32:王子にはできるだけ会いたくありませんでしたが?
学術院の方から、こちらへやってくるルディアス様。
ゆっくりと歩いているだけなのに、どこか威圧感があるのはなぜだろう。
そのせいか、近づいてきていた王子が、二歩ほど後ずさる。
「え、いや、聖騎士殿の親族だったか。しかし君が女性を連れ歩いていたとは珍し……」
ルディアス様の目が細められた瞬間、王子の言葉が止まる。
「あの……何か問題があったか?」
王子が恐る恐るルディアス様に聞く。
するとルディアス様の方は、短く答えた。
「近いです」
「は?」
「我が家の身内との距離が近いと申し上げています。レディとの距離にしてはおかしいのではありませんか?」
「…………は?」
王子がぽかーんとしたものの、ルディアス様が本格的に睨んだのでさらに二歩離れてくれた。
ちょっとでも距離ができたせいか、私は少しほっとする。
移動はしたものの、王子は呆然としたままだ。
「その……聖騎士殿は、そんなにも距離に厳しい人であったか?」
「嫁入り前ですので」
「普通はその、王子と近い距離になることを喜ぶものでは?」
王子のその言葉が発されたとたん、ルディアス様から冷気のような物を感じた。
「嫁入り前だと申し上げました。そのような女子に誰であれ男性を近付けたい者ばかりではないでしょう」
「え、あ、ああ……」
王子が理解しているとは思えないものの、ルディアス様の圧に屈してうなずいたように見える。
でもそこから帰ってくれない。
ちらちらとマリーシアの方を見ては、なんとかしてほしそうな顔をしていた。
(これ、マリーシアが移動しないと王子は帰らないんじゃないかしら?)
そう思っていたら、マリーシアが唐突に手を二回打つ。
すると近くの生垣から貴族男性が複数人現れて、王子を囲んで話し始めた。
「殿下、お久しぶりです。いつも我が商会にご用命いただきありがとうございます。次はどのような宝飾品をお求めでしょう?」
「先日もお会いしましたが、今日はますますお元気のようですね」
「ところで騎士団の訓練に参加される話をしたいのですが……」
(あれ、この人達……前にマリーシアと一緒にいた)
三人の男性にものすごく見覚えがある。
マリーシアから紹介された三人だ。
貴族と大商人の子息だからか、王子も無下にはできないようで、じわじわと三人に押されるように少しずつ遠くへ移動していく。
それを見て、マリーシアが私を振り返った。
「お父様が、お姉様を誘拐をさせた証拠をお渡ししておきます、こちらですわ」
手に何か握らされる。
「まだあきらめていないと言いましたでしょう? 警備が不安なので、お姉様の家に近い町をダントン商会の者がよく通るようになるかもしれませんが、お気になさらず。本当に本当にお気をつけくださいませ」
と、そこまで言ったところで、横にやってきたルディアス様にひるんだように身を離す。
あれ? ルディアス様のこと怖いのかな?
さっき王子を睨んでいたせいかもしれない。
「怖い方ではないわよ?」
私がそう言うと、マリーシアは不思議なことを言う。
「いつだって聖騎士様は、お姉様に優しいのでそれは当然です。でも私は恨まれていてもおかしくないのです」
「?」
マリーシアは何もしていないと思うのだけど、なぜ恨まれるの?
私の知らない間に、マリーシアとルディアス様の間に交流が生まれて、何かが決裂でもしたのかしら。
「とにかく、王子を遠ざけているうちにお帰りくださいまし、お姉様」
背中を押される。
「その方がいいだろう、レイナ。帰ろう」
ルディアス様には手を引かれ、私は立ちあがる。
そのまま歩き去りながら振り向くと、マリーシアもどこかへと走り出していた。
王子も貴族男子達も、マリーシアを追いかけて行く。
(王子、今回もマリーシアを追いかけているのね)
でも以前よりもほんっとうに時期が早すぎる。
おおよそ一年半ぐらいは早い。
マリーシアがどこかで礼儀作法やダンスを覚えていたとしても、そんなにも高速で王子までも魅了できるものなんだろうか……。
首をかしげているうちに、学術院を出た。
今度はホルガーさんに馬を任せたルディアス様が同乗してくる。
馬車が走り始めたところで、ルディアス様が聞いてきた。
「あの男が気になったのか?」
いや、王子をあの男呼ばわりはちょっと、気の毒というか。
でも王子という呼称を聞くのも嫌だったから、助かるのだけど。
なんにせよ私は王子とは会いたくないので、誤解されないように言っておく。
「いえ、殿下については、どうやったら二度と顔を見ないで済むかと考えています」
(思い出すと心臓に悪いもの。忘れていたかったのに、会うなんで不運だわと思っているぐらいだし)
すると不思議に思ったのか、ルディアス様が尋ねてくる。
「そんなにあの男を恨むような出来事があったのか?」
「ええと……恨みというより、顔を見ると嫌なことを思い出すので」
これ以上王子に関する話をするのはちょっと都合が悪い。
なにせ時間を戻った話なんてできるないんだから。
私は話を逸らすことにした。
「それよりはマリーシアが私の誘拐は実父の仕業だと……メモを渡してきて」
マリーシアが渡したメモを開く。
小さな紙に何かの場所が書かれていた。王宮の、庭園の一画みたいだ。
「ここには私、行けませんね……」
今日だってドキドキしながら学術院に来たのだ。
初めて来たのに王子に遭遇してしまったし、二度も来たら本当に父に会ってしまいそうで嫌だ。
するとルディアス様が言った。
「私が確認しておこう」
「あの、本当にありがとうございます。そして申し訳ありません、私が王宮に出入りしたり、実家へ行くことができないせいで……」
「気にするな。君が弟を助けてくれた代価だと思ってもらえればいい」




