43:今までと違うことが気になりまして
あれから、ルディアス様が通ってくる頻度は下がると思っていた。
クロトの側にいられるようになったので、兄弟水入らずの時間をすごすことが増えるだろうと考えていたからだ。
でも、むしろ私の家に顔を出す頻度が上がったような気がする。
昨日も一昨日も精霊花を探しに行くのに付き合ってもらっていた。
「あの、ルディアス様は家にいなくてもいいのですか? お仕事とかあるのでは……」
だからつい、聞いてしまった。
ルディアス様は微笑んで答える。
「問題ない。領地は今大きな問題はないし、私が特別処理する案件もそうそうない。優秀な家令と執事がいるから。帰った後で少し確認をするだけで大丈夫だ」
領地運営については私は全くわからないので、そう言われると「そうなのですね」と言うしかないわけで。
(でも他の貴族も、毎日パーティーだお茶会だって外に出て歩いているのに領地運営ができているし、父も社交場にばかり通って家にいなかった)
もちろん社交も仕事の一部ではあるけど、そこまで必死に書類仕事をする必要はないんだろう。
そう納得して、今日は町へ出かける私に付き添ってくれる。
いつもだったら、それでもダントン商会のルーフェン支店で精霊花の売れ行きを確認したり、日用品なんかを買うだけなのだけど。
「今日は布地を仕入れたらしい」
ダントン商会で、布地を仕入れたことを聞いたらしいルディアス様は、しきりに一枚買わないかと私に勧めようとする。
実は精霊花が私の想像以上の値段で売れるので、資産は溜まってきている。
あれこれ忙しかったのと、欲しい家具があったりする方にお金を使っていたぐらいで、それほど減っていない。
(考えてみれば、服もベリータさんに頼んで仕立ての依頼をしてもらってたんだよね)
寸法を測ってもらった後は、ベリータさんが必要そうな物をリストにして仕立ててもらって、それを受け取っていた。
さすがにそのお金は私が自分で支払っていた。
(服を……他人に買ってもらうのは、庶民でもおかしいわよね?)
特に貴族令嬢は、結婚相手にしかそんなことはさせない。
友人関係でもリボンや手袋ぐらいがせいぜいだ。
それ以上となれば、婚約したのかと勘繰られる。
だから普通に自分で買うつもりだったし、仕立ても頼んだのだけど。
「支払いは伯爵家に回してもらいたい」
そう言ってルディアス様が、メモをした紙を渡していた。
伯爵家に回す件の指示を書いてあるんだろうか?
いやいや、そこを疑問に思っている場合じゃない。
「あの、自分で支払えます」
まさか買ってもらうわけにはいかないしと思って言うと、ルディアス様がきょとんとした顔で言った。
「服そのものではなく、仕立ての料金を代わるだけなら問題ないだろう」
「本当なんですか?」
「もちろんだ」
そうなんだ……。
私は納得した。だって私、そういうことというか、家に閉じ込められていたようなものだから、子供の頃に習い覚えたこと以外わからないのだ。
ルディアス様の方が良く知っているだろう。
だから納得したのだけど。
(でも、夫か婚約者にしか買ってもらうものじゃないと思ってたのに)
だからなのか、ルディアス様に服を買ってもらうというだけで、なんだか落ち着かない気持ちになる。
仕立て代を代わってもらうだけだというのに。
そうしてドギマギしながら店を出ようとしていた私は、その時ルディアス様が小さくつぶやいた声が全く聞こえていなかった。
「いずれ問題なくなるようにするから、いいはずだ」
※※※
それから数日は、なんとなく服のことを考えては落ち着かない気持ちになったりした。
私、考えてみると母がなくなってからまともに服を買ってもらったことがなかったのだ。
母が生きている時以来、そんな感じだったから。
家出をした後も、一応資金を持ち出していたおかげで、自分で服代を払っていたし。
(なんだか不思議な気持ち)
そもそも、家の維持とベリータさんのお給金はルディアス様が支払い続けているわけで。
(着々と養われているような気がする……)
お金を稼げるようになったのに、それでもと負担を続けるルディアス様は、どうしてそんなことをしたがるんだろう。
そこでふと、いつだったか読んだ本の一節を思い出した。
『妻の衣食住を賄うのは、義務ではなく愛する人を独占するためである』という。
だから他の誰かではなく、夫自身が衣服を買うべきで。
妻自身に購入できる資産があったとしても、彼女が大切にしてくれるだろう服を選び、使ってもらうことで、妻は着ている間いつでも夫の愛情を感じることができる、というものだ。
たしか紳士は結婚をこう考えるべきみたいな本だったような。
根本的には、貴族の奥方や令嬢が商売をするのは恥ずかしくて、寄付などの行為以外はするべきではないという習慣のせいで、夫が養うのが基本ということになっているんだけど。
誰かを独占するため、愛情をいつでも思い出してもらうために身の回りの物をそろえていくという考え方もあるのかと、そんなことを思った記憶がある。
同時に……。
(たしか、父がほとんど母の物も私の物も用意しないのは、愛情がないからだって納得したのよね)
そういう貴族男性もいるので、結婚時に品位維持費や妻のお小遣いを決めていたり、屋内のことに使うお金は妻が握ることが多い。
だから私も、母が生きている間は不自由なかった。
(私達を顧みたりしない父に慣れてしまっていたから、ルディアス様がしているのは、本で書いてあることみたいで……なんだか不思議なのよね)
だから、こんなに思い出すと落ち着かない気持ちになるんだろう。
そんなことを考えながら、私は精霊花の世話をする。
ルーフェン支店に卸すつもりの精霊花だ。
屋内に置いておくと涼しい空気を生み出してくれる。
でも冬になると力が増大するので、冬の精霊になっていなくなる物だ。
たまたま見つけたのだけど、暑さが苦手な人は欲しがるだろう。
明日にはルーフェン支店へ卸すために、精霊を落ち着かせて冬までまどろませるようにしつつ、説明書を書いていた。
すると、玄関から訪問のノックの音がする。
ベリータさんは鍵を持っているので、そんなことはめったにしない。
忘れたら、大声で「すいませーん」と言ってくれるし。
お客かもしれないと玄関へ行ってみると、そこに立っていたのは初めて見る女性だった。




