美しい継母
「私らは、あの子を手放したくはなかったんです。」
静岡のとある小都市に、滝川エイジの母方の祖父母を訪ねた神原、山本、吉田の三人は、祖父母が営む小さな文具屋の店先で、祖母から話を聞いていた。そこは、小学校の近くだったので、校庭で騒ぐ子供達の元気な声が聞こえてきた。
「ですが、ある日、文秀さんがあの女を連れてやって来ました。小枝子という後妻です。私にはあの女はどうにも子供っぽく見えましたねえ。まあ、成人していたらしいですが、まるで女学生のような風貌の、よく言えば若々しいといえますでしょうが…。そんな小枝子さんが、庄吉を一目見ただけで気に入ったようだったんです。」祖母は目を伏せた。
「文秀さんは、最初は庄吉を引き取るかどうか、はっきり決めてやって来たわけでもなかったんです。再婚するので、今後庄吉をどうするか、相談にやって来たわけです。話によっちゃあ、私どもの方で今後も育てることだって、喜んで引き受けるつもりでしたよ。まあ、私らにすれば庄吉は、娘が遺した、たった一つの形見でしたし、あんなに娘にソックリの目元をしていればねえ、そりゃあ、目に入れても痛く無いほど可愛く思っていましたよ…。」そこで祖母は一つため息をついた。
「でもねえ、あの女が『どうしてもこの子を引き取りたい。私が育てたい。』と言って、聞かなかったんです。文秀さんが、そこで引き取る事を決めたんです。そうなると、私達にはもう、どうする事も出来ませんでした。実の父親が引き取るというのに、祖父母が反対なんか出来ませんからねえ…。」
神原は思った。もし、この祖父母がエイジを育てていたら、あんな事件は起きなかっただろうにな…。
吉田はまたもや、地道な作業に取り掛かった。庄吉の継母で、今では旧姓に戻って一人暮らしをしている、前島小枝子という、四十六歳の女性を探さなければならないのだった…。
前島小枝子は、意外とすぐ近くにいた。横浜市内の黄鉄町という所の集合住宅に住んでいたのだ。
小枝子は夜の仕事に就いていたので、昼間は家にいた。
祖母にあった翌日の午後、探偵と刑事の三人組が小枝子を訪ね、インターホンを押した。
ドアを開けて出て来た女性は、まだ三十歳前後と言ってもいいくらいの、若々しくて綺麗な女性だった。
すらりと細くて華奢な体型で、柔らかくカールした茶色がかった髪、白くて滑らかな少女のような肌の持ち主だった。
確かに、少し吉原尚美に似ているな…と神原は思った。
「前島小枝子さんですか。私は探偵神原、こちらは神奈川県警の刑事さん達です。」
「滝川エイジさんをめぐる一連の事件について、調査中なんですが、少しお話しをうかがえませんか。」
エイジの名前を聞いて、小枝子は目を見開いた。
家に入り、小さなテーブルの周りに四人で座った。
「我々は、先日野呂文秀さんに会ってお話しを聞いた後、静岡に行き、滝川エイジさんの母方のお婆さんにも会って、お話しを聞きました。それで、申し上げにくいのですが、どうしてもお聞きしなければなりません。あなたは、滝川エイジさんの継母でありながら、エイジさんと道ならぬ関係を持った事により、野呂文秀さんと離婚したと聞きました。これは事実でしょうか。」
山本ができるだけ事務的に質問した。
「ええ…。そうです。」
前島小枝子はじっと下を向いたまま、無表情に答えた。
「それが文秀さんに見つかったことが原因で離婚された。」
「そうです。」
「その後はずっとお一人で?ここにお住まいですか?」
「ええ」
「最近は、エイジさんとは会いましたか?」
「いいえ、会っていません。」
「そうですか…。いえね、とある人から、あなたがエイジさんと、エイジさんの所属事務所で口論している現場を見た、と聞いたんですがね。」
「そんなこと、あったかしら。覚えていませんわ。少なくとも、ここ最近の事ではないと思います。」
「では、口論の内容も記憶にない、と?」
「もちろんないです。そもそも、私たち口論なんてしたことありません。」
小枝子は頑なに口を引き結んだ。
刑事たちは質問に窮してちょっと無言になった。
「前島小枝子さん、あなたは滝川エイジさんを本気で愛していましたか?」
突然、神原が聞いた。
「えっ!」
小枝子がちょっと目を上げて驚いたように神原を見た。
「どうなんです、愛していましたか。息子としてではなく、つまり、男として。」
神原が、小枝子の目をじっと見据えて再度聞いた。
「それはもう!ええ、愛していました…、いいえ、今でも、愛しています!」
小枝子の声は、叫び出したいのを抑えているようだった。




