8:新しい家
その後、町の中を山のふもとへ向かって進んだ。
だんだんと家がまばらになって、魔物を防ぐ古い石積みの壁を越えると、土を踏み固めた坂道になる。
木が茂る道の先へ進む間、本当にここに家があるのか不安になった。
あと、こんな山の中だと魔物も出やすいんだけど……。
そわそわしていたせいか、ルディアス様が察したように言う。
「この道は魔物は出ないから安心していい。魔物除けの範囲内にある。山の中腹まで魔物除けを置いていたはずだ」
魔物除け。
神聖力を閉じ込めた鉱石だ。
神官の仕事はこれだ、と言われるほど神殿ではこれを沢山作っている。
これを一定間隔で置くことで、街道に魔物が侵入しにくくなったり、町への侵入も防げる。
万が一にも神聖力が切れていると、隣町や村に行こうとしたら魔物に襲われるだろうし、木こりが山に入ることも、外で畑を耕すこともできなくなるのだ。
だから街道などの主要な道は、神官が定期的に通って魔物除けの点検と交換を行っている。
でも山の中まで置いているのは珍しい。
神殿に頼んでいるのかな、という疑問が顔に出ていたようだ。
「私は自分で作れるからな」
ルディアス様は自分で魔物除けを作り、部下に設置させているらしい。
領主が神聖力を持っていると、そういうこともできるのか。
でも山菜取りや狩りをしたい人、その恩恵を得て生活している人には、とてもありがたい領主だろう。
なるほどと思っていた私の視界に、ようやく目的地が見えた。
木々に囲まれた山のふもとの一軒家。
ちょっとした洋館のようなたたずまいだけれど、大きさは避暑に来た小領主が数人の使用人と一緒に住む、という感じの規模だ。
ようするに、平民の一軒家よりは三倍ぐらいは大きい。
周りは小さいながらに庭らしくなっていて、誰かが整えてくれていたんだろう。
ルディアス様が管理していたと言っていたし。
でも、さすがに精霊花も魔花も咲いてはいないか……。
「あ、あった」
一株の精霊花が、モッコウバラの生垣に守られるように咲いている。
鳥の翼が重なるような大きな花弁の花で、時期になると鳥の精霊として飛び去ってしまう品種だ。
だいぶん成長してきてるので、あと一か月もすると立派な鳥の精霊になるだろう。
気配を感じたのか、花弁の中心からむくっと白鳥のような長い首と頭が持ち上がってこちらを見た。
黄色いくちばしが可愛い。
「こんにちは」
挨拶すると、なんでもなかったみたいだと、また花弁の中に頭を隠してしまった。
面白い。
「鍵はこれだ。管理をしている者がスペアを持っている」
いつも持ち歩いているのか、ルディアス様が鍵をくれた。
真鍮で覆っている金色の鍵だ。
それを扉の鍵穴に差し込み、開く。
鉄で補強されたしっかりとした扉は、重そうな音を立てて開いた。
扉を開けたそこには、小さなエントランスと二階への階段がある。
左右に伸びる廊下の左側へ行って見る。
そこは台所と、その奥に洗濯場があった。
洗濯場は掃除等で使っているのだろうけど、使用する必要がない台所は、あちこちに白い埃除けの布がかけられている。
その他に使用人の部屋に使うのだろう部屋があった。
反対側の廊下を進んだ所には、お客をもてなせそうな居室。
そして大きな作業場のような部屋があった。
石床で、壁には一面に棚があって、壁の半分ぐらいが窓になっている。
「ここはもしかして、精霊花を置いておける場所でしょうか」
育ちきるまで管理しておくべき精霊花もある。
また、魔花を光に当てすぎないようにおいて置ける場所も必要で。ここはそれに最適だと思う。
「よくわからないが、君の使いやすいようにしたらいいと思う」
ルディアス様はそう答えてくれた。
それもそうだ。彼は精霊花を育てることには詳しくないわけだし。
次に二階へ。
部屋が六つほどある。
「ここ、ほどほどに東からの日が当たってよさそうですね」
朝になったら、カーテンを透かした光で目を覚ましやすそうだ。
「そうしたら荷物はここでいいな?」
ルディアス様は荷物を持ってついてきてくれていたようだ。
私だと持って歩いていたら階段を上るのも苦労しただろうに、紙袋のように軽そうな動きで鞄を置いてくれる。
「もうすぐ、管理をしている者が来る時刻だ。寝具や必要な物については管理者に聞くといい……」
ルディアス様がそう説明してくれた時だった。
階下で扉が開く音がして、「まぁまぁまぁ!」と声がした。
階段のところまで行ってみたら、エントランスに40代くらいのブルネットの髪の女性がいる。
「伯爵様、いらしていたんですね。そしてまぁ、お待ちかねの方でございますか?」
(お待ちかね?)
女性が満面の笑みで言ったので、悪い意味ではないみたいだけど、どういうことだろう。
母の所有物だったわけだから、他の人がこの家で暮らすということもないし……。
あ、そうか。
「ルディアス様。もしかして母から、使っていない間は他の精霊使いに貸し出してくれと頼まれていらっしゃったんですか? そんなことまでお任せしていたら、すみません」
使わずにいる家は傷むというし、貸し出すにも人に任せなければいけない。それでルディアス様に管理人を探したりするのを頼んでいたのかも、と思ったのだ。
しかしルディアス様はやや早口で言う。
「いや、その……い、いつかは君か夫人が、来るかもしれないとか話していただけなんだ。そ、そうだな? ベリータ」
言われた女性は、いぶかしげな顔をしたあとではっとしたように笑顔に戻る。
「ええそうですとも! それで、今日からお住まいになるんですか? 掃除は昨日しておきましたが、使わない部屋はあまり手をつけておりません。使用する部屋のご用意が必要ですよね? 今整えますので、居間でお休みいただいてよろしゅうございますか?」
ベリータという女性が、うんうんと過剰にうなずいて答える。
「ああ、もちろんだ。使用するのは二階の端の部屋がいいらしい」
「ちょうど昨日、綺麗にした部屋でございますよ! 布を片付けたりするだけで済みますとも。あ、食事はどうなさいます?」
「食事の用意は必要だ、頼んだ、ベリータ」
「承知いたしました。とっておきのお昼をご用意します! 少々お待ちを! ああ、お茶、お茶もご入用ですよね?」
「そうだ! お茶なら、私がやろう。そうとも、お茶を作ろうと思っていたんだ私は」
「まぁ、素晴らしいことですわ伯爵様! ではお台所の方へ! そちらもすぐ使えますから!」
そんな会話をした後、ばたばたと居間へ案内され、座らされたかと思うとルディアス様は台所へ走って行ってしまった。
「……???」




