53:エピローグ1
禁忌の魔花を隣国から密輸した件で、父フィディアス伯爵は捕縛された。
けれどフィディアス伯爵は、表向きは病気で領地にて療養という話にしておいて、王家の牢に入れられている。
貴族がそんな品を手に入れて、騒乱を起こそうとしたことを、王家は伏せておきたいらしく……。
その話を聞いたのは、家に戻って一週間後のこと。
実は助け出されてから数日ほどは、誘拐や冤罪で死ぬことを思い出して精神的にまいってしまって、二日ほど寝て起きるだけの生活をしていた。
それからは、押し入った人達に家の中を荒らされたので、ベリータさんと片付けたりしているうちに今日まであっという間に過ぎてしまったのだ。
そして今日、ルディアス様と一緒にマリーシアがやってきた。
「お久しぶりですお姉様。お加減はいかがでしょうか?」
「久しぶりマリーシア。特に問題なくすごしているわ」
あれほど、わけのわからない高いテンションだったマリーシアは、少しだけ落ち着いた様子だった。
(目的が達成された、ってことなのかしら)
だから必死にならなくてもいいと思ったら、あの興奮気味な状態もなくなったのかもしれない。
私の方も、マリーシアは恐れなくてもいい人だと心の底から思えるようになったのか、もう何をされるのか、何をするのかと気を張ることもなくなっていた。
マリーシアは、大人しく居間の小さなソファに座って、あれからのことを説明した後、切り出してくる。
「それで爵位のことなのですが、お姉様がご継承なさいますか?」
「え、爵位は取り上げられるのではないの?」
父が他国と通じて、侵略にも使えるような魔花を持っていたのだ。
隣国の魔術師の方は、それをばらまいて本当に隣国の侵略の足掛かりにしようとしていたらしい。
さすがに反逆罪に問われかねない所業である。
当然、何かの理由をつけて爵位も領地も取り上げられると思っていた。
「それが……、父のしでかしたことは伏せられることになりましたでしょう? だから王家が取り上げたら、事情を勘繰る者がいるからと、王家から爵位継承についての問い合わせが来まして」
王家はそれほどこの事件を目立たせたくないようだ。
聞いていたルディアス様がため息をつく。
「あちこちの国から狙われていることはわかっていても、王家は人心を乱したくないんだろう。弱腰の王が続いたせいで、今の王家はかなりあなどられている。貴族に足元を見られて、侵略の手伝いをするような者が出たとわかれば、自分も……と、他国に与する貴族家が出ることを恐れているのかもしれない」
「あ……」
なにせ私の一度目の人生では、王子まで父と通じていたみたいだし。
王家の中でも問題が色々あるんだろう。
「では、マリーシアが継いだら?」
一応、私は家を出たつもりだ。
それなのに継ぐのは……と思って言ったが、マリーシアは首を横に振る。
「だってお姉様。そもそも庶民の母親をもつ娘が、突然現れて爵位もというのはちょっと外聞が悪いではありませんか。爵位絵を得ても、そこが私にとって弱みになって、問題が起きかねませんわ」
それからマリーシアは眉間にしわをよせて付け加えた。
「親族や縁のある貴族が爵位を欲しがって、罪をでっちあげられては困りますし」
そう言ったマリーシアはちょっと視線を落とす。
父が私を冤罪で殺そうとしたことを、マリーシアも経験したのかもしれない。
「私、穏やかに生きたいんですの」
私はびっくりした。
マリーシアが以前とは変わったとわかっていても、お姫様のように生活したいと願っていた彼女が、爵位まで断るとは思わなかったから。
「だからお姉様に継いでいただく方がいいかと。嫡子なのですし。どなたかと結婚するにしても、女伯爵として嫁がれる方がいいかと思います」
そこでちらりとルディアス様を見るのは、なんでだろうか。
私の方もちょっと意識して、そわっとしてしまう。
「お姉様が爵位を継ぐなら、そちらの聖騎士が有象無象は吹き飛ばしてくださいますでしょう。神殿の権威を背負って来られたら、誰だって引くでしょうし」
そう言われて、ルディアス様は否定もせずにうなずいた。
ためらいもないその行動に、間違いなくルディアス様は助けてくれるだろうと信じられて……ちょっと気恥ずかしいけど、心強い。
確かに聖騎士がにらみを利かせてくれるのなら、伯爵家の親族も黙らせることができるだろう。
もう一つ、私が継ごうと思う理由があった。
私が伯爵家を継ぐことを願ってくれていた、実母。
母の願いを、かなえてあげたいという気持ちがあった。
死ぬぐらいなら捨ててもいいと思ったけど、未練は残っていたのだ。
「うん、わかった。爵位は私が継ぐ」
「良かったですわ。ありがとうございますお姉様」
マリーシアはふわりと微笑んで私に礼を言ってくれる。
「あと……」
とマリーシアが続けながら、ちょっと頬を赤らめる。
「それでもしお姉様がお許しくださったら、結婚までの間だけ、伯爵令嬢としての名前を残してくださったらいいなぁって思っておりまして」
「別にいいけれど、どうして?」
尋ねると、マリーシアは意外なことを言った。
「伯爵令嬢として結婚したい相手がいまして」
そういえば三人も男友達を従えていたのだ。
三人の誰かと、将来の話をしていてもおかしくはないか。
「伯爵令嬢として……ってことは、貴族の方?」
聞くと、意外な言葉が出てくる。
「エルマー様ですの。その、幼馴染でして。気心も知れておりますし。たぶん貴族として生きると、人生が途中で上手くいかなくなりそうで怖いのです。だから商家の妻になれたら私、安心できるのです。その際に伯爵家の娘として嫁げば、ダントン商会の名声も上がりますので。ご親族からも厄介者のようには思われないかなと」
なるほど、と私はうなずく。
エルマーさんも一代かぎりとはいえ爵位を持っているし。そこに普通の町娘として嫁ぐのは外聞が悪いと考えたのだろう。
それに関して『お姉様のお許しがあれば』と言ってくれたことが、ちょっと嬉しかった。
あのマリーシアが、細部まで私の意向を汲もうとしてくれたから、その言葉が出て来たのだから。
(そこまで私の許しが欲しいと思ってしまう原因は……あれよね)
私はいよいよ、気になっていたことを尋ねてみた。
「伯爵令嬢のまま、今の家で暮らしてもらったうえで嫁いでもかまわないんだけど……一つだけ教えてほしいことがあるの?」
「え、教えるだけでいいのです? 一つだけでいいんですか?」
マリーシアはそんな簡単なことかとニコニコ顔になる。
「あなたもしかして、二年ぐらい時間を戻ったりしていない? 何度も」
マリーシアのニコニコ顔がひきつった。
あれ、違ったのかなと思った時、マリーシアはしょぼしょぼとした表情に変わっていく。
「その、あんまり信じていただけないかもしれないんですが、ええと、ほんとうにおかしな話なんですよ? けど、あまりに現実と錯覚するような未来のことを夢に見るんです。たぶん、夢だと思うんですけど、時間の感覚も痛みも全て現実のようで、頭がおかしくなったのかと思うような感じなんです」
マリーシアは私にわかりやすいようにか、苦心しながらそう話した。
わかる。
私も何も知らないだろう相手に話すなら、こうしただろう。
時間を戻ったという荒唐無稽な話よりも、夢を見たという方がまだ理解しやすいはずだから。
「それで、夢と同じようにお父様が迎えに来た時は、本当に怖くなって。このままだと、誰と結婚してもなにをどうしたって私、魔花によって病気がばらまかれて……」
「病気で亡くなるの?」
マリーシアは首を横に振る。
「病気で亡くなることもありましたが……。病魔で苦しむ市井の人々の縁者や遺族から、のうのうと生きている王家への反感で投石……で死ぬことが多かったかと。あとは父が原因だと発覚した時には、その娘だからと投石されて」
そう単純な話ではなかったようだ。
「それで、父が原因だったことと、精霊使いがいれば魔花を抑えることができたのにといことはわかりましたので。お姉様が無事ならばきっと、病気が蔓延するのを防げると思いまして。目覚めた後で行動した私は、とにかくお姉様がご無事でいられるようにと行動をしていたわけでございます」
そういう理由で、マリーシアは私に援助しようとしたり、家から逃げ出すようにと言っていたわけだ。
「ただお姉様がご無事でいらっしゃるよう努力して、達成できた夢でもですね……父に対処をしないと後からひょっこり問題を起こして、やっぱりみんな死んでしまうんです。だから父を捕まえようとしましたが、まだ事件を起こす前だと証拠不十分で釈放されて……結局病気が広まって同じことになるもので」
そこで、ずっと私の横で聞いていたルディアス様が口をはさんだ。
「だから証拠として、魔花の種を持ち込んでいた隣国人を捕まえようと……レイナを囮にしたのか」
ん、なんかそんな話をしていたなと思い出す。
ルディアス様に知らせずに、私を囮にしたとかなんとか。
「父を捕まえないと、結局病気で全滅しますわ。だから、精霊使いとして実力も十分だというお姉様なら、きっとあの病魔をばら撒く魔花も対処できると思いまして……その。父がお姉様を捕まえるために、なにかごそごそとしているのを感じつつ、様子見をしただけなのです」
「……一歩間違えれば死んでいた」
ルディアス様の顔が怖くなる。
それはそうなんだけど、マリーシアの話を聞いて囮を使ってでもという気持はわからなくもない。
(マリーシアの説明通りなら、原因の父を止められない限り、あの魔花がばらまかれるってことよね? それは危険すぎたわ)
「あの魔花は、一つだけならまだ対処できても、いくつもあったら私も何もできなかったわ。だからちょっと厳しい状況だったけど、これ以上拡散されるぐらいなら、対処できるところで止められて良かったと思う」
私がそう言うと、マリーシアがほっと息をついていた。
怒られると思ったんだろう。
あともう一つ、付け加えなくてはならないことがある。
「話してくれてありがとう、マリーシア」
説明してほしいと求めたのは私で、マリーシアは包み隠さずに説明してくれた。
多少あいまいにされたのは、時間を戻るところぐらいだと思う。
そしてお礼を言われたマリーシアは、ふわっと微笑んだ。
「お姉様がお求めになられたので」
それでひとまず、マリーシアは帰っていった。
父のいなくなった伯爵邸を、私が住めるように整え……もとい、使用人を全とっかえして、快適に住めるようになったら連絡すると宣言して。
完全に、私が爵位を継いで女伯爵になることを前提に動いているようだ。
一方残ったルディアス様は、まだ怖い顔をしている。




