38:精霊花《天の鳥》
サイドテーブルをクロトの横に移動させ、土が入っている鉢植えを置く。
それから持ってきた種を一つ取り出しておく。
すぐに開花させるため、あらかじめ身に着けて来ていたブローチのピンを指先に刺して、にじんだ血を種にくっつけてから、すぐさま鉢植えの土の上に置いた。
種はたちまち根を伸ばし、双葉が芽を出す。
双葉にわずかに触れて魔力を注ぐと、ふわっと広がるように葉や茎が伸びていく。
細く長い葉は錆びた鉄の色。
どこか金臭い匂いもするけれど、無数の鋭い葉は赤い鳥の羽が数十本鉢植えに挿して飾られているようにも見える。
そこから一本の茎が伸びていく。
先端に膨らむつぼみは、まるで鉄の羽毛のよう。
私はそこで、クロトに茎を掴ませた。
「ただ掴むだけでいいわ」
恐る恐る手を伸ばし、掴んだクロトの手の上に、私も手を重ねる。
そうしてクロトの神聖力を、少しだけ魔花に移動させた。
あとは、私が魔花の魔力を奪う。
(う、ちょっとキツイ)
神聖力を奪える容量があるのだから、魔花の状態だとその分魔力が沢山詰まっているということでもある。
そして魔力を減らしてやらないと、精霊花にはなれない。
(まだ……まだかな……)
普通の魔花ならば三本ぐらいはもう転化できそうなほど、魔力を取り去る。
そこでようやく、魔花が変化を始めた。
ピシ、と音がして、私が握っている場所から一気に魔花が白い結晶に変わっていく。
つぼみはさらに結晶が大きく育ち、私の頭よりも大きく結晶の花が咲いた後、ガラスが砕けるような音と共に乳白色の鳥になる。
鳥の体がすぅっと虹色に数秒輝いた瞬間、クロトがハッと息を飲んだ。
「今、何かが抜けていったような、でもすぐに蓋がされたような変な感じ」
たぶん、クロトの神聖力だ。
精霊花《天の鳥》は、神聖力を取り去った分、残った分以上に魔力も神聖力も溜まらないようにしてしまう。
だからこそ魔力もため込むことなく、魔物化しなくなるという仕組みになっている。
それは神聖力にも応用される。
「窓を開けてください!」
私が頼むと同時に、鳥が飛び立つ。
エルマーさんと執事さんが窓へ飛びつき、慌てて窓を開けたとたん、鳥はそこから出て行く。
ちょうど他の鳥たちも近くを飛んでいたおかげで、精霊の鳥はまぎれるように天高く飛び去って見えなくなった。
「すごい、ちゃんと他の鳥に混ざってわからなくなった」
クロトが言うと、エイミーがうなずく。
「白い鳥ばかり集めないとダメかと思ったけど、麦を撒いておくだけで来る鳥だけでも、大丈夫だったね」
本当は白い鳥がいると一番いいのだけど、白いサギがいたおかげか、天の鳥も目立たなかった。
本当に幸運だった。
「それで……上手くいきましたか?」
一緒に窓の外へ出た鳥を見送っていたエルマーさんが、クロトを振り返って尋ねてくる。
クロトはうなずいた。
「熱はさっきレイナ様のおかげで下がったんですけど、だるさが残ってたんですよ。でも、それがなくなってます」
「おおお、お治りになられたと!?」
「執事さん、まだです。今は私が調節して元気になっているので、二倍の効果が出ているように感じているだけで。今回だけで止めては、まだア発熱などは続きます」
負担にならないほどの神聖力にしなくてはならないのだ。
「クロト様はルディアス様並みに神聖力をお持ちです。それを減らすのは一度では無理ですので、あと二回は必要かと」
「今日中に行うのですか?」
執事さんの再質問に、私は首を横に振る。
「一気に治したいのはやまやまなんですが、急激に神聖力の器の大きさを減らすと、体のバランスが崩れてしまうんです。下手をすると寝込んだまま起き上がれなくなる恐れもあるので、今日はこれだけです。一晩なじませて、また明日やりましょう」
「そういうものなのですか……。だから三日とおっしゃったんですね。では明日もよろしくお願いします」
執事さんは納得したようにそう言い、エミリーも初めて知ったという顔をしている。
精霊使いがほとんどいないせいで、この治療法を見聞きすること自体がなくなっているせいだろう。
エルマーさんには説明していたので、彼はにこにことしながら話を聞いていた。
そして話が途切れたところで促してくれる。
「では、お暇しましょうか」
「また明日、待ってます」
少し元気な様子のクロトがそう言い、手を振ってくれる。
私は手を振り返して部屋を出た。
そこからはまた使用人に紛れて館の中を進んでいたのだけど……。
「あらバーガン、その方達は誰?」
エントランスの近くで、貴族らしい女性達と鉢合わせしてしまった。
50代は過ぎていると思われる女性とお付きの侍女……だろう地味な灰緑の質素なドレスだし。
あと、息子らしいルディアス様より少し年上に見える男性もいる。
「伯爵様の亡き大叔母様の娘です」
こそっとささやき、バーガンと呼ばれた執事さん。三人へ近づく。
「お迎えが遅れて申し訳ございません、ベルナン男爵夫人。こちらの方々はお坊ちゃまがお呼びになったダントン商会の皆様です」
「へぇそうなの」
ベルナン男爵夫人と呼ばれた女性は、じろじろと主に先頭にいるエルマーさんを見る。
「ダントン商会もずいぶん若い子をお使いに行かせるようになったのね。我がレーン伯爵家に、こんな子を向かわせて……あなどっているのかしら?」
その言葉に、私は目が点になる。
(え、もしかしてダントン商会の御曹司の顔を知らない? あんまりダントン商会で買い物をしたことがない貴族なのかしら?)
ちらりと見れば、エルマーさんは目が笑っている。
もちろん執事のバーガンさんも、わざわざそれを明かさない。
「いらっしゃる予定の支店長が、急に腰を壊されたようで。お坊ちゃまがどうしても今日欲しいということで配達だけ頼んだのです。……どうぞ、皆様は先に」
執事のバーガンさんがうながし、エルマーさんを筆頭に私達はそそくさと外へ出る。
とりあえず、無事に問題なく一日目を終えたけど……。
(どうして遠縁の息子もいるような人が、『我がレーン伯爵家』なんて言い方をするのかしら)
大叔母ということは、他家へ嫁いだルディアス様の祖母の姉妹。
その娘なのだから、さらに違う家に嫁いでいるはず。
ほぼほぼ関係ない家のことのはずだ。
可能性としては……。
(やだな。拉致事件と結び付けちゃいそうになる)
ルディアス様は結婚していない。
そしてクロトは病弱で、治療をしなければ早いうちに命を落とすだろう。
であれば、クロトを誘拐して始末しつつ、動揺したすきにルディアス様を殺したら……。
そんなことを想像してしまったのだった。




