7. 校庭の小さな冒険(3)
午前の授業が終わり、昼食を済ませると、校庭には子供たちがあふれた。
丘の上を吹き抜ける風は涼しく、大きな楡の木の葉をざわざわと揺らしている。
トビーが外へ出ると、ジミーが校舎の裏から手招きしていた。
「おい、トビー! ちょっと来いよ!」
「何だい?」
「いいものを見せてやる!」
トビーはすぐに駆け寄った。
ジミーは物置の陰から、細長い包みを引っ張り出した。
包みをほどくと、赤と黄色の紙を張った大きな凧が現れた。
竹の骨組みに、長い尻尾がついている。
尻尾には色とりどりの布切れが結びつけられ、風にひらひらと揺れていた。
「どうだ!」
ジミーは得意そうに胸を張った。
「こいつはすごい!」
トビーの目が輝いた。
「お前が作ったのか?」
「もちろんさ! 親父の仕事場から竹をもらってな。昨日の晩に仕上げたんだ!」
「へえ! よくできてるじゃないか!」
トビーは凧の骨組みを調べた。
竹は綺麗に削られ、糸の結び目もしっかりしている。
「お前、こういうのを作るのが得意なんだな!」
「大工の息子だからな!」
ジミーは鼻を鳴らした。
「ただし、親父には内緒だぜ。仕事場の端切れを少しもらってきたからな」
「怒られないのか?」
「使い道のない竹だもの。たぶん大丈夫さ!」
「たぶん?」
「細かいことを気にするなよ!」
二人は笑った。
「飛ばしてみようぜ!」
トビーが言った。
「そのつもりさ!」
ジミーは凧糸を巻いた木製の糸巻きを掲げた。
「今日は風もいいし、絶対に高く飛ぶぞ!」
そこへ、オリバーがやってきた。
「ジミー。また凧を持ってきたのかい?」
「またって何だよ! こいつは新型だぞ!」
「先週、先生に注意されたばかりじゃないか」
「あれは前の凧だ。今日は別の凧だから問題ない!」
「先生は凧の種類を問題にしていたわけじゃないと思うけど」
トビーが横から口を挟んだ。
「校舎から離れればいいんじゃないか?」
「ほら見ろ!」
ジミーは嬉しそうに言った。
「転校生の方が話が分かるじゃないか!」
「君たち、校庭の端には大きな楡の木があるだろう?」
オリバーが指さした。
「木に引っかかったらどうするんだい?」
「そのときは取ればいいさ!」
トビーが答えた。
オリバーは深いため息をついた。
「……君たち、初めて会ったとは思えないほど気が合うね」
「だろう?」
二人は声を揃えた。
「褒めてないんだけどね」
オリバーは眼鏡を直した。
けれども、凧そのものには興味があるらしかった。
ジミーから糸巻きを受け取ると、竹の組み方や糸の位置をじっくり眺めた。
「ふうん。ずいぶん丁寧に作ってあるね」
「そうだろ!」
「ただ、尻尾が少し短いかもしれないよ」
「何でだ?」
「風が強くなったとき、凧が安定しないんじゃないかな」
ジミーは少し考えた。
「じゃあ、もっと布をつけるか?」
「今から?」
トビーが尋ねる。
「昼休みが終わっちゃうぜ!」
三人は顔を見合わせた。
最初に口を開いたのはジミーだった。
「……まあ、飛ばしてみりゃ分かるさ!」
その言葉に、トビーは元気よく頷いた。
「そうだな!」
「僕は確かに言ったからね」
オリバーは念を押した。
*
凧揚げは、最初のうち、実にうまくいった。
ジミーが糸巻きを持ち、トビーが凧を支える。
「いいか、トビー!」
「ああ!」
「合図したら放してくれ!」
「任せとけ!」
風が吹いた。
「今だ!」
トビーが凧を放すと、赤と黄色の翼がふわりと浮かび上がった。
ジミーが勢いよく駆け出す。
凧は風を受けて、ぐんぐん空へ昇っていった。
「やった!」
ジミーが叫んだ。
「見ろよ! 大成功だ!」
「もっと糸を出せ!」
トビーも負けずに叫ぶ。
「分かってる!」
赤と黄色の凧は、青空の中を気持ちよさそうに飛んでいた。
長い尻尾がひらひらと揺れ、太陽の光を受けた紙が鮮やかに輝いている。
近くで遊んでいた子供たちも集まってきた。
「わあ!」
「すごい!」
「もっと高く飛ぶかな?」
ジミーはすっかり得意になった。
「見ろよ! こんな凧、ほかにはないだろ!」
そこへエミリーがやってきた。
彼女は空を見上げると、両手を胸の前で組んだ。
「まあ、素敵!」
緑色の瞳がきらきらと輝いた。
「まるで赤い翼を持った不思議な鳥が、青空のお城へ飛んでいくみたい!」
「紙と竹でできた鳥だけどね」
オリバーが言った。
「そんなこと、分かっているわ!」
エミリーはすかさず答えた。
「想像力の問題よ!」
その横で、クララが小さな子供たちに声をかけていた。
「みんな、少し下がりましょうね。糸に引っかからないように」
子供たちは素直に頷き、少し離れたところへ移動した。
トビーは空を見上げた。
「すごいな、ジミー!」
「だろう!」
「もっと高く飛ばせるんじゃないか?」
「もちろんさ!」
ジミーは糸を繰り出した。
凧はさらに高く昇った。
楡の木のてっぺんよりも高いところを、赤と黄色の翼が悠々と飛んでいる。
そのときだった。
山の方から、急に強い風が吹き下ろしてきた。
「あっ!」
凧が大きく傾いた。
ジミーは慌てて糸を引いた。
「おい、どうなってるんだ!」
「糸を少し緩めろ!」
トビーが叫んだ。
「いや、待て! やっぱり引け!」
「どっちだよ!」
ジミーが怒鳴り返す。
「そっちじゃない、右だ!」
「右ってどっちだ!」
「お前の右だよ!」
「分かってる!」
しかし、凧はもう言うことを聞かなかった。
強い風を受けた翼はぐるりと回り、校庭の楡の木へ向かって流されていった。
「ああっ!」
次の瞬間、凧は高い枝に引っかかってしまった。
糸が枝に絡まり、赤と黄色の翼がばたばたと情けない音を立てる。
ジミーは頭を抱えた。
「しまった!」
トビーも木を見上げた。
「ずいぶん高いところに引っかかったなあ」
「だから言ったじゃないか」
オリバーが腕を組んだ。
「尻尾が短いって」
「今さら言ったって仕方ないだろ!」
ジミーは悔しそうに言った。
「せっかく作ったのに……」
トビーはしばらく木を眺めていた。
それから、にやりと笑った。
「何だ、もう諦めるのか?」
「諦めるわけないだろ!」
「だったら、取ればいいさ!」
「取るって、どうやって?」
トビーは上着の袖をまくった。
その顔を見たオリバーは、嫌な予感がした。
「まさか、登るつもりじゃないだろうね?」
「もちろん!」
「君の『もちろん』は、聞くたびに不安になるよ」
トビーは構わず楡の木を調べ始めた。
太い幹は途中で二つに分かれ、その上に何本もの枝が伸びている。
凧の引っかかっている枝は細く、直接乗れば折れてしまいそうだった。
「ふうん。ちょっと遠いな」
「だから危ないって言ってるんだ」
オリバーが言った。
「去年、あの辺りの枝が一本折れたんだぞ」
「じゃあ、そこには乗らないさ」
トビーは少し考えた。
そして、突然ジミーの方を振り返った。
「なあ、ジミー。先の曲がった棒はないか?」
「棒?」
「ああ。何かを引っかけられるやつがいい」
「ちょっと待ってろ!」
ジミーはすぐに物置の方へ走っていった。
ほどなく、先端の曲がった古い木の棒を抱えて戻ってきた。
「これでどうだ?」
「上等だ!」
トビーは短い紐を取り出し、棒の先に小さな輪を作って結びつけた。
ぎゅっと引き締めても緩まない、独特の結び方だった。
「へえ、変わった結び方だね」
オリバーが言った。
「父さんに教わったんだ」
トビーは得意そうに答えた。
「船じゃ、縄の結び方ひとつで大変なことになるからね」
「なるほど」
オリバーは感心したように頷いた。
ジミーも結び目を覗き込んだ。
「今度、俺にも教えてくれよ!」
「もちろんさ!」
トビーは棒を肩に担いだ。
「それじゃ、ちょっと行ってくる!」
そう言うなり、楡の木の低い枝へ飛びついた。
靴の先を幹のくぼみにかけ、するすると登っていく。
「おおっ!」
ジミーが歓声を上げた。
「猿みたいだ!」
「誰が猿だ!」
トビーは笑いながら答えた。
「猿はこんなに上手に縄を結べないぜ!」
彼は枝を選びながら登り、太い幹の分かれ目に腰を下ろした。
そこから先には進まず、持ってきた棒を伸ばす。
「オリバー! 下から見てくれ!」
「分かった!」
オリバーは少し離れたところへ移動した。
「もう少し右だ!」
「こうか?」
「いや、そっちじゃない! 君の右!」
「お前まで右と左で騒ぐのかよ!」
下からジミーが叫んだ。
「騒いでいるのは君だ!」
オリバーが言い返す。
トビーは笑いをこらえながら棒を伸ばした。
一度目は空振り。
二度目も届かなかった。
三度目に、ようやく輪が凧糸を捉えた。
「よし、かかった!」
トビーは慎重に棒を引いた。
絡まった糸が、少しずつ枝から外れていく。
「もう少しだ!」
ジミーが下から叫んだ。
「頑張れ、トビー!」
エミリーも声を上げた。
やがて、最後の糸が外れた。
「やった!」
トビーは嬉しそうに叫んだ。
凧はふわりと宙に浮いた。
ところが、その瞬間だった。
またしても強い風が吹き抜けた。
「うわっ!」
凧は勢いよく持ち上がり、棒にかけていた糸がするりと抜けてしまった。
「あっ!」
赤と黄色の翼は、風に乗って校舎の方へ飛んでいった。
「追いかけろ!」
トビーが木の上から叫んだ。
ジミーとオリバーが走り出す。
しかし、凧は二人の頭上をひらひらと越えていった。
子供たちが一斉に空を見上げた。
そして凧は、よりによって開いていた教室の窓へ向かっていったのである。
「あっ!」
ガタン!
何かが倒れる音がした。
続いて、紙の擦れる音が聞こえた。
校庭が静まり返った。
ジミーは立ち止まり、ぽかんと窓を見上げていた。
やがて、教室の窓からオルセン先生が顔を出した。
右手には、赤と黄色の凧。
左手には、今朝地球儀にかぶせられていた新聞紙の三角帽子が握られていた。
どうやら凧が教壇に飛び込み、置いてあった帽子まで巻き込んだらしい。
「……これは、誰のものでしょう?」
先生が静かに尋ねた。
ジミーの顔が青くなった。
トビーは木の上から声を張り上げた。
「先生! 僕が取りに登ったんです!」
先生はゆっくりと顔を上げた。
「パーカー君」
「はい!」
「君は、どうして木の上にいるのです?」
「凧を取るためです!」
「なるほど」
先生はしばらく黙っていた。
「では、まず降りてきなさい。それから、ゆっくりお話をしましょう」
その声は静かだった。
静かすぎて、ジミーはますます顔を青くした。




