40:三度目の治療と妨害
その日は、ちょっとおかしかった。
家に迎えに来たのは、顔見知りになっていたけどダントン商会の、いつもレーン伯爵家へ同行してくれていた女性使用人二人だった。
「困ったお客様がいまして、少しエルマー様が手を離せないもので、私どもがお迎えに参りました」
「到着後、少しお待ちいただくかもしれません」
「わかりました、よろしくお願いします」
私がレーン伯爵家に入るには、エルマーさんのお付きという形をとるしかない。
エルマーさんの都合に合わせるのが一番だ。
「でも、レイナ様をお迎えに行っている間に解決しているかもしれません」
女性達はそう言ってくれたものの、やっぱりエルマーさんは捕まったままのようだ。
しかも問題があった。
「君はマリーシアと親しいそうじゃないか! 平民が貴族の娘を誘惑するなど、この商会はどうなってる!」
騒いでいるのは父だった。
「先ほどまでは他の方だったのですが、その後でフィディアス伯爵がいらしたそうで」
ダントン商会の女性は申し訳なさそうに言って、私にお茶を出してくれる。
私は片隅の部屋に引きこもり、絶対に鉢合わせないようにしていたのだけど。
なかなか諦めない父のせいで、時間がどんどん過ぎていく。
(嫌な感じだな……)
悪いことって重なることが多い。
つい、前回の人生の終わりを思い出してしまう。
前日までやたらと父に仕事を大量に命じられた。
だけど体調が急に悪化して、眠る時間もなくなってしまった。
それでも叩かれるよりマシだから、王宮のパーティーへ行った。
なのに、処刑しろと父に言われて……。
(このまま、クロトの治療が止まるのは嫌だな)
予定が狂ってしまうと、クロトの病状が中途半端になってしまう。
あまり時間を置くと、二回分の効果が半減することもあるし。
今やっているのは、神聖力の器を仕切り直して「君はここまでで十分だ」と教えることなのだ。
ふんわりとあいまいに説明されると、よくわからずに元の状態でも別にいいのかもしれないと判断することはあると思う。
そんな感じで、戻ってしまうのだ。
(今止めたら、多少は前よりは少なくなるけど、やっぱり普通の人からすると多い。虚弱なままなのは変わらなくなってしまう)
それでは病気になった時に、病状が悪化しやすい。
しかも神聖力が多いのは変わらないので、神官が治療することができなくて、薬が効くのをじわじわ待つことしかできない。
そして薬が効かなかった時は……。
「あの、エルマーさんの代理は立てられますか?」
おそらく貴族が来たうえ、商会長であるエルマーさんの父がいないから、エルマーさんが足止めされているのだ。
でもクロトの元へ行くのは、必ずしもエルマーさんである必要はない。
他の役職を持つ人であれば、貴族の家に行くことはできるはず。
商会の女性は私の言葉を受け、相談しに行ってくれた。
そして女性自身が代理に立つことになったらしい。
「あ、一応フィディアス伯爵令嬢のマリーシアさんに、エルマーさんのところに父親が来ていることと迷惑をかけていることを知らせてください」
たぶんマリーシアが来れば、あの父を圧倒してくれるだろう。
それでエルマーさんが追いかけてきてくれたら、万事解決だ。
そういうわけで、王都支店の主任級だったらしい女性と、使用人三人、私という組み合わせで、今日はレーン伯爵家へ行くことになった。
レーン伯爵家では、執事のバーガンさんが出迎えてくれて、初日のように穏やかにことが進んでいた。
「あの、昨日の男爵夫人は……」
心配になって聞いてみると、バーガンさんは微笑む。
「昨日のうちに、伯爵様がベルナン男爵家の出入りを禁じましたので」
その言葉に安心すると同時に、『気にしてくれているんだ』と心が温かくなる。
治療が済むまでは、クロトに近づかないようにしているルディアス様だけど、常にこちらの動向は確認して、対処してくれているのだから。
訪問すると、クロトは昨日よりもさらに元気そうだった。
もう寝台に寝ている状態ではない。
椅子に座って出迎えてくれる。
「こんにちはレイナ様」
「体調はいかがですか?」
聞くと、にへっとクロトは笑う。
「起きた時から、すっきりした気分なんです。こんなに眠って元気になった、って感じたのは初めてかもしれません」
きちんと体調が整っているようだ。
「まず神聖力の方、確認させてくださいね」
私はクロトの横に膝をついて、彼の手首に触れる。
探ってみると、神聖力が初日よりぐっと減っているのがわかる。
それでもまだ、普通の人よりも多い。
神聖力を自力で使えないクロトの場合は、普通の人ぐらいの量を目指すべきだ。
「今回で治療は終われると思います。あとはきちんと神聖力の量が体になじんだと確認できたら、神官の治療も受けられるようになると思います。あ、簡単な物から試してください。それで大丈夫だったら、その後は問題ないはずです」
説明すると、クロトもエイミーもわっと歓声を上げる。
バーガンさんはほっとした表情だ。
一緒に来ていた商会の女性主任も笑顔になっている。
「それでは始めます」
三度目ともなれば、精霊花を咲かせるのは慣れたものだ。
少しだけ、連続で魔力を受け入れることになるので疲れるけれど、クロトの神聖力を移動させる手伝いをする分いくらか相殺されるのか、そこまで酷くつらくはない。
やがてクロトにも魔花に触れてもらい、クロトの神聖力を移していく。
再び生まれた乳白色の鳥。
「最後だと思うと、じっくり見ていたくなりますね……」
これで治るのだと思うと、クロトもしみじみとしてきたようだ。
「そうですね。でも、建物の中でとどめようとすると壁や窓を壊しかねないので」
綺麗だけど鳥ではなく精霊なのだ。
神聖力の塊のような存在なので、窓の方が負けるだろう。
「さぁ、見送りましょうクロト様」
バーガンが窓を開けた時だった。
部屋の外で悲鳴が上がる。
そしてガンと音がして扉が勢いよく開けられた。
「きゃっ」
跳ね返って戻って来た扉に、本人がぶつかったようだけど、その分苛立ちが増したようだ。
その人物は私達を見て怒鳴る。
「こそこそと我が家に通っているのはどうしてかと思ったら! 子供を騙して葬式の花を咲かせようとしていたのね! この平民! 引き込んだのはお前ね!」
ベルナン男爵夫人だ。




