愛と魔力の配分 1
――旦那様は、夜遅く帰ってきた。
「起きていたのか」
「ええ、もちろん」
彼はホッとしたような笑みを浮かべた。
記憶を失う前と、何ら変わらぬ笑顔だ。
だが、私には気になっていることがあった。
「あの、ズレについてはわかりましたか?」
「――わからなかった」
手を差し出すと、彼は少し躊躇ってからロングコートを私に渡した。
無意識だったが、私との結婚生活を忘れてしまった彼は、こんなことでも戸惑うのだ。
「夕ごはん、召し上がってないでしょう?」
「……」
「昼ごはんも食べてないのですか……」
「なぜ、魔力が見えないのにわかる」
「いつものことだからですよ。さあ、食事しましょう」
旦那様は、私のことをじっとみて、困惑したように口を開いた。
「君も、まだ食べていないのか」
「どうしてそう思ったのですか?」
「なんとなく」
「ふふ、旦那様からなんとなくなんて言葉が出るなんて」
「――そうだな。おかしい……でも、君ならそうするんじゃないかと思ったんだ」
旦那様は、私のことだけは魔力を介さずに理解していた。
それは、私に魔力がなくて、他の人のように判別することができないからだ。
「前回は、ここまで来るのに三年かかったのに」
「……そうか」
「でも、ロイが心配するから少しは食べましたよ」
「それは良かった。でも、これからは待たずに食べてくれ」
「一緒に食べたいです。だめですか?」
「君、それはズルい……謎の魔力の高まりを起こす」
旦那様の頬は赤い。
もしかしたら、記憶は見えなくなってしまっただけで、どこかに存在しているのかもしれない。今までと変わらない様子に、そんなことを思う。
「記憶は引き出せないだけ――ということかもしれないな」
旦那様も、同じ結論に達したようだ。
「旦那様は、国王陛下を庇って呪いを受けたそうですね」
「そのようだが……」
「どんな記憶を奪う呪いだったのでしょうね」
結婚相手との記憶を奪う呪いだろうか。
もしも国王陛下が王妃殿下のことを忘れてしまったら、公務に差し障ることだろう。
「筆頭魔術師として過ごしていきた記憶は消えていない」
「そうですか。業務に差し障りがないようで何よりです」
「……君は、それでいいのか」
「え?」
旦那様は切なげに私のことを見つめた。
心臓がドキリと音を立てる。
「……旦那様は、学生時代から私のことが好きだったのですよね?」
「ああ、君に心惹かれていた……あの頃は、理解できなかったが振り返ればそうだったのだろう」
「その結論に達したということは、ファクターXが何かわかったのですか?」
「君はこれが愛だと言いたいのだろう? だが、一つの言葉にまとめるには、行動を引き起こす魔力の分布がバラバラ過ぎて――理解できない」
どうして、旦那様が愛を理解できないと言うのか、以前の私には理解できなかった。
だって、彼の行動はいつだって温かく、過保護すぎるほどで、私への思いやりに溢れていた。
記憶が消えてしまったはずの今ですら、それは変わらない。
けれど、今になって彼の困惑がわかる気がした。
「でも、お腹がすいていたら、気持ちは後ろ向きになります」
「そういうものか? いや、一理あるかもしれないな……魔力を作るにも栄養が……」
「食べますよ!」
旦那様が思考の海に沈んでしまう前に、食事をしてもらわなくては。
旦那様の健康を守るのは、私の役割なのだ。
「はい、土の魔力30%、光の魔力5%、風の魔力65%のシチューですよ」
「は……?」
旦那様が目を丸くした。
私はちょっぴり胸を張った。
「ロイから聞いたのか?」
「いいえ、レシピからこの値を予想したのですよ。ロイに答え合わせはしてもらいましたが」
「……まさか、いや、でも、確かに」
旦那様は、困惑していたが早く食べてくださいという私の視線に気がついたのか、シチューを食べ始めた。




