すべては魔力で構成されているはずだと彼は言った
それは、今から十五年前の出来事だ。
彼と私が出会ったのは、公爵家が主催する夜会だった。
「……」
「人が、いたのか――どうやって、気配を消していた?」
「え?」
家族からは、魔力がない私は会場に来ないように言われていた。
「気配など、消せませんわ?」
「だって、魔力の気配がほとんど……あっ」
少年は、口元を押さえた。
「ああ、私に魔力がほとんどないから、気配を感じられなかったと……」
彼は相手の魔力がわかるほど、魔力が高く魔力制御に優れているのだろう。
だから、私の魔力が感じられずそんなことを言ったのだ。
慣れている。魔力がないからと、彼も私を蔑むことだろう。
「すまない……」
けれど、彼は私に謝った。
魔力が低いから、庶民のようだと言われてもしかたないと思ったのに。
「俺はレインハルト・サーシェス。君は?」
「私は……ルナシェ……と言います」
両親に会場に来るなとまで言われているのだ。家名を伝えることは憚られた。
ここにいるということは、彼も夜会に招かれたのだろう。
たぶん、親と一緒に来たのだろうが――。
「会場に戻られたほうがよいのでは?」
「あそこにいると、魔力で酔いそうだ――皆、腹の探り合いばかりで闇の魔力が強い」
「闇の魔力が――強い?」
「それに比べて君の魔力は弱くても清涼だ」
彼は笑った。
「私の魔力は、誰も感じられないほど弱いのですよ?」
「……そんなはずない。だって、世界のすべては魔力で構成されているはずだ」
当たり前のようにレインハルト様はそう言った。
同意しかねるけれど――。
だって、私は魔力がほとんどないし、魔力を感じられないけれど、確かに世界は存在している。
「おや、ヴェリーキドューフイストーニカ、彼女に興味があるのか?」
「――イスト」
「ヴェリーキドューフイストーニカだよ」
《……思い出したか?》
目の前に現れたのは、白銀の毛並みの大型犬だった。
ここで急に私は、この場所が夢の中であることに気がついた。
だって、目の前にいるのは、確かにイストなのだ。
――旦那様はイストのことを魔獣だと思い嫌っているはずだ。
けれど、目の前にいるロイと同じくらいの年齢の旦那様は、イストのことを悪く思っている様子はなかった。
――レインハルト様と私の初めての出会い。
けれど、私の記憶に寄れば、旦那様と初めて会ったのは、王立学園だったはず。
《かわいそうに。初恋の人に忘れられてしまうなんて》
――結婚している事実を忘れられてしまったのは、私のはずなのに。
《おや、このあとの出来事を思い出す前に、扉が無理矢理閉められようとしている。あいつ、無茶ばっかりするな》
「あいつって」
《レインハルト以外にいるか? そんなやつ》
* * *
「起きてくれ、ルナシェ! ルナシェ!」
必死になって、私のことを呼んでいる。この声は、旦那様だ。
絶対安静って言われているのに。私は魔力なんて感じられないけれど、そもそも旦那様の魔力は空になっているはずなのだから、絶対に無茶をした。
「――旦那様」
「ルナシェ」
旦那様の金色の瞳が、海に沈んだ月のように潤んで、大粒の涙が私の頬にこぼれ落ちてきた。




