5:さあ脱出しましょう
と同時に、もっと早くそうしたらよかったのにと、後悔する気持ちも湧く。
「前回は、身投げする前までは『もうすぐマリーシアが結婚するし、そうしたら家には私しかいなくなるから、きっと状況が改善される』……って、バカみたいに信じてたのよね」
今度は母の配慮を無駄にしない。
「それで今度は……もしかしてあの人に、会えるかな」
思い浮かぶのは、前回の人生の終わりで、自分の地位まで危うくするのに助けてくれた人。
ルディアス様。
あんな風に手を差し伸べてくれた人に、初めて出会ったから、すごく印象に残っている。
だから、私のせいで人生をダメにさせるのが申し訳ないと思った。
同時に思う。
「もう一度、会ってみたいな」
家の倉庫でずっと閉じこもる生活をしていたせいで、私は使用人達の会話でしか外の情報を知らない。
だから、ルディアス様について詳しく知っているわけではない。
聖騎士になるのには、聖王国にある聖剣に認められる稀有な人だということとか、ご両親が亡くなって、伯爵位を受け継いだとか、それぐらい。
「お母さんの実家と繋がりがあったって言ってたけど……。だったら、他の精霊使いについても色々知っているのかな」
やがて倉庫の横に到着した。
鞄は……ちゃんとあった。
鞄の紐を肩にかけ、レイナはこそこそと移動する。
荷物が重いので走れないので、なるべく見つからないように門の近くへ。
門の前には、私兵が二人立っている。
普通に通ろうとしたら怒られるだろう。
その声を聞いた人によって、父に私が外へ出ようとしたことが知らされる。
だから門の外を右へ左へ歩き回って点検することがあるので、その時を狙うつもりだった。
「なかなか動かない……」
鉄柵の向こうを通過していった、天気も良い中を黒いマントを頭から羽織って、さらに肩からもう一枚毛布みたいなのを巻き付けている人物が気になって目で追っている。
たぶん、伯爵家の方をちらちら見ているから、物乞いか不審者に見えるせいかも。
それにしても布の量も多いし、暑くないのかな。
門に近い低木の垣根に隠れていた私は、じりじりしながら待つ。
そのうちに、ようやく門の前にいた私兵が動き始めた。
巡回のついでに、近くの角から角へ向かって行く、これまた帽子やケープで覆っても、妙に肩幅が広い女性が気になったようでそちらへ行ってしまった。
女性……だと思うんだけど。帽子から金髪巻き毛が見えていたし。
「やった」
少し距離が離れたところを狙って――私は走った。
足音がしてもかまわない。
重い荷物のせいで、どうせ静かには走れないから。
幸い、ちょうどよく前の通りを馬車が通過してくれたことで、音が紛れた。
でも……。
「お嬢様!」
見つかった!
誰かが私を探しに来てたみたい。
一瞬振り返ったら、メイドや従僕、その後ろには父までがいて、走って来ようとしている。
やだ、父がすごい形相をしてる。
捕まったら絶対に叩かれるわ!
門兵も気づいて反転してくる。
「えっと、まずはこっち」
私はポケットに入れていた精霊花を取り出す。
神聖力を吹き込んで、門の方に投げつける。
ちょっと距離が遠い。
でも落ちた場所から一気に精霊花が伸びる。
無数の枝に分かれ、その枝が蔓のように成長しながら、向かってくる兵士をとらえた。
背後から、突然のことに驚いたのか悲鳴があがる。
それを無視して走る。
だってあと少しで門だ。
「待ちなさいレイナ! 命令が聞けないのか!」
父の声がする。
絶対に捕まっちゃいけない。
私はそちらにも精霊花を投げる。
同じように伸びた精霊花の枝が、追いかけてくるメイドや従僕、そして父を捕まえる。
その時ふと、あの声を聞いた気がした。
『ぐるぐる巻きにしてやっても、いいんじゃなーい?』
幻聴だと思うけど……父を捕まえた精霊花の枝が、蔓みたいに変化してぐるぐる巻きにした。
そのまま持ち上げ、左右に振り始める。
「ひぃっ、ひぁぁぁぁ!」
足がつかないほど高く持ち上げられて逃げられず、父フィディアス伯爵が悲鳴を上げる。
自分ではどうにもできないみたいで、「降ろせ! 早く!」と怒鳴っていた。
「そういえばあの人、魔法も使えなかったっけ」
貴族は魔法を使える人が多い。
体内魔力が多いからだそうだ。
その多さは、遺伝で決まると聞いたこともある。
だからマリーシアが魔法で有名になることに、あんなに執着したのかな。
なんにせよ、騒いでいる父がこっけいに見える。
「……どうして私、あの人を怖がっていたんだろう」
不思議なぐらい、私は感情を探し出せない。
そうして私は、無事に門から外へ出たのだった。
とはいえ、重い荷物を抱えていたら、走り続けるのは無理だった。
「うう、休憩したい」
でも道端で座って休んでいたら、追いつかれてしまうだろう。
「ていうか、マリーシアが来たんだったら私、いらないと思ったのに。なんで追いかけてくるんだろう?」
父が望むような魔法も使えないし。
精霊使いとして色々経験を積んだわけじゃないから、半人前みたいなものだろうし。
なぜ「待て」と言われたのか理解できない。
一度息を整えようと立ち止まった。
角をいくつか曲がったから大丈夫かと思ったのに、「待て!」「捕まえろ!」という声が聞こえてくる。
ぐるぐる巻きにした父ではない。執事の声だ。
でもよたよたとしか進まない。
足音が近づいてくる――と思った瞬間、私の横をすれ違ったのは、大柄の女性だった。
「ふぁ?」
思わずそんな声が出てしまう。
だって間違いなくこう、男性で、顎もがっしりとしていて頬に切り傷の痕まであって。
なのに金髪巻き毛の……これは鬘だと思う物をかぶってるし、植物柄の織りと染めが美しい布のケープを羽織って、ピンクのドレスを着てるんだもの。
大柄の女性? はそのまま進む。
先を急ぎながら後ろをちらりと見ると、伯爵家の執事がその女性に捕まって絡まれていた。
「ねぇん、あんた私のタイプなんだけど、お茶しなーい?」
「わ、わたしは人を追いかけていてっ! 放せ! 放せぇぇぇ!」
よくわからないけど助かった。
私は必死に足を動かし、角をいくつか曲がったうえで、人がなるべくいる大きな通りへ出る。
そして私の体が隠れられそうな露店の陰に座り込んだ。
「ここから先、どうしよう」
こんなに重たい荷物を抱えて、母が残してくれた家までたどり着けるんだろうか?
不安に思っていると、ばたばたと走って行く人が見えた。
通りの反対側にいるその人達に見覚えがある。
(うちの使用人……)
本当に私を探して連れ戻そうとしてるみたい。
もっと隠れられる場所へ行こう。
私は立ち上がり、路地の中に入る。
本当は、問題の場所は王都の郊外にあるから、そこまで馬車を使うつもりだった。
市井の人が乗って他の町へ行く、乗り合い馬車という物があるのは知っていたので。
だけど、どこへ行けば乗れるんだろう?
私はそのまま、なるべく伯爵家の屋敷から遠ざかるように歩く。
でも荷物が重くて、角を曲がったところでもう一休みすることになってしまった。
そこに、声がかけられる。
「……君、大丈夫か?」




