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リンデン物語  作者: 小径つむぎ


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8. 校庭の小さな冒険(4)

 

 結局、ジミーは正直に事情を話した。


「先生、凧を持ってきたのは俺です。飛ばそうって言ったのも俺です」


「そうですか」


 先生は頷いた。


「それから、その帽子も俺が作りました」


「やはり、そうでしたか」


「……はい」


 ジミーは小さくなった。


 トビーも口を開いた。


「先生、木に登ったのは僕です。凧を取れると思ったんです」


「そうでしょうね」


 先生はトビーを見た。


「でも、木登りが上手だからといって、学校の木に勝手に登ってはいけませんよ」


「はい、先生」


「それから、リード君」


「はい!」


 オリバーが背筋を伸ばした。


「君はどうして一緒にいたのです?」


「僕は止めたんですが……」


「ですが?」


「……途中から手伝いました」


 先生は三人を順番に見た。


「そうですか。みなさん、ずいぶん協力が上手なのですね」


 トビーは思わず胸を張った。


「はい! 僕たち、なかなかいい組み合わせだと思います!」


「それは結構」


 先生は穏やかに頷いた。


「では、その協力する力を、今日の放課後にも発揮してもらいましょう」


 三人は顔を見合わせた。


「三人で校庭のお掃除です」


 ジミーの肩ががくりと落ちた。


 オリバーは目を閉じた。


 トビーは少し考えてから言った。


「先生、それは楡の木の下だけですか?」


「いいえ。校庭全体です」


「……ずいぶん広いですね」


「ええ。力を合わせれば、きっと綺麗になりますよ」


 先生は微笑んだ。


 どうやら、今度ばかりはトビーも言い返せそうになかった。


 廊下へ出ると、ジミーが小声で言った。


「悪かったな、トビー。俺のせいでお前まで掃除だ」


「何言ってるんだよ。僕だって面白そうだと思ったんだぜ!」


 トビーはにやりと笑った。


「それに、凧は取り戻せただろ?」


「先生の手から、まだ取り戻してないけどね」


 オリバーが言った。


 三人は顔を見合わせた。


 そして、とうとう笑い出した。


 *


 午後の授業が終わると、三人は竹箒を持って校庭へ出た。


 西へ傾き始めた日差しが校舎の窓を金色に染め、楡の木の影が石畳の上に長く伸びている。


 ジミーは箒を肩に担ぎ、深いため息をついた。


「まったく、初日から掃除とはなあ!」


「僕は初日だけど、お前は初日じゃないだろ!」


 トビーが笑った。


「そういう細かいことを言うなよ!」


「細かくないよ」


 オリバーが言った。


「ジミーは先月も二回掃除をしているんだから」


「何でそんなことまで覚えてるんだ!」


「君が三回目にならないか、数えていたんだよ」


「もう三回目になったじゃないか!」


 トビーはお腹を抱えて笑った。


 どうやら、オリバーという少年は、見かけによらずなかなか辛辣らしい。


 校庭の隅には、風で吹き寄せられた落ち葉が溜まっていた。


 三人はそれを箒で集め始めた。


 トビーは港で父親の仕事を手伝っていたこともあり、箒を動かす手つきは悪くなかった。


 ジミーも大工の仕事場で木屑を掃くことがあるらしく、慣れた様子だった。


 オリバーは二人の集めた葉を、大きな籠へまとめていく。


「へえ!」


 トビーは感心した。


「こうしてみると、僕らは掃除も上手じゃないか!」


「だから言っただろ!」


 ジミーが胸を張った。


「俺たちはいい組み合わせなんだ!」


「そのわりには、掃除する羽目になった原因も君たちなんだけどね」


 オリバーが答えた。


 二人は声を上げて笑った。


 そこへ、帰り支度をしたクララが通りかかった。


「あら、三人ともお掃除なのね」


「ちょっとした特別任務さ!」


 トビーが胸を張った。


「任務というより罰だけどね」


 オリバーが言った。


 クララは楽しそうに笑った。


「それなら、綺麗になった校庭を明日楽しみにしているわ」


「任せといて!」


 ジミーが箒を振った。


「きっと見違えるようにしてやるぜ!」


「まあ、それは楽しみ!」


 クララは三人に手を振った。


「それじゃ、また明日ね!」


「また明日!」


 トビーも手を振り返した。


 クララが門の方へ歩いていくと、ジミーがトビーの横顔を覗き込んだ。


「おい、トビー」


「何だ?」


「お前、クララと仲がいいんだな」


「昨日、町で会ったんだよ」


「へえ!」


「何だよ、その顔は!」


「いやあ、別に?」


 ジミーはにやにやしていた。


 トビーは顔を赤くした。


「ほら、早く掃除しろよ!」


「はいはい!」


 オリバーは小さく笑った。


 そのとき、ジミーが大きな落ち葉の山を見て、突然手を止めた。


「なあ、トビー」


「何だい?」


「この葉っぱの山、なかなか立派だと思わないか?」


「そうだな」


「ここへ勢いよく飛び込んだら、面白そうじゃないか?」


 トビーの目が輝いた。


「そいつはいい!」


「よくない!」


 オリバーが即座に叫んだ。


「せっかく集めた落ち葉を、また散らかすつもりか!」


「まだ飛び込んでないだろ?」


 ジミーが言い返した。


「考えただけさ!」


「君たちの考えることは、だいたい実行されるんだよ!」


 トビーはお腹を抱えて笑った。


 結局、落ち葉へ飛び込む計画は、オリバーが籠を二人の目の前に置いたところで中止になった。


「さあ、全部入れて」


「分かったよ!」


 ジミーは渋々答えた。


 しかし、落ち葉を籠に詰め始めると、また別のことを思いついたらしい。


「なあ、トビー。お前、本当に木登りが上手なんだな」


「故郷じゃ、もっと高い木にも登ったよ!」


「海が見える木もあるのか?」


「あるとも! 港の向こうまで見渡せるんだ!」


「いいなあ……」


 ジミーは羨ましそうに言った。


「俺も一度、海ってやつを見てみたいぜ」


「いつか一緒に行けばいいさ!」


「本当か?」


「もちろん!」


 トビーは箒を肩に担いだ。


「海へ行ったら、舟にも乗せてやるよ。父さんに頼めば、きっといいところを教えてくれるさ!」


「決まりだ!」


 ジミーは嬉しそうに拳を突き出した。


 トビーも拳を合わせた。


 オリバーが横から言った。


「その前に、今日の掃除を終わらせてくれないかな」


「分かってるよ!」


 二人の声がぴったり重なった。


 オリバーは呆れたように首を振った。


 けれども、その口元には笑みが浮かんでいた。


 *


 ようやく掃除を終えた頃には、校庭は夕暮れの色に包まれていた。


 三人は竹箒を片づけ、並んで学校の門を出た。


 坂道を下ると、リンデンの家々の煙突から細い煙が立ち昇っているのが見えた。


 遠くのパン屋からは甘い焼き菓子の匂いが漂い、石畳の通りを荷馬車がごとごとと通り過ぎていく。


「なあ、トビー」


 ジミーが言った。


「何だい?」


「明日の放課後、暇か?」


「暇だよ!」


「だったら、面白い場所を教えてやる!」


「どこだい?」


 ジミーはにやりと笑った。


「風見の丘って知ってるか?」


「風見の丘?」


「町の外れにある高い丘さ。古い見張り台の跡が残ってるんだ」


「見張り台!」


 トビーの目が輝いた。


「昔、何かを見張ってたのかい?」


「そりゃ、見張り台なんだから見張ってたんだろ!」


「何を?」


「……それは知らない」


「何だよ!」


 トビーは笑った。


 オリバーが横から言った。


「あそこは昔、町の周りを見渡すために使われていた場所らしいよ」


「へえ!」


 トビーはますます興味を持った。


「じゃあ、今でも町がよく見えるのかな?」


「もちろんさ!」


 ジミーが胸を張った。


「それに、向こうには変わったものもあるんだぜ!」


「変わったもの?」


「行けば分かるさ!」


 トビーはすっかり乗り気になった。


「よし! 明日、案内してくれよ!」


「任せとけ!」


 オリバーは少し考えてから言った。


「僕も行こうかな」


「何だよ!」


 ジミーは驚いた顔をした。


「お前も来るのか?」


「君たちだけで行かせたら、どこへ入り込むか分からないからね」


「心配性だなあ!」


「心配の種が二人に増えたんだよ」


 トビーは声を上げて笑った。


「じゃあ、三人で決まりだ!」


 そのとき、通りの角からエミリーが現れた。


 彼女はノートを抱え、夕日に照らされた町並みを眺めていた。


「あら、みんな!」


「やあ、エミリー!」


 トビーが手を振った。


「何してるんだい?」


「ちょっと景色を見ていたの。夕方のリンデンって、本当に綺麗でしょう?」


 エミリーは丘の向こうを指さした。


「ほら、あの屋根が金色に光っているところ! まるで町じゅうが夕日の冠をかぶったみたい!」


「へえ!」


 トビーもそちらを眺めた。


「本当だ。ずいぶん綺麗だな!」


 エミリーは嬉しそうに笑った。


「でしょう?」


 ジミーが横から言った。


「俺たち、明日は風見の丘へ行くんだぜ!」


「まあ!」


 エミリーの顔が明るくなった。


「あそこへ行くの?」


「知ってるのかい?」


 トビーが尋ねた。


「もちろんよ! あの丘は、風がとても気持ちいいの」


 エミリーは少し考え、それから付け加えた。


「それに、夕方の空が本当に美しいのよ。まるで風の王様が、雲を集めて大きな宮殿を作っているみたい!」


「また王様か!」


 ジミーが笑った。


「君の話には、王様がたくさん出てくるんだな!」


「だって、王様にもいろんな王様がいるでしょう?」


 エミリーは真面目に答えた。


「星を集める王様もいれば、風を治める王様だっているのよ!」


「そいつは忙しそうだな!」


 トビーが言った。


「僕なら、王様になるより船長の方がいいや!」


「まあ、どうして?」


「船長なら、自分の船で好きなところへ行けるだろ!」


 エミリーは少し考え込んだ。


「……それも素敵ね!」


 それから、突然ノートを開いた。


「風の王様と海の船長……何だか面白いお話になりそうだわ!」


 トビーは笑った。


「書けたら読ませてくれよ!」


「ええ、もちろん!」


 エミリーは嬉しそうに答えて、そのまま何かを思いついたようにノートへ書き始めた。


 ジミーがその様子を見て、笑った。


「相変わらずだな、エミリーは」


「いつもあんな感じなのか?」


 今度はトビーが尋ねた。


「ああ。何でもすぐ物語にしちまうんだ」


「へえ」


 トビーは夢中でノートに何かを書いているエミリーを見た。


「やっぱり面白い子だな」


「それは認めるぜ!」


 ジミーは笑った。


 エミリーは顔を上げると、三人に手を振った。


「それじゃ、また明日ね!」


「ああ!」


 トビーも手を振り返した。


 *


 町の分かれ道まで来ると、ジミーとオリバーはそれぞれの家へ帰っていった。


 トビーは一人、マーサ伯母さんの家へ向かって歩き始めた。


 足元の石畳には、長い影が伸びている。


 通りの家々からは夕食の支度をする匂いが漂い、遠くでは時計塔の鐘が鳴っていた。


 朝、学校へ行くときには、まだ誰がどんな子なのかも分からなかった。


 けれども今は違う。


 ジミーという、いたずら好きで気の合うやつがいる。


 オリバーという、少々皮肉屋だけれど頼りになる少年もいる。


 クララは昨日と同じように、今日も優しい笑顔を見せてくれた。


 それに、エミリーという、町の噴水にまで素敵な名前をつけてしまう女の子もいる。


 トビーは思わず笑った。


「こいつは、なかなかいい町だぞ!」


 通りすがりの老人が、不思議そうに振り返った。


 けれども、トビーは気にも留めなかった。


 家へ帰ると、きっとネリーが今日の学校のことをあれこれ聞いてくるだろう。


 掃除当番になったことまで話したら、何と言われるか分かったものではない。


 もっとも、黙っていたところで、あの妹はどういうわけか大抵のことを見抜いてしまうのだが。


 トビーは帽子をくるりと回した。


 今日一日で、友達が何人もできた。


 明日は、その友達と丘へ行く約束までした。


 学校というところも、案外悪くない。


 そう思いながら、トビーは夕暮れの通りを元気よく駆けていった。


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