踵でスルッと一段、足を踏み外した。
そのまま、あさりは階下へ転落し、動かなくなった。
早朝、掃除をしようとロビーに出て来た尚美は、驚いた。
階段の下に、東雲あさりが倒れていたからだった。
東雲あさりは、目を開けて、変な風に首を曲げてじっとしていた。
どう見ても、死んでいた。
尚美は悩んだ。
多分夜中にトイレにでも行こうとして、暗闇で足を踏み外したのだろう。だとすれば、これはただの事故にすぎない。
警察に届けるべきだが、そうすると、なぜ東雲あさりがこのような場所で死んだのか、調べられる。
そして、滝川エイジに捜査が及ぶ。エイジは、何も悪い事はしていないが、俳優としての今後に悪い影響を及ぼすだろう。
まず、なぜエイジがここに滞在しているのかが疑われる。そして、なぜ、東雲あさりがこんな事になったのか、その理由をとことん調べられるに違いない。
エイジを外に逃がして、それから警察を呼ぶことにしようか?
でも上手くいくだろうか?
警察を甘く見てはいけない。
行方不明中の滝川エイジと、東雲あさりとの関係に着目される可能性は高い。
あさりが昨日ここにやって来たくらいだから、いきさつを知っている誰かが東京にいるに違いないし、警察はきっとその相手を見つけ出し、エイジがここにいることを知るだろう。
素人の下手な小細工など簡単に見破られ、その時点でますますエイジに嫌疑がかかるかもしれない。
尚美は、なんとしてもエイジだけは、守りたかった。
尚美は、東雲あさりの遺体をビニールシートで包み、冷凍庫にとりあえず隠した。
「あれっ、あさりさんは?」午前九時頃、起き出してきたエイジが聞いた。
「彼女なら、今朝早くに帰ったわよ。収録があるんですって。」尚美は出来るだけ何気ない風を装って答えた。
「ふ~ん、良かった…。帰ってくれて…。」エイジがホッとしながら言った。
「そうね…。」
「尚美さん…。また、二人っきりでいられるね…。」エイジは、尚美の背後からそっと抱きつき、うなじにキスをした。




