44:始まりをもたらす種
「すみません、こちらが精霊使い様のお宅だと小耳にはさんだのですが」
服装は町に住んでいる女性達と同じ。
汚れの目立たない紺に染めたワンピースの上からスカートや上着、エプロンを重ねた姿だ。
四十代くらいの彼女は、家事か仕事の途中で立ち寄ったように見える。
(でも、精霊使い様?)
この家、今はルディアス様の派遣した巡回の兵士さんや、ダントン商会の人が見張ってくれているんだけど、それを通り抜けたのだから安全な人だと思う。
ただ、今まで『精霊使い』を訪ねてきた人はいないのだ。
「ご用件をお聞きしても?」
彼女を通した兵士や商会の人達の目を信じるとして、用件を聞いてみた。
すると女性自身も自分の頼み事に困ったような顔をしながら、ポケットから一つの小さな巾着を出す。
中から取り出されたのは、親指の先ぐらいの大きな種だ。
「実は十数年前、近所に住んでいた方から、精霊使いに出会ったら渡してほしいと言われてまして。おいそれと燃やしたりして処分ができないそうなんです。寿命が差し迫っていたので、他の人に頼むしかないと、そういう言伝だったんですけれど」
困ったことに、精霊使いが急速にいなくなっていった時期だった。
精霊使いが見つからなくて、でも下手に捨てるととんでもないことになると聞いていたので、捨てられずにずっと持っていたらしい。
(ということは、これは魔花の種?)
精霊使いに預けるしか選択肢がない種なんて、魔花しかない。
しかも魔物除けの向こうに放り出すこともダメというのなら、相当強い魔花だ。
「種をたくした方は、精霊使いだったのですか?」
女性はうなずいた。
それで納得がいく。
(自分でなんとかしようとしたけど、年齢のせいでどうにもできなかったのね。そして精霊使いが一時期に一斉にいなくなったように見えたのは、あまりお金にならなくなって、精霊使いのなり手がいなくなった後、残っていたこの種の持ち主のような高齢の精霊使いが寿命を迎えたからだったのかも)
さて、と私は考える。
魔花の種なら引き取るのはやぶさかではないけれど……。
「この種について、他に何かおっしゃっていましたか?」
「他には何も……。私が理解できなくて、言われていても忘れてしまったのかもしれません」
十数年たっていれば、忘れてしまうこともあるだろう。
記憶力のいい人じゃないと、興味深いこと以外は覚えていられないものだから。
「ただ……」
と女性は少しおどおどとしながら続けた。
「とても危険な物だとは言っていました。だから他の人には絶対に渡さないようにと。町が壊滅するかもしれないとまで言われてて」
「壊滅するほどの……」
そこまでの強力な魔花はあっただろうか?
危険だと強調したくて、精霊使いがそう言ったのかもしれないし。
「わかりました、こちらお引き受けしますね」
私がそう言うと、女性はほっとした表情で帰って行った。
他に何も依頼されなかったので、本当に預かった物を渡しに来ただけだったらしい。
「さて……」
こげ茶色の、炒ったアーモンドにも見える種は、時折ちかちかと赤いきらめきが小さく見える。
種の時点でここまで不穏な雰囲気がする物も珍しい。
「保管するにしろ、ルディアス様に処分をお願いするにしても、物がなんなのかわからないと……」
ひとまず私は、なんの魔花の種なのかを調べることにした。
その日、精霊花をルーフェン支店へ持って行く以外を調べることに費やす。
でも似た種について記載されている記録がない。
「今までの精霊使いも、知らない種か……変種とか?」
時折出る変種は、元の魔花よりも魔力が強かったり、挙動や姿が変わったりする。
そういう物は把握しきれないので、記述している精霊使いがいなかったのかもしれない。
翌日、私はルディアス様がやってきたので、この種について相談することにした。
「依頼者を通したのか」
まずルディアス様は、そこが気になったようだ。
すぐさま家の外にいたらしいホルガーさんを呼び、「昨日の訪問者について調べておくように」と指示する。
「それは妙ですな」
ホルガーさんもそう言って出て行った。
「あの、うちに訪問客が来るのはおかしいんですか?」
え? と思って聞いてみたら、ルディアス様がとんでもないことを言う。
「普通の背格好の女性でも、君を殺そうとすることなどたやすい。それどころか、魔術を使えば君の意識を混乱させることだってできる」
「え……」
ルディアス様達は、種を持ってきた女性が魔術師だった可能性すら疑ったらしい。
「でも、危険な種だからってちゃんと教えてくれましたよ?」
私をだますつもりなら、そんなことはしないだろうに。
黙って知らない種を拾っちゃって、だからなんの花が咲くか教えてほしいんですとか言えばいい。
で、危険な種が発芽して咲いた後で、私が攻撃されて怪我を負ってしまった方が、私をどうにかしたい人には有利だろうに。
「……そこがわからないが、もしかすると良心の呵責に耐えかねたのかもしれないだろう。一応、危険だと警告するぐらいなら、その女に種を運ばせた人間も怒らないだろうと考えた可能性はある」
「そうですね……誰にも聞かれない場所で注意喚起するだけなら、できるかも」
だとしたら、あの女性は利用されたんだろうか?
それとも、あまりにひどいことを計画していて、目に余ったからそんな風に行動したのか。
困惑する私に、ルディアス様が言う。
「もしかすると脅されて、その種を君に渡すよう強要された可能性もある。保護のためにも、当人がどこでなにをしているのか把握する必要があるだろう」
そう言われて、すぐさま女性の身元確認をさせたことに納得した。
結果……種をくれた女性の行方はわからなかった。
「この種、結局何だったんだろう」
万が一の確率で、あの女性が何一つ嘘を言っていないとしたら。
「精霊使いに依頼したのだから、魔花だとしたら精霊花にすることで無害な存在にしてほしいのよね?」
それができるのは精霊使いぐらいだ。
いや、聖剣を持つルディアスでも消滅はできる。
ただ、それだけなら神殿に持ち込んだはず。
なので目的は、精霊に戻してほしいということなんだろう。
「…………」
私は少し考えて、鉢植えを用意する。
魔力が強そうなので、土は神聖力を貯めやすい水晶のさざれ石に。
そうして種を埋めて、いつものように血を垂らしてみたのだけど。
それから一週間経っても、なかなか種は芽吹かなかった。




