31:誘拐事件の真相!?
思わず逃げそうになった。
ついつい腰を浮かせてしまったけど、逃げる理由もないな……と気づいて座り直す。
(逃げたらマリーシアも意味がわからなくなりそうよね……。危険だと知らせた義姉が、家を出た後もお金を届けてみたり、援助してくれる相手を紹介してみたりしてるんだし)
なのに逃げられたら、一体何事かと思って追及するだろう。
どうして逃げるんですか、と。
(でも理由を言えるわけがない。時間が戻るなんて、誰も信じてはくれないと思うもの)
前回とマリーシアの行動が違う理由もわからないけど……。
(まさか私みたいに、戻っているわけもないわよね?)
ルディアス様の行動が前回と違うように思うのも、私がたまたま家から逃げ出して、本来なら出会うわけがない頃から関わってるせいだと思うし。
とにかくまだマリーシアがどんなつもりなのかわからないので、緊張しつつ迎える。
駆け寄って来たマリーシアは、側に来るとささやき声で尋ねてきた。
「あれから問題はございませんか? どうやら父がお姉様をさらわせようとしたみたいなんですけど!」
(ふぁっ!?)
「え、まさか誘拐犯を雇った依頼人……」
父なの!?
心の中で叫ぶ私に対し、半端な返事で悟ったようにマリーシアが表情を曇らせる。
「もう事件が起きたのですね……。でも聖騎士が助けたのですか?」
「え、あの、うん……」
ずいっと顔を近付けて言われて、うなずく。
するとほっとしたように息をついて顔を離してから、マリーシアが苦々しい表情になった。
「あの方、ちゃんと見ておけばいいものを油断して……! そもそもさらわせてはいけないのですわ!」
なぜかルディアス様に怒っているんだけど。
「ルディアス様はすぐに助けてくれたのよ?」
一応弁護を試みるも、マリーシアは反論する。
「誘拐されるなんて、わかっていたはずなのですわ。甘すぎるのです」
わかっていた?
おかしな言い方に私は首をかしげた。
けれどマリーシアはそれに気づかないまま、続けて話す。
「でもまだ気を付けてくださいませ。どうやら父が、お姉様のことを諦めていないようですの。理由はまだ探れていないのですけれど……」
「諦めていないって、どういうこと?」
「申し上げましたでしょう? お姉様が王都周辺で唯一のまっとうな精霊使いなんですのよ。価値がとても高いんですの」
「え、だって殺そうとしてたんだけど」
価値があるなら殺さないかと思うのよ。
「私、誘拐された先で子供達と一緒に人身売買の商人に売られて、その商人に渡ったところでもろともに殺す予定だって聞いたのに」
するとマリーシアが表情を曇らせる。
「おそらく、お姉様の側に聖騎士がいたので、行方をわからなくするためだったのだと思います。そこでお姉様一人だけ救って、全てを燃やしてしまえば……。誰が誰なのかわからなくなります」
「う……」
「唯一の技術を持った宝石職人を、王家だけのお抱えにしたくて、死んだことにして王宮の塔に閉じ込めてしまうお話もありますでしょ? そんな感じですわね」
マリーシアの話に納得できてしまう。
ようするに秘密裏に私を家に戻し、連れ出そうとするだろうルディアス様には諦めさせるためにやったのだとなれば……。
「そこまでして連れ戻しても、どうせ殺すまでどこかに閉じ込めておくだけなんだわ。やっぱり私のことは娘とは思っていないのね」
最後には、マリーシアと立場を取り換えるために利用して殺すまで。
ぽつりとつぶやいてしまった時、マリーシアがはっと息を飲む。
見れば、ひどく驚いた表情をしていた。
どうしたのかと聞こうとしたのだけど……。
「ああ、マリーシア嬢そこにいたのか!」
男性がこちらに駆け寄ってくる。
最初は遠くてよくわからなかったが、すぐに誰なのか判明した。
――王子だ。
とたん、私は息を飲んで卒倒しそうになる。
さすがに前回、私の処刑宣言に加担した人間は、見たくなかった。
悲鳴を上げそうになったけど、マリーシアの舌打ちでびっくりして引っ込む。
「ちっ、バカだから学術院には来ないと思って、こっちに逃げてきたのに」
ん? 以前はあんなに王子にご執心だったのに、バカ呼ばわりしてる?
(本当にどうして?)
あまりにも変化がすごくて、私の頭の中に『?』が浮かんでしまう。
以前のマリーシアは『王子様かっこいー!』『王妃様になれちゃったらどうしよ!』とピンク色の雲に頭を突っ込んだのではと思うような言動しかしなかったんだけど。
ともあれマリーシアの毒づきが聞こえなかったらしい王子は、にこにことしながらマリーシアに近づいてくる。
「どうしたんだマリーシア嬢。その女性は知り合いか?」
声を間近で聞くと、なんだか吐き気がしてきた。
できれば今すぐ逃げ出したい。気絶なんてしたら、よけい妙に思われそうで、必死に耐える。
すると、マリーシアが私の姿を隠すような位置にずれた。
え、隠してくれてる?
「み、みかけたことのある子だったので、どこの家の子か聞いていただけですのよ。おほほほ。殿下がお話になる必要はございませんわ」
失礼な物言いだけど、それは私に興味が向かないようにするためだろう。
にしても、事なかれ主義だったマリーシアが、堂々と自分を助けようとするとは思わなかったのでびっくりだ。
以前だったら、なんでもべらべらとしゃべっていただろうに。
「それならいいけど……。君は怪我もしているのに、走り出したから驚いたんだ、マリーシア嬢」
(怪我?)
マリーがこの時期に怪我をすることがあっただろうか?
そもそも令嬢らしくするよう本人も心掛けていたので、暴れたりするような人じゃなかった。
(考えてみれば今回は、初回からキャベツキャベツと叫んでいたから、どこかで暴れていてもおかしくはない……かな?)
行動が変わりすぎてて、どうも予想ができない。
「それにしても殿下、侍従の方々がさっき探しておられましたが?」
「ああ、あいつらは気にしなくてもいい。今私が気にするべきは……君だマリーシア嬢」
それとなく……ではないか。
わりとはっきりとここから離れるようにマリーシアが仕向けているけど、王子はなかなか気づいてくれない。
「来月の行事のお話だと聞きましたけれど」
「神殿の行事だろう? 私はちょっと顔を出せばいいだけだ。予行演習もいらない」
「そのようなわけには……。あらかじめ備えておくのは大事かと思いますわ」
マリーシアと王子の押し問答を聞いていて、なんだか私は夢の中にいるような気がしてきた。
マリーシアが、きちんと予行演習をせよと言うだなんて!
以前はいの一番に『黙って微笑んでいればいいんでしょう?』と言って、やれ演劇を見に行くだの、舟遊びをしにいくだのと遊びまわっていたのだから。
しかし王子は諦めない。
マリーシアに執心しすぎているようにも思うけど、そろそろ私だけでも脱出したいな……。
と思ったところで、第三の人物がやってきた。
「うちの親族に何か御用でしょうか? 殿下」
ルディアス様だ。




