54:エピローグ2
「君はあんなに簡単に許して大丈夫なのか? 死にかけたというのに……」
まだ私が囮にされたことを根に持っているらしい。
私以上に、私のことで怒っているのが面白くて、つい小さく笑ってしまう。
「何かおかしいか?」
「いえ、そうではないんですけど。私よりもルディアス様が怒っているのが不思議で」
そう言うと、ルディアス様がちょっと横を向いて言う。
「君を心配しているからだ、レイナ」
思った以上にまっすぐに言われて、私はびっくりする。
でも待って私。
心配するのは当然だろう。友達でも、知り合いでも心配はする。
「ルディアス様は情の深い方なんですね。だから……」
「いや違う」
否定の言葉に、ルディアス様の方をまじまじと見る。
彼はそむけていた顔をこちらに向けていた。
真剣なまなざしに、喉が渇いていくような感じがする。
欲しい言葉をくれるだろうか、それともくれないだろうかと緊張しているみたいに。
やがてルディアス様が言った。
「私が一番に守りたいと思っているのは君なんだ、レイナ」
「え……」
びっくりしすぎて、私の口から疑問が素直に飛び出す。
「なんでですか?」
すると聞き返されるとは思っていなかったのか、ルディアス様が目を見開いた後で、言いにくそうにちょっとうつむいた。
でも彼の耳のあたりがみるみる赤くなっていく。
あの、もしかして恥ずかしがってる?
そんなに恥ずかしいことって、まさか。
想像して、私もなんとなく体温が上がっていく気がした。
たぶんルディアス様が私に好意を持ってくれてるだろうとは思ったけど、こんな風に恥ずかしがるのは初めて見た気がするから。
心臓がどきどきとして、周囲の音が少し聞こえにくい。
でも、ルディアス様の言葉はハッキリと聞き取れた。
「君が、好きだからだ」
それを言ってしまったらせき止めていた何かが壊れたかのように、ルディアス様は積極的に私の手を握ってくる。
「ずっと君のことが気になっていて、好きだと思うようになっていた」
「え、あの、どこら辺が?」
ルディアス様の言葉を疑うわけじゃない。
だけど、どうも自分がそこまで好かれる理由がわからなかった。
それに、理由を聞けたら自信がつくと思えたのだけど。
ルディアス様はあっさりと答えてくれた。
「君の限界まで耐えてどうにかしようとするところも、自由になって生き生きとして目的のために進もうとするところも」
それを聞いて連想したのは、私がいつか周囲の環境が良くなるまではと、待ち続けてしまった失敗した人生や、家を出て新しい生活を手に入れた後の私の今までのことだ。
だからはっとする。
(私、自分が死に追い込まれた人生を、失敗だからと恥ずかしく思ってたんだ。失敗してしまうような、愚かな人間だって)
でもルディアス様なら、それすらも私の価値なのだと言ってくれてるのではないだろうか。
(きっとルディアス様もマリーシアのように時間を戻っているんだと思う。それなら失敗した時の私のことも知っていて……そう言ってくれているなら)
私はひっそりと深呼吸した。
「あの、私……私も、……ルディアス様が好きです」
もうこんな風に、私のことを全て理解してくれる人はいないだろうと思う。
私も、ルディアス様が離れてほしくないと思う。
だから思い切っていってみた。
「良かった」
返事を聞いたルディアス様は、微笑んで掴んでいた私の手を持ち上げ、手の甲に口づけた。
急にそんなことをするとは思わず、私はびっくりする。
「あ、あの」
焦る私とは対照的に、返事をもらったからなのかルディアス様は少し余裕が見える微笑みを浮かべた。
「恋人ではなくても、これぐらいならするだろう?」
「そ、そうなんですね」
あまりに貴族らしいことから遠ざかってしまっていたせいで、私は(そうだったかな?)と思ってしまう。
最初で最後だった王宮のパーティー会場でも、見かけなかった気がするけども。
「でも」
とルディアス様は付け加えた。
「他の男には、させないでほしいと思っている」
「え、あの。でも突然そうされたらどうしましょう?」
思わず言ってしまう。
だって、ふいにそんなことされて、逃げられなかったらどうするんだろう。
私が努力してもどうしようもないことってあるのでは?
なまじ、自分ではどうにもできないと思って生きている時間が長かったせいで、そんなことを心配してしまう。
私もルディアス様に誤解はされたくない。
するとルディアス様が提案してくる。
「では、婚約しないか?」
「こ、婚約ですか?」
提案してきたルディアス様は、なんだか目が輝いている気がする。
ようやく言えたというようなすっきりした表情だ。
そして婚約を提案した理由を説明してくれる。
「これから君が爵位を継ぐにしても、まだ伯爵としての仕事などあまり把握していないはずだ。もちろん賢い君だから、すぐに自分でできるようになるだろうけど、隙をつく親族などもいるかもしれない」
「はい、そう思います」
前の人生でも、漠然と爵位は自分が継ぐと思っていたけれど、それに関する知識の継承などもなかったし、何も知らない。
改めて考えると、ちょっと怖くなってきた。
ルディアス様でさえ親戚だったベルナン男爵夫人に困らされたのだ。うちはもっとひどいことになりかねない。
「もちろん、義妹のマリーシアもどうにか盾になろうとするだろうが、婚約して、それを公表したなら私が直接的な盾になれる。いや、ならせてほしい。いいだろうか? お願いだレイナ」
言いながら、どんどんルディアス様が顔を近付けてくる。
熱心な証拠なんだろうけど、真剣な目でぐいぐい来られて私はおたついた末にうなずいた。
「わ、わかりました。婚約、お受けします」
私が答えると、ルディアス様はこのうえなくうっとりとした表情をする。
そんな顔もできるんだと思っているすきに、頬にルディアス様の唇がふれた。
「婚約したから」
言い訳のように言われて、そうか、婚約者ならこれぐらいはするだろうと私も納得する。
けど、ものすごく恥ずかしい。
「ええと、はい」
返事をしてから、私はちょっと思い直す。
もしかして私の返事の仕方、少しそっけなかったのでは?
そわそわする私に、ルディアス様がくすくすと笑うので、ダメなことはしていない気がするんだけど……。
一方のルディアス様は、それで満足したのか私に言った。
「では、すぐに婚約したことを正式な書類にしてくるので」
「え、あ、はい」
「また明日にでも、会いに行く」
「はい……わかりました」
それだけ話したら、ルディアス様は家を出て帰って行った。
残った私は、ちょっとぼーっとしてしまう。
私、婚約したのよね?
なんだが現実じゃないみたい。
それにしてもルディアス様って……せっかちな人?
でも、嫌じゃない。
口約束だけで終わらせないで、ちゃんと証明書も用意してくれるのだもの。
「うん、婚約なんて初めてだけど……いいかも」
そんな風に感慨に浸っている私は――。
「よし、やっと婚約にこぎつけた! よくやった自分!」
家から少し離れたところで、ルディアス様がそんなことを口走っているとは思いもしなかったのだった。




