6:私、迷子です!
相手を確かめるため、顔を上げる。
そして私は息を飲んだ。
見覚えのある銀の髪。
心配そうにこちらを見る紫の瞳。
青の騎士服も似合っている。その上から羽織った、黒いマントにうっすら見覚えがあるのはなんでだろう……?
あ、なんか近くに毛布が落ちてて、通りがかった老婆がしゅばっと毛布を持ち去って行った。
なんかあの毛布も見覚えがあるんだけど? どこで見たんだっけ?
でも二年後と変わらない……少しだけ顔立ちが柔らかな感じがするけど、相変わらず絵画の騎士のように綺麗な容姿の人。
聖騎士ルディアス様だ。
こんなにも早く再会できるとは思わなかったから、呆然としてしまう。
「迷子か? 怪我をしているのか?」
聞かれた私は、はっとする。
「あの、迷子です!」
びしっと手を上げる。
主張しておかないと! と思ったのだ。
この人以外に親切そうな人と遭遇できる気がしない。
他の人だったら疑うけど、彼は間違いなく親切な人だと知っているから……。
「それなら送っていこうか?」
「お願いします!」
聖騎士と一緒なら、間違いなく実家の人間も手を出せない。
それに前回も会ったことがない私を助けてくれたんだから、いい人なんだと思う。
食い気味に返事をしたら、ルディアス様の方が少しおどろいていた。
「君、こちらの名前も聞かないまま頼んで大丈夫か?」
「あっ」
この時点の私はルディアス様に会ったことがない。
知ってる状態で話してはいけなかった。
「その、騎士様みたいなので、信用してもいいかなって」
私の苦し紛れのいいわけに、なぜかルディアス様は苦悩した表情になる。
「ま、まぁいいんだが……。私はレーン伯爵ルディアスだ」
自己紹介してくれた。聖騎士と名乗らなかったのは理由があるのかな?
なので私も名乗る。
「私の名前はレイナといいます。貴族様なら、信用しても問題ないですよね?」
「いや、貴族だからといって、誰でも信用できるわけではないが。私はまぁ、真面目な方だとは思っている」
うん、とルディアス様は謎の自画自賛をしていた。
「私は真剣に、一人きりで逃げているような雰囲気の君を案じている。だから乗せて行ってあげよう」
ルディアス様は言い訳のようにそう言うと、ひらりと騎乗していた馬から降りる。
(そういえば聖騎士って、白馬に乗ってるわけじゃないんだ。鹿毛の馬……さっき家の前を通ったのも、似た色の馬だったけど、最近はこの色の馬が多いのかな)
へーと思っているうちに、ルディアス様が私の荷物を馬にくくり付けた。
「君、馬に乗った経験は?」
「ありません」
「ならば、持ち上げさせてもらおう」
一言断ってから、ルディアス様が抱えあげてくれる。
わ、けっこう腕力があるんだ、と思った。
腕だけで私を持ち上げて、さっと馬に乗せてしまったのだから。
(ぱっと見、そんなに筋肉隆々には思えなかったのに。でも近くで見ると肩幅も広いわ……)
見た目は着やせするタイプなのかもしれない。
メイドが、そんな表現をしているのを聞いたことがある。
そんな着やせするのかもしれないルディアス様が、私にたずねてくる。
「どこへ送ったらいいのか、教えてくれないか?」
「王都郊外の町、ルーフェンの近く……ちょっとだけ北のところに家があって……一応私の持ち家なんですけど」
「なるほど。君は精霊使いなんだな。フロース子爵家の縁者だろう?」
「え、なんでそんなことがわかるんですか!? ルーフェンの町の北に家があるって情報だけですよ?」
びっくりする私に微笑み、ルディアス様は馬を歩かせ始める。
「後で教える。しばらくは、落ちないようにしがみついているように」
そう言ってルディアス様は私を抱え込み、馬を走らせ始めた。
「わっ」
馬が走る動きのせいで、上下にゆさぶられるのは想像していたけど、左右にも重心が揺らされて振り落とされそうだ。
思わず抱えるルディアス様の腕をつかんだ。
これで王都から移動できる。
ほっとしたその時だった。
「待って!」
「お待ちください、そこの騎乗されている方!」
聞き覚えのある声が、後ろから追いかけてきた。
――私を探していたフィディアス伯爵家の人間だ。
走り始めたばかりだったルディアス様は、前に回り込まれてしまう。
その時、さっと黒いマントで私の頭からすっぽりとくるまれてしまった。
ルディアス様は私より大柄だからか、マントが大きい。
足まですっかり隠されている。
「何用だ?」
ルディアス様が、さっきよりも居丈高な問いかけをした。
それで相手が貴族だとわかったのだろう、使用人達の言葉もへりくだった物になる。
「すみません騎士様、そのお連れ様の素性をお見せいただけませんか?」
「我が主の家から盗みをした者を探しております。お顔を確認させてくださいませ」
私はぎゅっと縮こまる。
一瞬でも、髪色か服の色が見えたのかもしれない。
だから確認しようとしているんだろう。
(でも見えたらバレちゃう……)
ルディアス様はどうするんだろう。
ドキドキしていたら、ルディアス様が言った。
「今から施療所へ運ぶ病人だ……うつるぞ」
「ひぇっ」
ルディアス様の一言に、使用人達が小さく悲鳴を上げた。
少しでも風邪を引くと、父は使用人達がうつしたに違いないと怒鳴り、病気の人間をすぐさま解雇しているから。
(それなら……)
「ごほっ、ぐはっ、ぐへっ」
頑張って具合が悪そうにせき込んで見せる。
使用人達が息を飲んだのが聞こえる。
うつされたら職を失うのが、怖かったんだと思う。
この国では数年前にも病気が流行って沢山の人が亡くなった。
母もその一人だ。
他国から精霊花の薬を手に入れられた貴族は助かったけど……。
庶民にはそもそも手が出ない値段の薬なので、ただじっと我慢して天の裁決を待つしか手がなかった。
「そそそ、それはいけません。お呼び留めして申し訳ございません」
「あの、行っていただいて結構でございます」
すんなりと使用人達は、私の近くから遠ざかって行った。
「よし、行くぞ」
ルディアス様が再び馬を走らせる。
私はほっとして息をついた。
これで家から離れられる。
(本当に家からの脱出が成功した……のね)
正直不安だ。
私は前の人生で、一度もあの家から離れて暮らしたことがないから。
だから新しい展開がやってきた、という気持ちが強くなる。
私は、こんな見知らぬ風景をこれから沢山見るんだ。
それが自由なんだと思って、じっと王都の景色をマントの隙間から覗き見たのだった。
そうして周囲の様子に心を奪われていたせいか、ルディアス様が何かつぶやいても内容はハッキリとは聞こえなかったんだけど。
「……念のため見に来て良かったが、言い訳が苦しかったか……いやでも、どう誤魔化せばいいのか。戻って来る時間が前と違ったからな……。それにしてもやっぱり可愛い」
(自分の家の事情の話かな?)




