2:立場を奪った悪役令嬢として、処刑宣言された回帰前
歩きながら、私はマリーシアの変わりようについてつい考えてしまう。
「あれ、どういうことなんだろう」
野菜売りをしているなんて、前回の人生では聞いたことがなかった。
それに、キャベツキャベツと連呼することもなかったし。
できるだけ、庶民生活のことは話したがらなかったもの。
「だいたい、私と会って感動して泣くのも変……」
なにもかもが不思議すぎる。
「私が二年戻った結果、何かが変わったのかしら? ……どうしてこんなことになったのかも、よくわからないし。でも不思議といえば、私が時間を戻ったのもそうよね」
そうして私は、少し前、自分の部屋で目覚める前のことを思い出す。
※※※
今から二年後……18歳になった私は、王宮のパーティーに出席していた。
どうしても来るようにと、父に命じられたからだ。
「本日は、我が娘マリーシアと王子殿下の婚約を発表できて、本当に嬉しい限りです」
――広間の中心で、父フィディアス伯爵が話し始めている。
父の隣にいるマリーシアは、沢山のレースと真珠を縫い付けた華やかなドレスを着て微笑んでいる。
そのマリーシアの横にいるのは、婚約相手の王子だ。
(早く終わらないかな……)
私は何一つ楽しくはなかった。
知り合いもいないし。
ドレスは母の遺品を着ているせいで、さっきからひそひそ噂されているし。
「あの方、フィディアス伯爵家のレイナ嬢? 初めて見たわ」
「体が弱いから外に出ないし人にも会わないと聞いていたけど……」
私は体が弱いわけじゃない。
父に嫌われている私は、仕事をしないと食事を抜かれる毎日で。
嫌な記憶を思い出して、私は無意識にきゅっと唇を引き結ぶ。
この一年は、毎日のようにマリーシアに魔力を一時的に強くする花を咲かせさせられていた。
それでマリーシアは、魔法使いとして名声を上げ、王子に見染められたのだ。
これからも同じことが続くのかな……と想像すると、鬱々としてくる。
「なんだかドレスも古……古風な品を着ていらっしゃるのね」
着ている古ぼけた赤のドレスは、私のベージュ色の髪にも緑の瞳にもよく合うけれど、周囲の貴婦人達に嫌そうな目を向けられていた。
悪口を聞くまいとしていた私の耳に、とんでもない話が飛び込んできた。
「王子殿下と娘マリーシアの結婚について、不安を抱いている方がいたことは存じております。でもその懸念はなくなりました。マリーシアこそ、亡き妻の娘だったと判明したのです! この喜ばしいご報告ができて、本当にうれしく思います」
「え?」
今、なんて言ったの?
「長年、亡き妻の子は長女のレイナだと思っていました。しかしそれは違った……。元使用人だった女が、自分の娘と取り換えたことがわかりました」
呆然とするしかない。
あれほど、母と似ているから私の顔を見るのも嫌だと言っていたのに。
当のマリーシアでさえその話は聞いていなかったのか、ぽかーんと口をあけている。
広間が騒然とする中、一切動揺していない王子が命じた。
「その者は、本物の令嬢であるマリーシアを庶子だと貶めてきた悪人だ。牢へ連れて行け」
王子が指さしたのは、会場のどこにいたらいいのかわからなくて、窓際で小さくなっていた私だ。
「そんな!」
ずっと父に命じられた通りに働いてきたのに。牢獄生活!?
と同時に悟った。
――このために、私をパーティーに出席させたんだ。
私を悪役に仕立て上げて、お気に入りのマリーシアの方を正統な令嬢だと見せかけるために。
私は思わず逃げた。
驚きと混乱のせいか、足元がふらふらとしてもつれそうになる。
そんな私を、兵士達が追いかけてくる。
なんとか廊下へ出て、角を曲がったその時――手を引いてくれた青年がいた。
どこかの小部屋に入る。
足音がすぐ近くを通り過ぎて行った。
しばらくして、少し離れた場所で騒いでいる声が窓を通してかすかに聞こえる。
助かった?
ちょっと安心して、ようやく私は助けてくれた人を見る。
「あの……」
さらりとした銀の髪。
一瞬、私を振り返った時に向けられた紫の瞳。
絵画の騎士のように綺麗な容姿の人だ。年齢はたぶん、私の三歳か四歳上ぐらい。
「急にすまなかった」
「いえ、助けていただきありがとうございます。その、お名前をうかがっても?」
「ルディアス。……ルディアス・レーンだ」
「聖騎士の?」
私が尋ねると、彼がうなずく。
聖騎士の称号も爵位も持つ人、ルディアス・レーン伯爵。
私ですら、名前を知っている有名人だ。
「どうして助けてくださったんですか?」
「あまりにも一方的な状況だったから……。見過ごせなくなった」
ルディアス様の返答は、ものすごくふわっとしていた。
でも、こんなことをするほどの理由には思えない。
「私を助けたら、ルディアス様まで何かしら罰を受けます。なのに、見過ごせないだけでそんなことをなさったんですか?」
私に聞かれて、ルディアス様は少し迷ったように下を向く。
そうすると、なんだか私がいじめてるみたいだ。
「その……。実は、以前からあなたのことを知っていたんだ、レイナ・フィディアス伯爵令嬢。お母上のご実家が、精霊使いの支援をしていらしたから」
「母の家とご関係が?」
「ああ。そういうことだ」
まさか噂の聖騎士が、母の実家と関係性があるなんて初耳だった。母も神殿とつながりがあるなんて話はしていなかったし……。
「だからって、聖騎士様がその称号に泥を塗るようなことを……」
今からでも「思い直して」と言おうと思ったら、どこからか声を聞きつけられた。
「こっちから声が聞こえる!」
とたんに、ルディアス様は私の腕を引いた。
そして窓から抜け出し、暗い庭をどこかへ走る。
だけど足音のせいなのか、私達の居場所がわかったようだ。
向かおうとしている方向からも、人の声が聞こえる。
(無理だ)
逃げ切れない。
もし逃げ切れたとしても、どうにかして父は私を殺そうとするだろう。
それにこのままじゃ、私を庇ったルディアス様も……。
助けてくれた人まで、死なせてしまうかもしれない。
行き先の見えない不安。
他人ませ死なせてしまうかもしれないっていう罪の意識から、私の心は、あっという間にあきらめの気持ちに染まった。
――ふいに、強い風がふいた。
横を向けばここが高い場所だとわかる。
遠く、下の方にぽつぽつと人家の明かりがある。それ以外は真っ暗だ。
高台に建つ王宮の片側は崖になっていて、下には川が流れていると聞いた。
耳を澄ませば、川の流れる音がわずかに聞こえる。
……私は深呼吸した。
それからルディアス様に言う。
「聖騎士様、ありがとうございました」
味方をしてくれた優しい人。
彼が傷つかないよう、これが私の選択したことだとわかるよう微笑んでみせて……私は崖へ走った。
「レイナ! 待ってくれ! ここさえ通り抜けられれば――」
私の名を呼ぶルディアス様の声がする。
振り切るように私は庭を囲む低い塀を蹴って、まっすぐに川に落ちていった。




