29:学術院へ行ってみよう
ホルガーさんの様子は心配だったけど、
「大丈夫です、どうぞお気になさらず……」
大柄なホルガーさんが、しょぼしょぼとした微笑みを残して立ち去った翌日、ルディアス様が来てくれた。
「学術院へ行きたいと聞いた。私が付き添おう」
「あの、嬉しいのですが、ルディアス様が一緒だと目立つのでは?」
そう思って、手紙にはお使いに来た使用人を装えるようにしてもらえれば……と書いたのだけど。
「だめだろうか?」
ルディアス様が残念そうに言う。
え……、そんなにがっかりした表情するような話だったかしら?
なんだか申し訳なくなる……けどだめ。
「ルディアス様、目立つ人が側にいれば注目を集めます。万が一にも私の顔を知っていそうな父や使用人がいたら、大変なことになります」
「そうか……そうだな」
ルディアス様は至極残念そうに言うと、うつむいて言う。
「かといって、学術院には使用人だけでは入れないんだ。知り合いの貴族を紹介するのも……」
「そうなのですね。事情も知らずに申し訳ありませんでした。では学術院に行くのは難しいのですか……」
困った。
私が世間知らずなせいで、学術院に貴族のお使いという形で入るのも難しいとは思わなかったのだ。
でもどうしようと悩んでいたら、近くでごほんと咳ばらいをする人がいた。
ホルガーさんだ。
横にはちょっとニヤニヤ顔のベリータさんもいる。
「伯爵様、このホルガーに良い案がございます」
「どういう案だ?」
「こちらです」
ホルガーさんが差し出して来たのは、くるくる縦ロールの金髪のカツラ。
「こちらもどうぞ」
ベリータさんが差し出したのは、茜色と紺の色を組み合わせたライン柄の可愛いドレスだ。
「二つを身に着けますと、お嬢さんの身元も隠せますし、お嬢さんがホルガーをお連れになって学術院に入れば、完璧にどこか違う家のご令嬢に見えることでしょう」
「しかし身元の証明は……」
ルディアス様の懸念もわかる。
別人を装ったところで、私の身元を誰か信用のある人が証明しなくてはならないのだ。
しかしホルガーさんはにかっと笑って言う。
「身元保証人は伯爵様ですが、ご本人が一緒に行動する必要はございません。先にお入りになり、後から来るとお嬢さんのことを言づけるのです。そしてお嬢さんは、何か証になる物をお持ちになればいいわけです」
「それならいけそうですね、ホルガーさん! どうでしょうかルディアス様!?」
すごい作戦だ。絶対に上手くいきそうだと私は思う。
ルディアス様の意見を待っていると、やや苦悩する表情をした後で、ルディアス様がようやくうなずいた。
「仕方ない……そういうことにしよう」
早速私は変装することにした。
ベリータさんに手伝ってもらい、ドレスを着て鬘をつける。
鏡の中にいる金髪の少女は、自分とは違う気がするのに、自分の意思通りに動く。
新鮮な感じがする。
(でも気を引き締めないと)
学術院は王宮の中にあるのだ。
貴族がよく来ると聞いているので、父と遭遇してもおかしくはない場所だ。
遠目ではわからないかもしれないけど、なるべく目的地以外は行かないようにしなくては。
移動手段は、馬車になった。
どうやらそのつもりで、ルディアス様は馬車を用意していたのだけど。
「伯爵様はもちろん、騎乗して行ってください。レーン伯爵家の馬車は、お嬢さんがお使いになった方が、縁戚だという裏付けになりますので、ちょっとだけ遅れて到着します」
ルディアス様もその方が確実だと思ったのだろう、ホルガーさんの提案通りにした。
けれど、なんだか寂しそうな目でこっちを見る……。
(なぜかしら?)
理由がわからない私は、首をかしげるしかなかった。
馬車は王都の中へ入る。
久々に私は王都に来たので、ちょっと緊張した。
とはいっても、あちこち歩き回ったりしたことはないから、そんなに街並みに馴染みもないんだけど……。
両側に石造りの瀟洒なお店が立ち並び、華やかなドレス姿の人が行きかう場所のあたりで、ルディアス様の姿が見えなくなった。
私はなおもゴトゴトと馬車に揺られ――。
「お嬢様、到着です」
かしこまったホルガーさんの声が、止まった馬車の横からする。
扉が開けられ、ホルガーさんの手を借りて下りた。
目の前にあるのは、灰色の石を積み上げた峻厳な雰囲気の建物だ。
溝の装飾がほどこされた円柱も、どこか流れる滝を想像させて、静かな知的探求をする場としての印象を強くしている。
見上げながら、つぶやく。
「ここが学術院なんですね……」
「はい、伯爵様は手はず通りに先に入られたようです」
ホルガーさんが教えてくれる。
ここに、私の知らない精霊花の本が沢山あるといいんだけど、と思っていたら、濃紺のローブを羽織った男性が声をかけてきた。
「もし、レーン伯爵様の縁者の方でいらっしゃいますか? 案内をするよう仰せつかった学術院の職員です」
眼鏡をした真面目そうな男性が一礼し、挨拶してくれる。
ルディアス様が言づけてくれたようだ。
私の代わりにホルガーさんが応じた。
「そうだ。伯爵の遠縁のお嬢様なのだが、図書館の見学を頼みたい」
いつも私に柔和な様子を見せてくれているホルガーさんは、伯爵家の代理人として堂々とした態度で申し入れる。
「承知いたしました。図書館にご案内いたします」
職員がそう言って、先導してくれる。
私はそうして初めて、学術院の中に足を踏み入れたのだった。




