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天才魔術師父子と私の魔法のごはん  作者: 氷雨そら


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長い名前の犬 2

《ほれ、ロイが起きたぞ》


 イストがロイを背に乗せてのそのそとやってきた。

 魔導具があっても、これほど広いお屋敷を管理するのは大変なことだ。

 普段は率先して働いてくれるオーランド一家がいないのも手痛い。


 ――とはいえ、家事は何とか終わった。


「ありがとう、ヴェリーキドゥーフイストーニカ」

《長くて面倒だからイストでいい》


 白銀の毛並みの大型犬イストは、ツンと顔を逸らした。

 そういえば、私はどうしてイストのことを長い名前で呼ぼうとしているのか。


《余計なことを願うなよ》

「……え?」

《骨付き肉のスープを所望する、野菜は不要》

「……野菜も入っているわ」


 犬だから、ネギ類は抜いたりと気をつかっているけれど。

 

「お母さま〜ズレってなぁに?」

「あら、聞こえていたの?」

「うん、うるさかったから」


 確かに、旦那様は連れて行かれまいと必死だった。

 でも、私には旦那様が口にするズレの意味は理解できないのだ。


「……ごめんね」

「どうして謝るの」

「私にはわからないの」

「……お父さまが言ってたの。わからないのは悪いことじゃないって、わかろうとしないことが悪いって」

「……っ、そうね」


 私はもう少し、旦那様に歩み寄るべきだったのかもしれない。

 鍛錬になってしまうほど努力して、魔導具に魔力を込めていた優しい彼に。


《スープを所望する!》

「……わかったわ」


 冷めたスープを皿に置くと、イストはバクバクと食べ始めた。


 ――喋りかけてくる犬。


 どうして私は、イストが普通の犬だと思い込んでいたのだろう。


「もしかして、それが旦那様が言っていた、ズレと関係あるのかしら?」

「僕もおなかすいたよー!」

「ロイ……そうね、食事にしましょうね」


 今日はロイが大好きなシチューだ。

 旦那様も大好きなシチュー。


「「土の魔力30%、光の魔力5%、風の魔力65%」」


 かつての旦那様の言葉を思い出して、呟いた言葉が、ロイの声と重なる。


 ロイが目を丸くした。


「お母さまも、わかるようになったの!?」

「……いいえ、いつも通り作っただけよ」


 同じお店で材料を買って、いつもの分量で作り、いつものように味付けをした。

 そうすると、いつもの魔力配分になる。そういうことのようだ。


「あらあら、もしかすると旦那様の言っていたとおりの魔力配分で再現できるかもしれないわ」

「お母さま〜!! 愛がいっぱいだね!!」

「……え?」

「だって、ごはんがとってもおいしいのは、お母さまが愛を込めてるからってお父さまが言ってたもの」

「……」


 旦那様は、私との結婚生活を忘れてしまった。

 そして、ファクターXだと戸惑いながら、私から見れば私たちを愛しているように見える。


「子どもの頃から……そして、学生時代から?」


 旦那様とは王立学園のクラスメイトではあったが、愛し合うような仲ではなかった。

 だから、急に求婚されてとても驚いた――はずだ。


 求婚してからのちの結婚生活を忘れているはずなのに、私を愛している旦那様。

 彼が記憶を失ってから、徐々に違和感ばかりが膨れていく。


「お母さま! ご飯をちゃんと食べなくちゃ!」

「そ、そうね!」


 すぐに魔力の分析を始める旦那様とロイに

私はいつも集中して食べるように言っている。

 相手に言っていることは、私も実行するべきだろう。


 私はロイに微笑みかけ、食事を再開した。

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