41:最後の鳥
「奥様、本日より当家への出入りを禁じていたはずです!」
バーガンさんが果敢にベルナン男爵夫人を止めに行く。
「執事風情が邪魔をするな」
男爵夫人と一緒にいた息子が、バーガンさんを突き飛ばした。
バーガンさんは普通の高齢男性だ。
床に倒れて、ダントン商会の女性主任が悲鳴を上げながら介抱に行く。
エミリーは固い表情で、クロトの側にぴったりとくっついた。
自分のやるべきことをわかっているエミリーは、何かあればクロトを守ろうと思ってくれているんだろう。
ベルナン男爵夫人の方は、バーガンさんを振り返りもせずにエミリーに近づく。
手に棒を持っていたのが分かった瞬間、私は息をのんだ。
(エミリーのせいにされてるの!?)
冷静に考えれば、おそらくベルナン男爵夫人としては怪我をさせても一番問題になりにくいから、エミリーを狙ったのだとわかっただろう。
私が元凶だけど、ダントン商会の人間を平民だからと見下すだけならまだしも、怪我をさせたら後で面倒なことになる、と計算したんだと思う。
とはいえ、エミリーを棒で叩いて見せしめにしようとしているのには変わりない。
思わず私は庇う。
エミリーはずっと苦労していた子だった。
もう死ぬかもしれない状況で、弱っていたクロトの面倒を見るような優しい子なのに、自分もずっと路上生活をしていて体調が万全じゃないのに、棒で打たれたら死んでしまいかねない。
精霊花で防御は考えなかった。
精霊使いが出入りしていることが知られたら、私が来ていることがバレて、ルディアス様にもっと迷惑がかかると思って……。
でも、予期したような痛みはやってこなかった。
キィィィィイ
金属音のような物が鳴り響き、次いで男爵夫人の悲鳴が上がる。
振り返ると、男爵夫人に天の鳥が突撃し、驚いたようだ。
男爵夫人があとずさった隙に、開かれた窓から鳥は飛んで行く。
「あの鳥えらーい」
エミリーが思わず称賛すると、男爵夫人が立ち上がって金切り声を上げた。
「お黙りなさい! まったく平民だからこんなわけのわからないことをやらかすのよ! 不吉な鳥なんて呼び出して! 性根を叩き直してやる!」
再び男爵夫人が棒を振り上げる。
私も今度は、精霊花を使おうと杖を取り出したけど……。
「……俺の屋敷で何をしている、寄生虫が」
身震いしそうなほど地の底から響くような声。
ベルナン男爵夫人が伸びて来た腕に腕を掴まれて、払い飛ばされた。
ドンと音が響く。
引きつった表情のベルナン男爵夫人が壁際に倒れ、男爵子息が抗議した。
「そ、そんな、投げ飛ばすなんて!」
「黙れ」
珍しく怒りの表情を浮かべたルディアス様がそこにいた。
屋内で書類仕事をしていたのか、いつもよりはきっちりとした服装をしていない。白いシャツの上から、裾の長いガウンジャケットを羽織っているだけだ。
ルディアス様は、怒りのまなざしを周囲に向ける。
「誰だ、二度と来させるなと言ったのに、この女と息子を家に入れたのは!」
荒々しい大声に、思わず息を飲んでしまう。
それは、ルディアス様の意向に逆らったメイドも同じだったようで、悲鳴を上げて部屋から逃げ出していく。
「あの女を捕らえて、尋問して聞き出せ!」
ルディアス様が命じると、その後ろに付き従ってきていた使用人達がメイドを追いかけていく。
次にルディアス様は、ベルナン男爵夫人と息子に視線を向けた。
「いたた、そのご夫人はどうなさいますか? 伯爵様」
腰をさすりながら立ち上がったバーガンさんの問いに、ルディアス様が言う。
「それ相応の責任を取らせる。他家に侵入し使用人を傷つけ、弟に危害を加えようとしたのだ」
一度言葉を切り、ルディアス様が宣告した。
「二度と王都には入れないようにする」
「そんなっ!」
抗議の声を上げたのは男爵子息だ。
「だって伯爵様は子供がいないし、弟がいなくなったら僕が跡取りに!」
いや、抗議というよりとんでもない暴露が来た。
(やっぱりそういう目的だったの?)
予想通りすぎるたくらみを耳にして、私の驚きも吹っ飛んだ。
まさかこの人達、クロトの誘拐に一役買ってるんじゃないんだろうか。
当然こんな言葉を聞いたら、ルディアス様の方がキレた。
ルディアス様は、左手に掴んできていた剣を鞘から抜き放つ。
次の瞬間には、男爵子息の喉元に切っ先が向けられていた。
「もう一度同じ言葉を言ってみろ」
「ひぃっ、まま、まま……」
身動きもできず、額に脂汗をかきながら男爵子息は倒れたままの男爵夫人に視線を向ける。
ベルナン男爵夫人の方も、あっさり息子が明かすとは思わなかったのかもしれない。
天を仰ぐようにぼんやりと天井を見上げ始めた。
「ふん、覚えていなくとも記録はとれる。証人になれる人物もいるからな」
ルディアス様の言葉に、少しひっかかる。
(あれ? 貴族の処罰をする際は、貴族の証言がないといけなかったような)
もしくは騎士とか、準ずる立場の人間が必要だ。
それが平民との身分差がはっきりと表れている部分の一つだ。
平民の意見は、貴族の裁定ではよほどの数でなければ重要視されにくい。
ほぼ貴族を裁く側の、国王やその代理人の心象で変わってしまうのだけど。
(私のことかな……)
一応貴族の身分を持ってるのって、ルディアス様以外には私だけのような。そう思っていたら。
「もちろん証言いたしますよ」
扉の向こうから、エルマーさんが顔を出す。
「父もそうですが、私自身も準爵士の称号を得ておりますから。証言がご必要な時はいつでもお声がけくださいませ、レーン伯爵様」
エルマーさんは商人ながらに、一代限りの物とはいえ爵位を持っていたらしい。
父親の商会長なら持っているだろうと思ったけど、エルマーさん本人もなにか功績を上げたかして手に入れていたんだろう。
優秀な人なんだなと私は納得した。
その後、ベルナン男爵夫人と息子は伯爵家の私兵に捕まり、どこかへ連れていかれていた。
静かになった部屋の中で、ふっと息をついたルディアス様がまず真っ先に確認する。
「それで、治療は……」
「あ、確認しますね」
私はクロトの側へ行き、手首に触れて神聖力の量などを確認する。
「大丈夫です。普通の神聖力の量に調節できました。あとは数日様子を見て、問題なければルディアス様と一緒に過ごしてみてください。それで体調に変化がないようでしたら、神聖力の量も増えないまま、普通に生活できると思います」
私の診断に、バーガンさんもエルマーさんも良かった良かったと微笑む。
女性主任さんもほっとした様子だった。
そしてルディアス様は目を見開いてクロトを見て、それから私に言った。
「本当に感謝する。レイナ、ありがとう」




