欠けた記憶 1
私にしがみつくような状態で、ロイが眠っている。
「旦那様」
「今回は、俺じゃない。だが、ロイの魔力は残っている。心配無用だ」
「……良かった。ところで、すべては魔力で構成されているというのは、さすがに極論だと」
「……っ!」
旦那様の顔が青ざめる。
やはり、私の記憶が欠けていたことを旦那様は知っていたのだ。
「絶対にイストに何か願ったりするなよ?」
「――わかっていますわ」
「説明してあっても君は、イストに願って俺を……」
「……」
私は、少しだけ口元を緩める。
「もちろん、気をつけます」
「俺に何があってもか?」
「ええ、そんなに心配なさらず」
「次は魔力だけでは済まない! 今回だって……きっと、君の命が少し削られたはずだ!」
記憶の扉とやらを無理やり閉めたのは旦那様ではなくロイだという。
そして私は、王立学園に入学前、10歳の頃にすでに旦那様に会っていたことまでしか思い出していない。
――うーん、あのあと何が起こったのかしら?
「……まさか」
「どうなさいました」
「君には魔力がない」
「そうですね」
「それにもかかわらず、君という人はこの世界で1番わかりやすい」
「……」
私が単純だと言いたいのだろうか。
確かに私は、あまり複雑な考え方をしていない。けれど世界で1番分かりやすいわけがない。
旦那様が、私を観察しすぎているからだと思うのだ。
「喋りすぎたようだ」
「……」
「君、一部しか思い出してないな?」
「なんでわかったのですか!?」
「――やはりそうか」
やられた。旦那様は私を試したのだ。
「どこまで思い出した?」
「旦那様が話してくれるなら、私も話します」
これだけは絶対に譲ってはいけないと思う。だって、私が旦那様と初めて会ったときの記憶がないことには、たぶん旦那様も関係している。おそらく、私を守るために無茶をした。……していた? 今もしている?
《かわいそうに。初恋の人に忘れられてしまうなんて》
イストの言葉が脳裏をよぎる。
旦那様の初恋が私だったことは理解している。つまり、10歳のときにもう――。
「……だから、あの日、あんな表情を浮かべたのですね?」
「あの日――とは?」
「誤魔化さないでください。王立学園で再会したときですよ!」
「……そこまで、思い出したのか」
旦那様が長い息を吐く。
「そうだ。入学式の日、俺はもう君のことを知っていた。いや、今思えばファクターXを抱いていた?」
――そこは愛と言ってほしいのと、なぜ話してくれなかったのか、と思うけれど。
たぶん、先ほど見た10歳の出会いのあとに起こった何かと関係しているのだろう。
――記憶の中、淡いピンク色の花弁が、舞い落ちていた。
「はじめまして」と挨拶した私に、旦那様は「はじめまして」と、寂しそうに笑いかけた。
けれどそのあとの学園生活で、旦那様はいつも完璧で、魔力が強く、誰からも尊敬されるとともに畏怖され――――遠い、人だった。




