36:レーン伯爵家へ
翌日のうちに、私はエルマーさんの迎えの馬車に乗った。
いよいよクロトの元へ行くのだ。
途中で王都のダントン商会に寄る。
私に、ダントン商会の使用人の制服を着せるためだ。
着替えて出発後……私は初めてルディアス様の館を見た。
「なんだか優美な館ですね」
白壁に装飾の彫刻がほどこされた瀟洒な館だ。
広さはフィディアス伯爵家以上で、人々がピクニックをする中央公園を横切ってきたのだけど、それを少しこじんまりとさせたような敷地面積だ。
塀の中は様々な木々も見えて、門の中に入ると綺麗な刈込をした木々がエントランスへの道を飾っている。
その両側には左右対称に薔薇園があって、緑とピンクに赤や白と美しい色が溢れている。
「意外でしたか?」
エルマーさんに聞かれてうなずく。
「がっちりとした館を想像してました……。もっとルディアス様みたいな感じの建物かと思っていて」
そう言うと、エルマーさんが噴き出す。
たとえ庭が広くても、王都内なので馬車で何十分も走るほどの距離はない。
しゃべっているうちにエントランス前に到着し、私はエルマーさんと降車する。
緊張してきたけど大丈夫。
実はダントン商会の使用人は他にも五人ついてきていたのだ。
伯爵家の子息の買い物となれば、これぐらいは物を運び込むのに必要だと、エルマーさんが用意してくれた。
申し訳ないけれど……。
「たぶんクロト様の方も、話を合わせるために一つ二つ買ってくれるだろうから、損にはなりませんよ」
とエルマーさんは言ってくれた。
なるほど。貴族の買い物だから、じゃがいもを大袋で一つ二つ以上の規模になる。
金のブローチを二つでも三つでも買うだけで、使用人のお給料一か月分ぐらいは売上られるだろう。
もちろんエルマーさんも、クロトも私に気負わせないためにそうしてくれるのだ。
(必ず、治してみせる)
私にできることはそれだけだ。
館から出て来た執事らしい人が、先頭にいるエルマーさんに挨拶をし、ちらりと私を見る。
一応、無言で訪問するわけにはいかないので、ルディアス様にも手紙で伝えていた。
私が私だとバレない方法で王都へ入れること。
ダントン商会の人間が、クロトのお買い物に呼ばれたという形をとるので、人が出入りしても不自然ではないこと。
花も種の状態で持って行くので、伯爵家の使用人を入らせないようにしておけば、バレることはないという話も。
さらに他の準備もしている。
バタバタバタバタ。
エルマーさんと執事が話しているのを聞いていると、背後で鳥の羽ばたきが沢山聞こえてくる。
ギェーギェーと大きな声で鳴く、大型の白サギまでいた。
これがもう一つの誤魔化す策だ。
一週間前から庭に鳥の餌になる物を撒いてもらい、鳥が沢山庭に来るようにしておいてもらったのだ。
これの発案者は、クロトの側にいる新しい使用人によるものだ。
おかげで、伯爵家から白い鳥が一羽二羽飛び立っても、目立たないだろう。
葬儀の花を使ったことが、バレにくくなる。
(よし、これなら)
心の中で「行ける!」と奮起していると、エルマーさんに近くに寄るように手招きされた。
近づくと、執事がエルマーさんに話しかける体で私にこそこそとささやいた。
「お嬢様、ルディアス様から話は聞いております。お嬢様の素性が知れ渡らないよう、私とクロト様、クロト様付きのメイドにしか今回のことは話しておりません。そのため、我が家の使用人から貴族令嬢とは違う対応をされるかもしれませんが、よろしいでしょうか?」
執事は心配してくれたようだ。
実は貴族令嬢という出自の私が、使用人扱いされて悲しい思いをしないかどうか、を。
でもそこは覚悟の上だ。
「大丈夫です。使用人のように扱われるのは経験済みですから」
笑って言えたのは、今は解放されてあの苦しい時期が過去になったから。
たとえ同じ目に遭っても、帰れる安全な家があるからだ。
逃げ場もなく、また翌日も同じ目に遭うことに怯え、怯え疲れて何も感じないように自分に暗示をかけるようなことは、もうしなくていいから。
なによりちゃんとルディアス様には伝わっていて、配慮をしてくれていることが確認できて良かった。
笑顔で答えた私に、執事はちょっと驚いてから言った。
「それではご案内いたします」
執事に先導され、私はエルマーさんの後ろをついていく。
誘拐されたことで多少部屋の変更があったものの、病気の関係でルディアス様の部屋からは遠い場所で寝起きしているようだ。
館の二階、東奥にある部屋。
そこがクロトの部屋のようだ。
執事がノックすると、「はーい」と元気な声がする。
そうして扉を開けたのは、私より少し背の低い……洗って綺麗にしたら赤みの強い茶色の髪をぎゅっとお団子にして、紺のお仕着せを着た少女。
「いらっしゃいませ。お坊ちゃまがお待ちです!」
エルマーさんにそう言った上で、私をいたずらっぽい表情で見上げてニッと笑う。
「お久しぶりお姉さん」
あの牢で一緒に捕まっていた、脱出プロ少女だった。




