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エトワール  作者: 都望偲
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19/21

あの日の真実

「美しい人でしたねえ…。」

前島小枝子の家を出てしばらくしてから、吉田がホーッとため息をついて言った。

「それにしても、滝川エイジってえのは、まるでカサノバだな。たいした色男だ。」

「恐れ入ったよ。」

三人は、しばらく思い思いの妄想を頭に描きながら、無言で歩いた。


刑事達と別れ、シェアハウスへと戻ってきた神原は、入り口で「週刊TROUTH」の記者に会った。

敏腕記者別府と神原は、長年情報交換しあう仲だった。

「やあ。」

「なんだ、別府か。また何の用だ。」

「滝川エイジの件、調べてるんだろ。なんか、新しい事実があるのか?」

「それがわからんから、調べてるんじゃないか。それより、お前の方こそ、何か知ってる事あったら教えろよ。」

「あるわけないだろが。」別府は即座に言った。しかし、その後少し考えて別府は言った。

「なあ、神原、前島小枝子の事はもう知ってると思うが…。」

「前島小枝子がどうした?」

「このネタは、まだ確かな事じゃないし、まだ極秘情報なんだが…。」

「じれったいな、早く言えよ。」

「あの女、滝川エイジのストーカーみたいだぜ。」


別府が言うには、前島小枝子はことごとく滝川エイジにつきまとっていたとの事だった。

別府自身が、最近ずっと滝川エイジを調べていたので、つねに前島小枝子の影が見え隠れしていた事に気付くのは容易だった。

また、坂出みずきがエイジとの恋愛を自分でリークした後、妊娠中絶の事実をリークしたのは小枝子だった。

「あの当時、俺が直接本人と会って聞いて、記事にしたんだから、間違いないよ。」別府が断言した。

「それにな、」と別府は声をひそめた。

「今回の滝川エイジ監禁事件の始まった頃から、前島小枝子もずっと、家を留守にしていたんだ。」

「なにっ!それは本当か!」

「いや、これは俺が『そういやあ、あの女も、ずっと見ないなあ…』と、気になってたってだけで、確かな事ではないよ。多分…な。」

「別府、お前、しがない雑誌記者なんか辞めて、探偵になったらどうだい。俺が雇ってやるよ。」

「馬鹿言うな。」


「ハムレット」も、もうあと二日で千秋楽だった。

滝川エイジの控室には、今日もたくさんの花束が届いていた。

その中に、チューベローズの花束が混じっていた。これは、前島小枝子からのものだった。

そこには、カードが入れてあった。

カードの表には花言葉が書かれていた。花言葉は「危険な快楽」だった。

カードの裏には小枝子からのメッセージとして、「ずっとあなたを見ています」と書かれていた。

「小枝子さん、お願いだから、もう、終わりにしてくれ…。」エイジはため息をつき、独り言を言った。


開演前にもかかわらず、エイジは椅子に座って背もたれにもたれかかり、上を向いて宙を見つめ、ボーっと思い出していた。

「オーベルジュ・シェル・エトワール」での日々の事を…。


尚美さんと二人っきりの幸せな日々、そして夜、星を見て過ごした事…本当に幸せだった…。

東雲あさりさんがやって来て騒いだ日、僕はあさりさんとディナーを食べた。そして、酔っぱらったあさりさんを担いで二階の部屋まで行き、ベッドに寝かせた。…重かったなあ…。そんな事をぼんやりと思いだした。

そして、僕は自室でシャワーを浴びて歯を磨き、ベッドに横になった。

仰向けになって、天窓から見える星を眺め、そのうちに眠りについた。

浅い眠りの中、夢か真実か定かではないおぼろげな中、僕は見覚えのある顔が自分に覆いかぶさるように身を乗り出して、じっと自分を見つめているのを感じた。その顔は、小枝子さんの顔だった…。

愛おしそうな心配そうな、少し悲しそうな表情だった。

「もう、僕を自由にして。もう、許して…。」僕は寝言のように言った。

でも…。あの言葉が、突然口をついて出たあの言葉が、小枝子さんに対する言葉だったのか、それともあさりさんに対する言葉だったのか、今でもわからない。


翌朝には、嘘のように小枝子さんの気配は消えていて、あさりさんもいなくなっていた。

あの時は、すごく安心した。尚美さんだけが、そこに居た。僕の為に朝食を作ってくれている、僕の大切な尚美さん…。僕は、胸がいっぱいになって、尚美さんを抱きしめ、うなじにキスをした…。


みずきがいなくなったあの日、尚美さんと二人で探し回った…。

あの時、二人で「つむじロッジ」まで探しに行った…。そこで、僕は見てしまった…。

小枝子さんを!

小枝子さんは「つむじロッジ」に宿泊し、僕を見張っていたんだ。

僕は、心が重くなって、辛くなった。尚美さんに、明るく笑ってあげられなくなった…。


僕は、みずきが小枝子さんによって何か危険な目にあったのではないか、と心配になった。

そして、翌日一人で「つむじロッジ」の小枝子さんを訪ねた。だが、みずきの事は、小枝子さんにはあずかり知らぬ事だった…。

小枝子さんは僕と会えたこの機会を逃さなかった。

「毎日、私に会いに来てね。そうすれば、尚美さんに私との過去は黙っておいてあげるわ。」


僕はまた、翌日以降も朝から屋敷を出て「つむじロッジ」へ向かった。

小枝子さんは笑顔で僕を迎えた。二人は、旋風が森を手を繋いで歩いた。そしてあの日、旋風渓谷橋を渡った。橋の途中で川を見おろした時、僕は東雲あさりさんの死体を見つけてしまったのだった…。

とは言っても、前に僕が尚美さんに告げた通り、それは遠くて判りにくい上に、岩の影に隠れており、しかも雪が死体の上から降ったため、一部分がチラッとみえた程度だった。

僕は、とても恐くなったが、それでも小枝子さんには言わずに黙っていた。

しかし、その日は気分が悪いと言って、小枝子さんの元を早目に辞したのだった。


尚美さんは僕の手を握って慰め、休ませてくれた。翌日も翌々日も、僕は屋敷にじっとしていた。

本当は、僕が行かなかったことで、小枝子さんが怒るんじゃないかと心配だったけど、もう、あそこには行きたくなかった。

尚美さんは、あの最後の夜、僕の為にスペシャルディナーを用意してくれた。今度は、二人で一緒に食べた。素敵な夜だった…。

二人で綿布団に包まって、星を眺めた。尚美さんを抱きしめ、ぬくもりを感じた…。僕は、幸せだった。

…なのに、翌日にはすっかり、その幸せは消えてしまった…。

…尚美さんは、僕を残して、一人で逝ってしまった…。


エイジの目に涙が溢れた。開演前だというのに、化粧した目が涙で黒くなった。


その日の「ハムレット」は、滝川エイジの歴史に残る素晴らしい舞台となった。

エイジは、笑顔でアンコールに答えながら、明日の千秋楽後に実行するつもりのある事への決意を新たにした。

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