30:学術院でその人を見かけるとは思わなかった
学術院の中は、どうやら神殿に近い造りのようだった。
入ってすぐにあるのは広いホール。
神殿だったら礼拝堂にあたるような作りで、椅子や祭壇が置かれていないだけ。
けれど左右に階段や廊下があって、あちこちの講堂やホール、教室などにつながっているみたいだ。
そしてこのホールには学術院のための衛兵が立っていて、ここで不審者が奥に入って行かないように選別しているんだろうと思う。
そのホールに先に入っていたルディアス様がいて、貴族らしき人達十数人に囲まれていた。
やっぱり目立つのね……。
おかげで私のことは、誰も注目しなかったのでほっとする。
ありがとうルディアス様。
私達は職員の案内で、ホールから東へ向かう廊下へ。
その先は庭を突っ切る回廊になっていた。
外へ通じているわけではないけれど、窓が開け放たれているので外の景色が見える。
「王宮……」
花壇と生垣、境界を仕切るような木立のその向こうに、王宮の白い壁が見えた。
(背筋がぞっとする。私、あそこで死んだんだ……)
こちら側からは、私が落ちた川は見えない。
だけどこの学術院は王宮に近くて、せり出しながら高くなる崖の上に築かれた王宮の高い尖塔の上まで見えてしまう。
落ちた場所はあそこではないけれど、思い出しやすい物があるというだけで、心がざわついて落ち着かない。
なるべく見ないようにしているうちに、私は図書館へ到着した。
扉を開くと、図書館の壁一面が書籍で埋まっていた。
内部に二階部分があり、そこも全面に本が収納されている。
(これは、探すのが大変かも……)
どれくらい時間がかかるのか、想像して呆然としていたら、職員は見たい本がありそうな部分を案内してくれるらしい。
「どんな本をお探しでしょうか?」
「あの、精霊花の本が読みたいんですが」
「承知いたしました。こちらです」
先導されてやってきたのは、図書館の入り口から遠い場所。
さらに――。
「精霊花についての本は、この棚からここまでになります」
職員が指示したのは、棚全体ではなく二段分だけ。
少なすぎでは?
と思ったけど、どういう事情でこんなにも少ないのかわからないので、微笑んでお礼を言っておいた。
「ありがとうございます」
「拝見なさる時は、中央のテーブルと椅子をお使いください。貸出しが必要な時は、入口近くにいる司書にお声がけください。レーン伯爵家の方がいらしていることは伝えておりますので」
なるほど。
たぶん私が貴族令嬢の身分のままひょこっと来ても、閲覧はさせてくれるだろう。
でも、レーン伯爵――聖騎士ルディアス様の身内でもなければ、貸出しはしてくれないだろう。
だから「レーン伯爵家の方が」という言い方をしてるんじゃないのかしら。
とりあえず、私は棚に近寄って該当箇所をじっと見る。
……タイトルだけ見る限りは、なんだかなさそう。
精霊花、その歴史についてを開いてみたけど、美しい絵柄が自慢のよく知られていて昔沢山売られた精霊花の特集本みたいだった。
あとは精霊花と精霊のおとぎ話を集めた本がいくつか。
何代か前の精霊花を愛した王女のお話。
はるか昔に王妃に贈られたという精霊花。
「あ、葬儀の精霊花の物語……」
書いているのは、精霊使いみたいだ。
どうしてあの花を使うようになったのかを書いているみたい。
とはいえ、ほとんど私が知っていることばかりみたいだ。
最後に手に取ったのは、精霊花から作る薬についての本。
私はこれを借りることにした。
ホルガーさんが察して、「私が職員に申し出ましょう」と手続きをしてくれた。
今日ひょっこりと顔を出した見知らぬ令嬢より、ルディアス様と何回かでも来たことがある騎士のホルガーさんの方が信用もあるだろうしとお任せしてしまった。
図書館を出たら、また別の職員さんが待ち構えていた。
「レーン伯爵様からの御伝言で、庭の方で少しお待ちくださいとのことでした。お茶を用意させますので、どうぞ」
女性の職員が微笑んでそう言ってくれたので、ちょうど歩き回って本とにらめっこして疲れた私は、休ませてもらうことにした。
案内されたのは……。
(うーん、普通は王宮が見える場所の方が、特等席みたいな感じなんだろうけど)
さっきよりも王宮がよく見える図書館外の庭だった。
美しい季節の花が咲いて、王宮の庭とつながっているのか木立の仕切りもない。
四阿のような屋根がある場所なので、度々貴族の来訪者や、学術院へやって来た人がここを使うんだろうな。
素通しはちょっとと思った私は、案内役の職員がこちらへと案内した奥側ではなく、近い場所に座ってしまう。
王宮に背を向ける形で。
職員はちょっと戸惑ったようだけど、座ってしまったのを改めて移動させるのも失礼だと考えたのか、何も言わずお辞儀し、お茶やお菓子を持ってきた学術院のメイドに給仕を指示した。
私はこの後も、景色の紹介をされるのを避ける目的で「借りた本を見てしまいたいので……」とやんわり職員もメイドも遠ざけることに成功。
ほっと息をつく。
ホルガーさんは何も言わず、近くに待機してくれている。
お茶を勧めようかと思ったものの、護衛役の騎士にそんなことをする令嬢というのも、悪目立ちをしてしまうと思ってやめた。
そうして一人座った状態で、私はルディアス様が来るまで借りた本を読むことにしたのだけど……。
「お姉様ぁぁぁご健勝でなによりでございます!」
小声なのに、やけにしっかりと内容が聞こえる叫び声が耳に届いた。
その声にびっくりして王宮の方を振り向けば、マリーシアが走ってくるところだった。




