27:助けは来ると信じてた
唐突に馬の足音が迫ってきた。
さっきまで聞こえなかったのに?
思わず振り返った私は、腕を伸ばせば捕まれそうな距離にいた見知らぬ男が、駆けて来た馬に蹴り飛ばされるのを目撃した。
「ぐあっ!」
「もうこっちに来た!」
「おい一人だやっちまえ!」
私を追いかけていた拉致犯達は剣を構える。
けれど騎乗していた人物は、馬から飛び降りながら一人を蹴り倒し、その瞬間にもう一人の腕を切り飛ばす。
舞う血しぶきとカラスを絞め殺したような悲鳴に、思わず目をそらしてしまった。
それからも続く悲鳴に、思わずしゃがんでしまう。
けれど長くは続かなかった。
惨劇の声は無くなって、誰かが私に近づいた。
「無事か? レイナ」
落ち着いた静けさをすら感じられる声。
ぱっと顔を上げると、そこにいたのはルディアス様だった。
急いだのか、珍しく息が上がっているようで、額に汗がにじんでいる。
「ルディアス様、ほんとうに来てくれて……」
立ち上がろうとしたけど、力が抜けてしまってその場にぺたんと座ってしまった。
「遅くなって済まない。他の心当たりを先に探してしまっていて」
「いいんです。来てくださっただけで、本当にありがとうございます」
今度もちゃんと私を助けようとしてくれた。
それだけで、私は嬉しくてたまらない。
だけどなにかを忘れているような……あ。
「あの、クロトくんも一緒でした! 先にそこの林の方に走ってもらってて」
と言っている間に、本人がこちらの様子を見て戻って来た。
他の子供達も一緒だ。
「兄様?」
ぱたぱたと走るクロトの姿に、ルディアス様は驚いたようだ。
「お前、熱があったはずなのに走って大丈夫なのか!?」
「はい! 兄様の運命の人が治してくれました!」
ルディアス様に抱き着きつつ、クロトが再び問題発言をした。
「うん……!?」
ルディアス様も、これにはびっくりしたようだ。
そうよね? やっぱりクロトにそんなことルディアス様本人が言ったりしてないよね?
と思うと同時に、ちょっと寂しさも感じる。
(こんなに人助けをする立派な人の、運命の人だなんて……呼ばれてみたかったかもしれない)
恋をして結婚することはできなかった母。
だからこそ、私だけでも信じられる相手を見つけて、一緒にいられたらいいと言ってくれていた。
でも私は……自分が一度失敗したことに気づかされるまで、母の願う姿に指先すら届かなかったのだ。
二年の年月を戻って、沢山のことが変わった。
だけど一生懸命精霊花を育てたり、売ったり、自分だけの家で生活することで手いっぱいだ。
(なにより父が障壁になっているもの)
たぶん母でさえ、父は娘を標準通りにどこかへ嫁がせると思っていたはず。
まさか異母妹の引き立て役にするため、処刑を計画されるなんてね……。
そして一つ問題になるのが、娘の結婚は親が決定権を持つということ。
母がいない以上、父が必ず私の結婚に口を出せる状況だったりする。
(母とのつながりまでも断ってしまったら関係なくなるけど、母の娘だということまで捨てたくない)
唯一、私を守り育ててくれた母。
母との血縁だけが、以前の私が生きるよすがみたいなものだった。
それを捨ててしまったら、戻った意味がない。
(だから今は考えない……)
そう思いながら、クロトの言葉はそっと聞き流すことにしようとした。
なのに。
「君に怪我はないのか? レイナ」
ルディアス様に聞かれて、ないと言おうとしたところであの脱走のベテラン少女がやってきて言う。
「お姉さんね、腕や手の甲に擦り傷あるよ。足も怪我してるよね? お姉さんは気づいてないみたいだけど」
「え?」
言われてみれば確かに。
指摘されたところに傷があった。にじんでいた血はすでに固まっていたけど。
そして気づいたら痛い気がしてくる。
「治療をしよう。あと、捕まっていた子達はここに来てる子で全員か? 君は把握しているか?」
ルディアス様がはきはきしている脱走ベテラン少女に聞く。
「うん。二十二人だよ。数の数え方は知ってるの私」
にへっと笑う。
「では全員、連れて行こう。それぞれ手当や治療が必要そうだ」
「山から自力で降りられない子はどうしますか?」
私がふと疑問に思って聞くと、ルディアス様は微笑んだ。
「心配ない。もうすぐ他の者達が来る。それぞれの馬に乗せて連れて行く」
彼がそう言った通り、拉致犯のアジトの方から兵士達がやって来るのが見えた。
総勢四十人ぐらいいるのでは?
え、私が呼んだだけで、こんな人数で来るの?
(でもクロトがいるんだから、伯爵家の公子を救うためなら……って、あれ?)
クロトは指輪を持っていなかった。
そして私が助けを呼んだ。
なのに……ルディアス様、さっきからクロトがいることを全くおかしいと思っていないような。
気づいて頭をひねっている間に、やってきた兵士達が自分の馬を連れて来て子供達をそれぞれ載せて移動を始める。
「さ、レイナ」
クロトは伯爵家の騎士らしき人に連れられていき、ルディアス様が私に手を差し出す。
普通、ルディアス様が弟を連れて行くべきだが……そうだった。
クロトの病気のことを考えると、得策じゃない。
私はルディアス様の馬に乗って、この場を遠ざかることになった。
背中がルディアス様と接しているので、少々落ち着かない気分にはなるけど、信頼できる人が側にいることでほっとする。
(ようやく)
「あと、ここまでの経緯を教えてもらいたいからな。指輪では君に危機が起きたことしかわからないんだ。ベリータにいつから君がいなかったのかを確認して、おおよそ向かった場所からあちこち探してたどり着いたんだが……」
ルディアス様に言われて、そう言えば説明していなかったことを思い出す。
なので魔花を探している時に、突然誘拐されたこと。
この後で人身売買の商人に売られたうえで、その商人ごと全員始末するという話を聞きかじったことを話す。
「捕まってみたら、ルディアス様にそっくりな男の子がいて。彼が弟さんだとわかったのと、指輪のことを思い出させてくれて」
それでようやく、危機を伝えることができたのだ。
「知らせられたものの、私達を捕まえていた拉致犯が人数が多そうだったのと、捕まっていた子供達の数が多かったので、身を守れる物とか脱出できる物がないかと探していたら、運よく手が届く範囲に魔花がありまして。それを精霊に変えることができたので、脱出できました」
で、逃げてる途中でルディアス様が来てくれたのだ。
「弟も守ってくれていてありがとう、感謝するレイナ」
そう言われて、なんだか誇らしい気持ちになる。
少しは役に立てたようだ。
ルディアスは続けて質問した。
「そういえば、弟の具合が良くなっていたが……レイナ、君が何かしてくれたのか?」
「あ……」
私はとっさに左右を見回す。
帰る兵士達の列の後ろの方にいるのだけど、最後尾は捕まえた拉致犯達の生き残りを馬に括り付けて歩いている兵士達なので、少し離れていた。
「あの、弟さんは……神聖力過多なのですね」
「……わかるか」
「はい。精霊使いは神聖力も扱うので」
ルディアス様は納得したようにうなずく。
「だから治せなかった。一時的にああして元気にさせることはできても、一週間もすれば元の虚弱な状態に戻ってしまう。そうして治せないまま、今まで苦しい思いをし続けているんだ」
聖職者でも治せない物。
それが神聖力過多による不調だ。
ルディアス様も神聖力が多いからこそ、聖騎士になれているわけなので、家系的にそういった傾向があるのかもしれない。
とはいえ、治すのは難しい。
私がした処置だって、一時的な物でしかない。
ただ一つ、可能性がある治療法はある。
「あの、過去の精霊使いの記録で見たことがあるのですが……」
私はそれを試してみないか、とルディアス様に持ち掛けることにした。




