7:浄化について
ややあってからルディアス様が言う。
「もう橋を渡る。そろそろ大丈夫だろう」
その声に、私はマントから顔を出した。
彫刻が施された柱が岸に立つ大きな石橋が見える。
渡る人の数も多い。
馬車が向かい側からやってきて、過ぎ去った。
「大きい橋……どこですか、これ」
「王都の東にある川にかかっている橋だ。これを渡ると王都から出られる」
橋の先には門と建物がある。
ルディアス様によると、それは検問所らしいが、問題が起きなければ基本的に人を通すので、呼び止められることはないという。
実際、何も言われずに過ぎ去ることができた。
その先は、石畳で舗装されていないむき出しの土の道だ。
ガタゴトと音をたてながら荷馬車がいくつも通っていくし、歩いていく荷物を背負った人も多い。
「ルーフェンの町は遠いでしょうか?」
街道の周囲は木が立ち並んでいるし、その先に見えることがあるのは畑が多かった。
なので想像よりも遠い場所なのかもと思った。
「大丈夫だ。もうすぐ道を曲がった先にある」
思ったよりも近いみたいだ。
そしてルディアス様が言った通り、すぐに十字路になっている場所があり、王都から続く道よりちょっとだけ狭い道へ向かう。
その先に小さな山が見えたが、そのふもとにルーフェンの町があった。
ルーフェンの町は、王都の一区画ぐらいの大きさがある。
さすがに道は石畳ではないけれど、どの家も綺麗な花が咲いていて、歩いている人も多くでにぎやかに見える。
「ここでいいですよ」
さすがに家まで探してもらうのは、頼りすぎだろうと思った。
けれどルディアス様は首を横に振る。
「大丈夫だ。君の家はわかっている」
「え?」
「フロース子爵家の精霊使いのための家が、おそらく君が目指している場所だ。フロース子爵家がなくなった後は、私がその家を管理しているんだ」
「え? え? どうしてです?」
聖騎士ルディアス様が、母の実家にそんなに関わってるの? なんで?
「この町と周辺……そこの山まで、レーン伯爵家の土地だというのが一つ」
知らなかった……。
それならルーフェンの町のことも、場所も知っていて当然だった。
でも他に理由があるらしい。
「私が聖騎士だからというのが、もう一つの理由だ」
「え、あぁぁぁ聖騎士だったんですね!」
私は慌てて驚いてみせる。
この人と私、初対面だし、ルディアス様の経歴なんて知らないはずなんだから。
幸い、ルディアス様は気づかないでいてくれたらしい。
「そう、聖騎士なんだ。だから神官の代わりに、精霊使いに関わることがある。それでフロース子爵家の事業を引き継いで、精霊使いのための家を管理しているんだ。あー……それでフロース子爵家の人の顔を知っていてだな、だから君の顔に見覚えがあったわけで」
最後はしどろもどろながら説明してくれる。
そういえば私、母に顔がそっくりだと言われていたし、祖父達にも似てるのかもしれない。
だからすぐにフロース子爵家の縁者だってわかったのかも?
(だから二年後に助けてくれた時も、私の顔を見てわかったのかな……)
名前を知ってたのは、王子達が処刑宣告の時に叫んだからだろうけど、私が母の縁者だなんて、顔を知らないとわからないはずだから。
「それにしても聖騎士様って、精霊使いに……関わるんですか?」
そういえば、前回の人生でもそんなことを言っていた。
どうして精霊使いに聖騎士がかかわるんだろ?
首をかしげていると、ルディアス様は表情が硬くなる。
「もしかして、君は浄化を知らないのか?」
「じょうか……?」
「知らないようだから教えるが、精霊使いは魔花の魔力に強くさらされる。魔花の魔力は存在をゆがめやすいから、体に残っていると体調を崩すんだ。そのままにしておくと死ぬ者もいる」
あ……。
私はものすごく心当たりがあった。
前回の人生、最後の一年間はずっと体調が悪かった。
特に死の直前の日、一日徹夜状態だったとはいえ、あんなにも具合が悪くなるのも変だとは思ったのだ。
「そうだったんですか。初心者なので、知りませんでした」
基本的なことだからなのか、精霊使いの本にも載ってなかった。
「なら知らなくても仕方ないな。まぁ、どれぐらい魔花に接するかにもよるから、ひと月に一度か、半年に一度浄化を受ければいいらしいが」
「あ、それぐらいの間隔なんですね」
一個精霊花を咲かせたら、すぐに浄化を受ける必要があるってわけじゃないらしい。
だから母に手ほどきを受けた時も、二つ三つの魔花を転化させたけど、浄化しようとは言われなかったのか。
それに他の精霊花は、精霊花の種から育てた物だったから、それは浄化の必要がなかったんだろう。
「それにしても、精霊使いにお詳しいですね」
私がそう言うと、ルディアス様が言いにくそうに切り出した。
「その……。実は、以前から君のことは知っていたんだ、レイナ・フィディアス伯爵令嬢。お母上のご実家が、精霊使いの支援をしていらしたから、その縁で一度会ったこともあってだな……」
あれ? 会ったことがあるの?
でも私の記憶にはない……。小さい頃のことなのかな。
「とにかく浄化はたいてい神官が神殿で行うが、聖騎士であっても可能だ。……よければ、今浄化を一度しておこうか?」
聞かれて、思わずうなずく。
「していただきたいですけれど、何か道具とか、準備とかご必要ですか?」
「いや、手を握るだけでいい」
そんな簡単なのかと思いながら、ルディアス様に促されるまま手を出す。
手を握られ、一拍置いてからすっと手から何かが抜け出るような感覚があった。
次いでぱっと手の周りに光が散る。
まるで小さな花火みたいに。
おもわずじっと見つめていると、ルディアス様が言う。
「終わった。調子はどうだ?」
「はい、なんだか肩こりがなくなったような感じです」
うん、肩が軽い。
すっきりした気分だ。
腕を回して見ようとして、まだ手を握られたままだったことに気づく。
「あの、ルディアス様。手を……」
「っ! ああ、すまない。君の手が柔らかかったものだから、その、つい」
「えっ」
柔らかいって、ええと。
自分の手のことを良いように言ってもらえた気がして、なんだか恥ずかしい。
でもルディアス様が手を離した後、手のぬくもりが離れたせいなのか、ちょっと寂しさを感じたのが不思議だった。




