4:死に戻ったらやりたいことは
「てことは本当に私、時間をさかのぼったのか……。だったら私、このままじゃ二年後に処刑されそうになるの?」
肝心なことに気づいた私は、急いで自分のすべきことを考える。
「……逃げよう」
結論は一つしかない。
もう、家から自由に出られないのは嫌だ。
食事を抜かれるのも嫌だ。
前回の人生の知識と、精霊使いの技術があれば食べていけるはず。
生活の仕方もわからないけど、今の固いパンとスープだけの生活と同じよね?
掃除はできるし、あとお金があれば、物と交換できるから生きていけるんじゃないかな?
なんにしても、死ぬよりはマシだ。
私は身の周りの物を、なるべく大きなカバンに詰め込んだ。
倉庫に家具と暖炉を詰め込んだだけの、この建物に私を引っ越しさせる時、メイドたちが使っていた荷物入れの鞄だ。
ふと思いついて、一個隠しておいたのだ。
そして椅子を移動して、そこを足掛かりに、少し高い場所にある窓から外に鞄を落としておく。
本が入っているせいで、大きな音がした。
でも、そっちは荒れた雑草ばかりの場所で、その向こうは塀があるだけ。
きっと、誰も気づかなかったはず。
私は椅子を元に戻して、倉庫を出た。
まずはエントランスへ行く。
マリーシアとの対面を済ませるまでは、前回通りにした方がいいと思ったから。
決して私が逃げようとしているのを気取られたくない。
――そうしてマリーシアと対面したんだけど……。
※※※
「いや、なんだったんだろうあれ」
なんか……すっごいおかしなことになってた。
「なんでこんなにも前と違うんだろう?」
とはいえ考えても、わかるわけがない。
それに伯爵家でいい物に囲まれて暮らしているうちに、マリーシアの行動は元に戻るはず。
マリーシアの大好きな、きらきらした宝石も美しいドレスもいっぱい買ってもらえるんだから。
「……父の方針は変わらないでしょうし」
今よくよく考えてみると、私とマリーシアの立場を入れ替えることは、もっと前から計画してたんだと思う。
マリーシアと私は同じ年齢だ。
嫌いな妻が娘を生んだから、腹が立っていたけど、手をつけたメイドが運よく身ごもった。
だから立場を乗っ取らせる計画を思いついた……としてもおかしくない。
「いくら政略結婚で好みと正反対の人が妻になったからって……。あとは伝統がないことへのコンプレックスかしらね。愛人は全員平民の女性だったもの」
とにかく自分より下の存在が欲しいんだろう。
でも貴族社会では、平民を妻にするのはかなりハードルが高い。
妻にできないわけじゃない。
ただ、妻が平民だった場合に、それが原因で家名に傷がつくのも嫌、というこじれすぎた考え方があったんだろう。
だから、マリーシアの母とは結婚しなかった。
でも娘なら入れ替えることが可能では? と思いついたのかもしれない。
しかも嫌っていた妻に罪を着せて、妻そっくりな娘を犯罪人として始末できれば、コンプレックスからのうっぷんがすっきりすると思ったのかもしれない。
私は……やっぱり小さい頃から捨てられる予定だったんだろうな。
そこに考えついて、胃の奥がぎゅっと縮まるような感覚がする。
(母が亡くなった後、私のことを追い出さなかったのは、マリーシアが悲劇の令嬢だとみせかけるため。悪役としての私が必要だから……かもしれない)
でも、私が今のうちにいなくなったら……。
悪役を作って、マリーシアの名前を高める悲劇は作れなくなる。
でも、嫌いな娘をもう見なくて済む。
しかも最初からマリーシアを『フィディアス伯爵家の唯一の令嬢』ということにできるはず。
私は社交界にも出たことがないんだから、いなかったことにすればいいんだし。
「よし、きっとうまくいくはず」
私は倉庫に到着した。
倉庫は手入れされていない庭の向こうにある。
形をととのえた木立が隠してくれてるので、来客はそこに倉庫があるなんて思わない場所だ。
ついでにその周辺は、見えないのをいいことに庭が整えられていないので、雑草がけっこう伸びている。
そんな雑草の合間に、てんてんと白いスズランのような花を咲かせた植物があった。
「精霊花、こんなところに広がってたんだ……」
昔、私が母と一緒に育てたことがある精霊花だった。
鉢植えを父に捨てられてしまったので、枯れたと思ってた。
元気に庭に根付いていたらしい。
万が一のため、私は精霊花に声をかけて摘んだ。
「私を守るために、ついて来てくれる?」
さわ、と揺れた気がした。
それを返事だということにして、私は花を摘む。
周囲に誰もいないことを確認して、その花に隠し持っていた杖で神聖力を込めた。
カチンとつつくと音がするほど固くなる。
こうすると、ポケットに入れて運びやすくなるのだ。
しかも数週間は持つ。
杖を作れるようになったからこそ、できるようになったことの一つだ。
私はポケットに花をしまった。
でもその時に、ポケットの中に紙が入っていることに気づく。
「なにこれ?」
取り出して広げると、茶色っぽい紙に細かく文字が書かれている。
丸っこい文字に見覚えがあった。
「マリーシアの字?」
たしかあの子が、こんな文字を書いていた。
内容は、とてもマリーシアが書いたとは思えないものだったけど。
《お姉様へ。
信じてくださるかわかりませんが、お命にもかかわるのでお知らせします。
お父様は、私達を駒としか考えていない人です。しかも駒が壊れたら、別の駒を手に入れればいいと思っている人です。
この状況の中で、お姉様が今一番危険な状態だと思うのです。
なので安全な避難場所への脱出をお勧めしたいのです》
「……マリーシアは、家から私を追い出したいのかな?」
何も知らない状態だったら、私はそう思っただろう。
急にやってきた異母妹が、家を乗っ取るために『いい人』のふりをして私をだまそうとしている、と考えたんじゃないかな。
かといって、本当に父が危険人物だとわかった今でも、マリーシアの意図はわからない。
信じていいのかもわからないけど、まぁ、私これから出て行くんだからいいか、と考えた。
そして、この手紙には続きがあった。
《もし脱出先にお心当たりがなければ、ダントン商会をご紹介します。お姉様も、名前を知っている商会ならばご安心でしょう?》
そして二枚目が、ダントン商会の子息への紹介文になってた。
中を見れば、《私の友へ。お姉様を保護して、父が探せない場所で暮らせるようにしてください》と書いてある。
署名はちゃんとマリーシアの名前で、ダントン商会の子息の名前なんて知らなかったけど、それらしい名前が書かれていた。
「ほんとに知り合い?」
というか、前回のマリーシアって商人の知り合いがいたかな?
貴族の子息とはよく会っていたみたいだけど……。
何回か『結婚するなら貴族よねっ!』って言ってた。
そんなマリーシアが、商人の息子と仲良くなるだろうか?
「まぁ、一応行く宛はあるから、ちょっと忘れておこう」
私がこれから行く場所は、実母が遺してくれた家だ。
小さいながら土地と建物を実母は自分で持ってて、実父が勝手に処分できないように、所有者を私に変更してくれていた。
これを知ったのは、前回の人生の最後に近い頃。
母が残した権利書があることに気づいた。
もちろん、権利書も鞄に入れてある。
それさえあれば、堂々とその家に入って住めるはず。
「どんな家かな……」
想像すると、ちょっと楽しくなってくる。




