第3話 保護対象
私は馬車に乗せられた。
見たことがないくらい立派な馬車だ。
中には誰もおらず、馬車はしばらくの間、動かなかった。
……セイルお兄様と離れて、どれくらいたっただろうか。
私を捕まえた王国視察隊は、馬車の外で慌ただしくしている。
微かに話し声が聞こえてきて、その中に「魔力持ち」という言葉が混じっていた。
……帰りたい。
捕まえられたときに視察隊の人たちを叩いたからか、手も足もボロボロだった。
傷だらけで、痛いはずなのに痛みは感じなかった。
散々騒いで、泣いて、もう声も出ない。
泣きすぎて、馬車の椅子まで汚してしまった。
「……お母様……お父様……」
何度呼んだだろう。
ガチャ。
馬車の扉が開いた。
誰かが乗り込んできて、向かい側の座席に座る。
「こんにちは。お嬢さん」
男にしては少し高い声。 それに、どこか女の人のような喋り方だった。
私は座席に顔を埋めたまま、反応する気力もなかった。
「……返事ぐらいしてくれてもいいじゃん」
男がそう言って、私の顔を覗き込んでくる。
私は顔を上げない。
「うわっ!」
突然、男が声を上げた。
「何よ、この傷……」
私の手を取る。
「よく見たら足もじゃない……」
男が私の髪をそっとかきあげ、顔を覗き込んだ。
ふと、視界の端で青いものが揺れた。
さらさらとした長い髪が、私の目の前を流れていく。
「目もこんなに腫らして……ぐちゃぐちゃじゃない」
私は男と目を合わせないように、さらに視線を下へ落とした。
男は馬車から降りると、外にいる隊員たちへ声を張った。
「ちょっと、だぁれ〜? あの子連れてきたのは〜。ボロボロじゃない〜」
「ニルっすよー。相当暴れたようで」
「救急箱持ってきなさい」
「はっ!」
男は再び馬車の中を覗き込んだ。
「ちょっと待ってねぇ。お嬢ちゃん、すぐ戻ってくるからねぇ〜」
そう言ってから、何かを思い出したように声を上げる。
「あー! あと誰か、お水と何か食べられるもの持ってきなさい!」
「はっ!」
男は馬車を降りていった。
しばらくすると、外から声が聞こえる。
「ユール副隊長、救急箱お持ちしました」
「ありがとう」
再び男が馬車へ乗り込んできた。
「ごめんねぇ。ウチの隊、乱暴な人しかいなくて……。普段は悪い人ばっかり捕まえてるからさぁ」
「……」
王国の法に反する行為や、不正がないかを調査する部隊。
そう答えたかったが
そんな気力はもう残っていなかった。
「手、貸して?」
私は反応しなかった。
ユール副隊長と呼ばれている男は、
「触るね」
と一言断ってから、私の手を優しく引っ張った。
「えーっと……あれ?」
慣れていないのか、包帯を手に取りながら首を傾げている。
それでも、どうにか私の手に包帯を巻いていく。
片方の手が終わると、今度はもう片方の手を取った。
……お母様なら、もっと綺麗に手当てをしてくれるのに。
そう思った瞬間。
また涙が溢れた。
「ひっ……う、うぅ……っ……」
お母様……。
目の前で突然泣き始めた私を見て、ユール副隊長は慌てた。
「え……あっ! ごめんね? 雑だったかな……? 私に触られたのが嫌だった? ごめんねぇ。ウチの隊、女の人いないんだよ……」
「……違うんです」
腫れた喉から、掠れた声が出る。
「家に……返してください……」
ユール副隊長は少しだけ黙り込んだ。
「……うーん」
困ったように眉を下げる。
「とりあえず、ちょっと落ち着いて?」
ぐすん、と鼻をすすりながら、自分を落ち着かせようとする。
そのとき。
コンコン。
馬車の扉が叩かれた。
「ユール副隊長! 水と軽食、お持ちしました!」
「ありがとう」
ユール副隊長は馬車の扉を開け、差し出された水と食べ物を受け取った。
「はい、お水」
ユール副隊長は、私に水の入ったコップを差し出してきた。
私は首を横に振る。
「……声、枯れてるから飲んだ方がいいよ?」
「……」
「毒なんて入ってないから……私だって死にたくないしね……」
そうじゃない。
水なんて、いらない。
「……」
「私が飲んであげようか?」
私はもう一度、首を横に振った。
「お願い。一口でいいから飲んで?」
ユール副隊長は困ったように眉を下げる。
「……お嬢ちゃんをこのままボロボロで王都まで連れてくと、私が半殺しにされちゃうよ……」
王都。
グランディル。
私……王都グランディルまで連れていかれるんだ……。
そんなことを考えていると、ユール副隊長は半ば強引に、私の右手へ水の入ったコップを持たせてきた。
「あ! そうだ。お嬢ちゃんの名前は?」
「……アステリアーナ・レヴェリア」
家名を伝えると、ユール副隊長は少し目を見開いた。
「貴族か……」
ユール副隊長は、何かを考え込むように黙り込んだ。
家名を持っているのは、貴族だけ。
だから、私が名乗った時点で、私が貴族だと分かったのだろう。
「爵位は?」
「…………男爵です」
「わかった。きっとご両親も心配してるだろうし、伝令を飛ばすよ」
「私を家へ返してください」
ユール副隊長を、初めてまっすぐ見た。
男の人とは思えないほど綺麗な顔立ち。
その顔には、悲しそうな表情が浮かんでいた。
「ごめんねぇ。それは出来ないんだ」
ユール副隊長は、少しだけ目を伏せる。
「アステリアーナちゃんは、保護対象だから……」
目元がきらりと光った。
それを隠すように、ユール副隊長は馬車を降りていった。




