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しがない悪役令嬢ですが死に戻らせて頂きます~精霊使いが家出したとたんに聖騎士と義妹が保護しようとしてきます  作者: 奏多


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3/16

3:目覚めてみたら二年前

 水に叩きつけられた瞬間は、とても痛かった。

 ドレスは水を吸い、重くなって私を川底へ引き込む。

 息が苦しくなる中、急流にさらわれて上も下もわからなくなった後……。


『――かわいそうに』


 そんな言葉が聞こえた。

 同時にふっと体から水の重さも濡れた感触も、なにもかも消えていった。

 いよいよ死んだのかなと思う私の耳元で、誰かの会話が聞こえる。


『やっぱりこれじゃダメなのよ、ダメダメェー』


『自分でやらなきゃ、白馬の王子も役に立たないのよぉん』


 この言葉、私に言ってるの?

 ダメ出しされているのは理解できたから、私だって必死に生きてたのにと反発心が湧く。


 それと同時に、「ん?」と不思議にも思う。

 不思議と頭の中に、様々な挑戦をしてきた自分が思い浮かぶんだもの。


 私は今までに家出をしたこともないし、マリーシアと仲良くしようと努力したこともなかった。

 家ではない場所を駆け回ったりしたこともないんだけど……。


(でも、もしやり直せるのなら……)


 家から逃げ出して、自由に生きられるかもしれない。


『そうそう、そんな感じよぉ』


『でも逃げるだけじゃ同じじゃない? もうちょっと強気に生きましょ?』


 強気に?

 それなら……いっそ、お父様に今までの怒りをぶつけておく?


『ぐるぐる巻きにしてやっても、いいんじゃなーい?』


『じゃ、そんな感じでもう一回いっときましょ?』


 ん? もう一回って何?

 疑問が浮かんだけれど、めまいに襲われて何も考えられなくなって……。




「――え?」


 目を開けると、もうそこは水の中ではなかった。

 それどころか、寝台に横たわっている。


「どういうこと?」


 満足するほど眠った後のように、すっきりした気分で見回すのは、倉庫の中のような屋内。


 薄黄色の漆喰の壁で、天井は三角。

 ベッドから少し離れた壁には沢山の棚があって、鉢植えが並んでいる。


 これが私の部屋。

 屋敷から離れた倉庫の中だ。

 一応暖炉や家具もあるけど、部屋というより、ほぼ作業場所。


 目覚めた私は、今まで夢を見ていたのかと思った。

 でも、季節がおかしい。


 視界に、今日着る服が吊るされているんだけど、オレンジ色と白のチェック柄のドレスは、けっこうな軽装だ。

 去年も、その前の年にも着てた服だから知ってる。


(どう考えても、春先って感じじゃない)


 王宮のパーティーは、まだ春風が吹いたばかりの頃だった。

 なので夜会用ドレスがものすごく寒かった。

 逃げてるときは気にならなかったけど、到着時は、一応コートを羽織ってたけど肌寒くて。

 それもあって、パーティー会場から出なかった。


 それより、この服装はずっと暖かい時期の物だ。

 

「どうなってるの?」


 首をかしげたちょうどその時、がんがん木戸を叩かれる。

 返事を待たずに入って来たのはメイドだ。


「あら、一応起きてたんですね。本館のエントランスへ来てください。伯爵様が特別なお客様を連れて来るそうですから。いつも通り余計なことを言わないように。お嬢様が失敗すると私達が伯爵様に叱られますし、お嬢様だってまた棒で叩かれますからね」


 それだけ言って、すぐに出て行く。


 いつもどおりの雑な対応だ。

 微妙に敬語を使ってるけど、ちっとも敬ってはいない口調もそう。


 朝からミルク入りのお茶を運んでくれたのは、母が生きていた13歳の頃までだったかな。

 朝食の準備ができたことを知らせることもないし、しゃべりながら部屋の入口に、ぽいとパンを置いて行くだけ。

 ましてや、着替えの手伝いなんてするわけもない。


 メイド長に訴えたところで無視されるだけ。

 他のメイドだって、気の毒そうな表情はしても、こっそり手をさしのべたりすることもない。

 どんなに優しいと言われる人でも、巻き込まれるのはごめんだと見なかったふりをする。


 全て、私が父にすら無視される存在だから……。


「この倉庫に移れと言われたのは、母が亡くなって一年ぐらいしてからだったっけ」


 父は金でのし上がった新興貴族。

 祖父がそう言われるのを嫌って、没落しかけた古い貴族家の母との結婚を命じたらしい。

 しかも母の一族は、没落から救ってもらうこともなく、もういない。

 結婚して名誉だけ受け取ったら、後は母には知られないよう援助も打ち切って離散させたようだ。


「それにしても、お客様……?」


 ここ数年、父が私にまでお客に紹介することなんてなかった。

 お客が来るから、エントランスまで出迎えに来るようにメイドに言われたのは一度だけ。


(異母妹のマリーシアが、家に引き取られてくる16歳の時だわ)


「じゃあ今って、二年前? まさか私、二年も時間を戻ったの?」


 さっきまでの悲惨な状況は夢だった?

 でも、飛び降りる時の怖さも、川面にぶつかった時の痛さもまだ記憶に濃いのに……。


 ふと思いついて、姿見の前に走り寄った。

 鏡に映ったのは、自分の認識より少し幼い感じがする自分の姿だ。


 金とは言えないベージュの髪も、背中の半ばぐらい。

 記憶ではもっと長かったので、うっすらと違和感がある。


(変な感じ……)


 混乱したまま他に決定的な物がないかと見回し……目についたのは机の上に置いていた母の遺品の本だ。


 本と言っても、糸で綴じられただけの冊子。

 でも見た瞬間に、涙があふれそうになる。


(まだ私の手元に、お母さんの遺品がある……)


 命じられた精霊花を咲かせるのが、私の仕事だった。

 でもそれができないからと、父に取り上げられてしまったのだ。

 一歩ずつ、遺品の本に近づく。

 そっと触ってみて、この一番上の本に載っていた内容を思い出し……。


「もしかして」


 つぶやき、土が入っている鉢植えを見る。

 それから冊子の横に置いていた缶から種を一つ、つまみ出した。


魔花まかの栄養は、水でもいいけど、血の方がより強い花になる……」


 指先を、棚にあったブローチのピンで刺して種に血をつける。

 すぐさま鉢植えに入れると、たちまちのうちに双葉が芽を出した。

 さらに水を与えると、にょきにょきと大きくなる。

 その分、植木鉢の土が減るので、たぶん土を栄養にしているのは間違いない。


 やがて、棘だらけの柳葉が伸び、鉄でできたアザミみたいなつぼみができる。

 花開こうとしているのか、つぼみの花弁が動いてギチギチギチと奇妙な音を立てていた。


 魔花だ。

 魔力を取り込みすぎて、その生態までゆがんでいるけれど、元は精霊花だった物。

 それを、元の精霊花に戻せるのが――精霊使いだ。


 私は魔花が花開く前に、茎を掴んで魔花の魔力を奪う。

 代わりに神聖力を叩き込んだ。


 やがて、魔花は徐々に色を変えていく。

 鉛色から白銀へ。

 葉は棘が消え去り、花も柔らかな薄赤の八重咲の花弁に変わった。


「まずは精霊花に戻せた。二年前ならここまでしかできなかったのよね。だけど今はやり方もコツもわかってるんだから……杖を作ろう」


 私は改めて、白くなった茎に手を触れる。

 少し神聖力を指先から流し込みながら、精霊花に言った。


「私を手伝って」


 その時に、きちんと神聖力が魔法陣を描くように広がるよう意図する。


 神聖力を受けた茎から脇芽が、するりと伸び始めた。

 太く、草丈も高くなっていき、たちまち20センチちょっとの短い杖になった。


 先の方はくるりと円を描いて、花と葉が残っているのが可愛い。

 そうして重さで本枝から、自分でぽきりと折れて離れる。

 握った杖は、鉄のように硬くて陶器の端を叩くとキンと澄んだ音がする。


「できた」


 やり方も、花の変換も、記憶の通り。

 一方で決定的な証拠もできてしまった。


「二年前の私、杖はまだ作れなかった……」


 精霊使いとしての手ほどきは、母から受けていた。

 本格的に習う前に母が亡くなり、私は母からもらった本で独学した。

 だけど教えてくれる人がいない中では、杖を作る《変化》は上手くいかなかくて、「精霊使いなのに杖も作れんとは、初心者も同然だ!」と父に怒鳴られていたのだ。


 とにかく――あれが夢ではなかったと、確実になった。

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