悲しい告白
東雲たにしは、東雲あさりの後輩である。たにしは売れない芸人で、よくあさりのバーターとして、深夜番組などでひな壇の後方に座っていた。
「あさり姉さんは、どこに行ったんだろう。」たにしは、ずっと気になっていた。たにしは、あさりに忠実だった。あさりの言う事なら何でも聞いた。たにしの立場は、後輩の芸人というより、あさりの付き人と言ったほうがピッタリくるほどだった。
そんなたにしは、あさりから「滝川エイジ」を見張るよう、指示されていた。そして、あの日の深夜、滝川エイジが車で随分遠方まで出かけたのも、タクシーで追いかけ、突き止めていた。そして、それを自分があさり姉さんに伝えた後、久々の休みの日に、あさり姉さんは何処かへ出かけ、そのまま行方不明となってしまったのだ。
「僕が、滝川エイジの居場所を教えたから、姉さんは出かけて行ったに違いない…。でも、そんな事を誰かに話したら、また大変な事になる…。」たにしは、自分のせいであさり姉さんに迷惑をかける事を恐れ、黙っていた。
「おい、たにし君。」たにしは背後から呼び止められた。エイジのマネージャーの勝田だった。
「あさりさんが行方不明らしいね。エイジもずっといないんだが、何か関係あるのかな?君、何か知らないかい?」
「い、いや、ぼ、僕は知りません。」
勝田に詰め寄られて、たにしはどもった。
「本当に?あさりさんの事については、君が一番詳しいと思ったんだが。まさか、隠してることがあるんじゃないだろうな。」
「と、とんでもない!僕だって姉さんがいなくなって、すごく心配してるんですよ。」
「困ったな。何かわかったら、ぜひ教えてくれよ。お互い協力して、一刻も早く二人を見つけようじゃないか。」勝田はそう言って、あたふたと去って行った。
「あの…。ちょっといいですか?」たにしは、またしても誰かに話しかけられ、振り向いた。そこには坂出みずきがいた。
「は、はあ…。」たにしは、若い女優から話しかけられるような事は、初めてだったので戸惑った。
「東雲あさりさんの付き人さんですよね?」
「いや、あ、ええ、そうです。」たにしは、曖昧な返事をした。
「もしかして、滝川エイジさんの居場所をご存じないですか?」
「え?いや…。」
「東雲あさりさんは、何処に行かれたんですか?」
「ああ、いや…。」
「お願いします。どうしても知りたいの。滝川エイジさんに会って話さなければならない、とっても大事な用があるんです。あなたから聞いたことは決して、誰にも言いませんから…。」坂出みずきは、キラキラした目で詰め寄った。
「お願い、私を助けて。」
たにしは、意志の弱い男であった。このような異性には慣れていなかったせいもあり、つい秘密を漏らしてしまった…。
東雲あさりの一件から、また一週間ほど経った頃、「オーベルジュ・シェル・エトワール」のインターホンが鳴った。
「はい。どちら様でしょう。」尚美が出た。
「あの、こちらに滝川エイジさんは、いらっしゃいますでしょうか。」若い女性の声だった。
「…そのような方は、いませんが。どちら様ですか。」
「私、坂出みずきといいます。滝川エイジさんを探しているんです。」
「…みずき?」エイジが振り返った。
旋風が森は雪で覆われていた。最近は雪続きで、道路以外はかなりの量の雪が積もっていた。近隣の別荘のオーナーも屋敷を閉め切って、春が来るまで寄り付かなかった。唯一、年中運営している「つむじロッジ」だけは、ほとんど客がいない中でも扉を開けていた。本数の少ないバスも、「つむじロッジ」のためだけに走行しているようなものだった。
そんな中、歩きにくいハイヒールの、バックスキンのブーツを履いた坂出みずきがやって来たのには、エイジも驚いた。
坂出みずきは凍えた手を温かい紅茶の入ったティーカップで温めながら、滝川エイジと吉原尚美と三人でリビングのソファに座っていた。
「みずき、あの時はすまなかった。僕、悪い男だよね…。」
「いいのよ、庄ちゃん。二人とも分かっててやったことなんだから。私も悪い女なの。」
「お腹、痛かった?」
「うん、ちょっとね…。」
この少女とエイジとの関係は、あさりとの関係とは違う…と、尚美は感じた。
なんとなく、不安になった。
坂出みずきも、さすがに雪の中、夜に帰すわけにもいかないので、一泊する事になった。
だが、今回はオーベルジュの客ではないので、軽めの夕飯を三人で囲んだ。
とはいっても、今や一流シェフの仲間入りを果たした尚美の作る料理は、やはり本格的だった。
今夜のメニューは、エビとキノコの和風パスタ、シーザーサラダ、そしてミネストローネであった。
今日もエイジは、美味しい美味しいと喜んで、大きな口を開けてパクパク食べた。
尚美は微笑みながら、それを眺めた。
デザートは、自家製エッグタルトとフルーツの盛り合わせだった。
和やかな雰囲気の食事がほぼ終わった頃、みずきは暫し黙った後、意を決したようにエイジに向かった。
「庄ちゃん、私と結婚してくれない。」
「えっ!」エイジはビックリした。
尚美も驚いた。
「私、やっぱり庄ちゃんが好き。このままじゃ、耐えられないの。」
「…みずき…。」
「庄ちゃん、もし私に悪いと思ってくれているのなら、私の一生に一度のお願い、聞いてくれないかな。」
「…みずき…。ごめん、みずき…。それはできないよ。」
「どうして。だって私達、今でも愛し合っているんでしょ。」
エイジは、しばらくためらい、言葉を探しているようだった。
「…みずき、君には本当の事を言うよ。君を傷つけない為に嘘を言うのは簡単だけど、君に嘘はつきたくないんだ…。」
そう言って、エイジは尚美の腕をとった。
「僕は、尚美さんを愛している。僕が結婚したい相手は尚美さんなんだ。だから、みずき、君とは結婚できない。」
尚美はこの突然の告白を聞き、本来ならば天にも昇る気持ちで喜び、幸福感に浸りたいところだったが、今の状況ではそれは到底無理な事だった。
尚美は、みずきの心が、ガラスが割れるように「パキン…」と割れる音を聞いたような気がした。
「みずき、本当にごめん。僕を許してくれ。」
「…庄ちゃん、許すも何も…。失恋って、許しを請うものでも、許すものでもないわ…。」
「みずき…。」
「私、もう部屋に戻るわ。尚美さん、ご馳走様でした。本当に美味しかったです。おやすみなさい。」
そう言って、みずきは部屋を出て行った。




