49:捕まった場所は
目が覚めたら、そこは薄暗い建物の中だった。
土の臭いもするから、倉庫として使っている場所だろうか。
上から少しだけ明かりが差し込んでいる。
見上げると、明り取りの窓が半分ぐらい板を打ち付けて小さくなっていた。
「脱走防止……かな」
ため息をつきながら、起き上がる。
藁を積んだだけのうえにシーツをかけた、簡単な寝具の上にいたみたいだ。
「ここは……私が元いた伯爵家の敷地の倉庫じゃないみたい」
鉢植えと棚は沢山あるけど、元の倉庫は石造りだったのに、ここは煉瓦の壁。
そして他にあるのは私が転がされていた、藁のベッドだけだ。
「一体どこ?」
父の部下に捕まったはずだった。
だから連れて来られるなら、館の倉庫だとばかり思っていたのに。
「……私の精霊使いの能力が必要で、連れ戻したかったんじゃなかったの?」
元の私の住処ならまだしも、ここには精霊花を育てるのに必要そうな物もない。
身動きする時、首元がやけに重くて、床の上でじゃらりと音が鳴った。
「……首輪?」
手で確かめると、革の首輪がはめられている。
(ものすごく嫌な予感がする)
たぶん、私が家出をしたから逃げられないようにしたいんだとは思う。
だとしても首輪までする?
これじゃまるで……。
「奴隷みたいな扱い」
逃げられないようにして、死ぬまでこき使うような。
「なんにしても、同じ人間扱いはしていないってことじゃないかしら」
足かせのような罪人扱いだけでも異常だけど、首というのはおかしい。
「早く逃げないと」
何をさせられるのかわからない。
怖い。
(二年後の処刑宣言をされた時だって、首輪をつけられてなかったし、自分で逃げることもできた。でも今回は、走って逃げることもできない)
代わりに、一つだけいいことがある。
「二年時間を戻ったから、今でも知識と経験がある。あと……」
ポケットに手を突っ込む。
指先に触れるのは、とっさにもってきた魔花の杖。
「ルディアス様がここを探しあてられるかわからない。その前に、本当に身動きがとれなくなる前にどうにかしないと」
立ち上がろうとした。
けれどその前に、倉庫の扉の鍵が音を立てる。
誰か来る。
そう思って身構えていると、扉が開いて人が入って来た。
「お父様……」
予想通り、父だ。
そして私兵を何人か連れている。
私が何度か精霊花で対抗したから、何も持っていないだろうと思いつつも警戒しているんだと思う。
(人数が多すぎる。私だけじゃ全員倒せるかわからないかも)
倉庫の外にも誰もいないとは限らないし。
だから脱出の糸口をつかむために、まずは父の要求を聞いてみようと思った。
その父の方は、ふん、と鼻で笑う。
「お前に父と呼ばれるなど、虫唾が走る。あの生意気な女とそっくりな顔をしおって……」
亡くなって何年も経っているというのに、いまだに母のことを嫌っているようだ。
嫌っているだけならまだしも、もうこの世にいないというのに、まだ憎み、自分の不幸の原因は全部母にあると思っているかのような口ぶりだ。
父は話を続けた。
「しかしお前でも役に立つ方法はある。それだけはあの女よりマシだろう」
そこで父はニヤっと笑う。
「レイナ。お前にはこの種を精霊花に育て上げてもらう」
「……何のためですか」
「質問を許した覚えはない。今日一晩でこれを咲かせておくように。魔花のままでは使えんからな、きちんと精霊花にしろ。できるのはわかっているんだからな」
(また、これ……)
胃の奥が、ぎゅっと縮むような感じに襲われた。
前の人生では、この繰り返しをして疲弊したあげくに、報われずに身を投げたのだ。
(同じことを、また繰り返す気なの)
唇を噛んだ私に、父は追い打ちをかけるように言った。
「お前が逃げようとしたことは、もうわかっている。だから今度は、その首輪をつけたまま咲かせてもらう。逃げ場はない」
「首輪をされても、咲かせることなんてできませんよ」
私がそう言っても父は馬鹿にしたように笑うだけだった。
「おい、やれ」
父が私兵に命じると、兵士が三人ほどやってきた。
二人が私をとらえ、一人が剣を抜く。
「いやっ!」
とっさに避けようとしたけど、武器はない。
家では持っていた精霊花の杖は、落としたままになっているんだろう。
私の腕が押さえつけられて、じっくりと切り傷が作られる。
「痛い、痛い!」
叫ぶ私にはかまわず、父は私の腕から流れる血の下に種を置いた。
血を吸って、発芽し始める種。
慌てたように離れて行く兵士達。
そして私は、種から出て来た葉を見て察する。
この青色の端がぎざぎざとした葉。
蔦みたいに伸びる茎。
とても見覚えがあった。
前の人生で、私が何度も咲かせさせられたのと同じ種類の指定だった。
「言われた通りにしろ。そうしたら食事はやる」
そう言って父は倉庫を立ち去り、兵士の一人が何かの箱を放り投げて来て全員が撤収する。
箱の中にあったのは、水筒に入った水と包帯。
これで怪我を何とかしろということなんだろう。
「消毒薬もないなんて」
本当に奴隷みたいな扱いだ。
斬りつけた剣が綺麗だとは限らないから、念入りに水で洗ってから包帯を巻いておく。
じわりと血がにじんだけど、しばらくすると止血はできたようだ。
ため息をつく。
「まさかこんなことまでするとは思わなかったけど、そうまでしてマリーシアが強い魔術師だって見せかけたいのかしら?」
前回の人生だと、それが理由で私はこの魔花を転化する作業をずっとしていたのだ。
マリーシアに美点を作らせて、王子に好かれるように仕向けて……王子妃にしたら、王家の外戚という名誉が得られると思っていたんだろうって考えていたんだけど。
「なんだろう。違う気がする。だって王子は、この花を使わない状態のマリーシアでも、後を追いかけるほど気になっているみたいだったし」
学術院で会った時、王子からはそういう印象を受けた。
そもそも王子の人となりを知らないから、私はずっと『魔力の多い女性を妻にしたい人なんだろう』と考えていたんだけど。
なんか違うみたいだし。
「王子に好かれる必要がないのに、この花が必要なのってどうして?」
おかしい。
そう思うけど、正解を導き出すには材料が少なすぎた。
だからとりあえず、この魔花を精霊花に変えようと思う。
「神聖力が上手く使えない分、なんとか突破口を見つけないと」




