24:ルディアスの弟
(前の人生で、そんな話を聞きかじったっけ)
貴族の子弟が誘拐されて亡くなるなんて、かなり衝撃的な話だ。
だからと、父でさえ屋敷の警備を強化していた。
それぐらいバタバタとみんなが動いていたり、話したりしていたから、私でも外で何が起こったかわかったのだけど。
(まさかこれが原因? 誘拐されて、殺されたのは……)
助けたい、と思った。
自分も捕まっている状態で何を考えているのかと思うけど、一度経験した最悪な二年の中で、唯一私を助けようとしてくれたルディアス様に恩返しがしたかった。
とはいっても、たいしたことはできてない。
いまだにベリータの雇用料もルディアス様が持つといっているし、詐欺師を捕まえるのをちょっと手伝っただけ。
あとは私がお世話になってばかりだ。
今こそ、恩を返す時じゃないのか。
まずはルディアスの弟と思われる子の、病気を少しでも改善したい。
だから男の子の手首に触れてみて……。
(あれ?)
神聖力が強いみたい。
むしろ魔力はほとんど感じない。
人が病気になると、たいていは魔力のバランスが悪くなって体調が悪化する。
だけど神聖力があると、それが抑えられやすい。
神官は風邪ひかないという格言があるのだけど、それは神聖力のおかげだ。
ただし、神聖力があっても病にかかりやすく虚弱になることもある。
(神聖力過剰症……)
最も治療がしにくい病気だ。
ただ魔力を与えればいいというわけではない。
どうにかして神聖力そのものを、減らすしかないのだけど……その方法はほとんどない。
そのため、別名『神に愛されすぎた病』と呼ばれている。
愛しすぎて、早く神が側に置きたがっているのだと。
(だから、レーン伯爵家のような家の子なのに、病気が治せないのね)
貴族で、当主は聖騎士なのに、弟が病みついているのはそのせい。
(でも私なら、少しは緩和できる)
神聖力がだめなら、魔力を使うのだ。
普通の魔法使いでは、神聖力が扱えないけれど私はできる。どちらも持っているからだ。
慎重に、男の子に触れた指先を通して、まずは神聖力を自分の中に取り込んでいく。
直近で浄化を受けていなかった分、私の方がすっとした気持ちになる。
そして空いた場所をそのままにしておくと、本人の作り出す神聖力が隙間を埋めてしまうので……魔力を込める。
多くなると体が辛くなるけど、少量ならば神聖力を押しとどめてくれる。
ずっとではないけれど……。
ゆるゆると男の子の顔色に血色が戻ってくる。
ぜいぜいと苦しそうだった呼吸も、安定して静かになっていった。
そして目を開く。
自分の手に触れている私を目に留めて、驚いたようにじっと見て来る。
「あなたは……」
私は「気分はどう?」と聞こうとしたけど、男の子はとんでもないことを言い出した。
「もしかして兄様の運命の人、レイナ様ですか?」
「はいぃぃ!?」
運命?
運命の人って何?
ロマンス物語でしか聞かないような単語なんだけど?
予想外の単語にびっくりしていると、男の子はどんどんしゃべる。
「ね、レイナ様ですよね? ちょっとくすんだ金の髪が落ち着いた感じがしてて、瞳の色はレイナ様が操る植物の緑で、実はまだ成人年齢じゃないからこっそり兄様が商売の後見人になってるけど、がっかりさせたくないから内緒にしてるんですって!」
「いやちょっと待って、なんの情報?」
私の容姿の伝え方もおかしいけど、後見人の話に意識が全部持って行かれた。
え? 後見人ですって?
(そういえば……ルディアス様が差し出してきた書類、よく見ないで署名したかも?)
まさかルディアス様が私をだますことなんてないだろうし、よしんば騙されても、ルディアス様以外に私が頼れる先もないもの。
でも確かに私、成人年齢にちょっと足りなくて……あと一か月だけなんだけど。
まさか未成年は商売できない?
え、家から出たことがなかったから知らなかった!
「あとで確認しなくちゃ……。ていうか、あのごめん。確認させてもらいたいんだけど、君のお兄さんって」
「ルディアス・レーン伯爵だよっ。僕は弟のクロト」
「やっぱりかー。そっくりだもんねー」
「えへへへ」
そっくりと言われたクロトが、照れたように笑う。
うん、まぁ、この場で確認するべきは血縁者かどうかと、この子の体調だ。
「それで、体の方はどう? 熱は?」
「おおっといけませんよ兄様の運命の人が、僕に触れたら、兄様に嫉妬されちゃうかもしれない」
まだ十歳ぐらいにしか見えないんだけど、口調が道化師かなんかみたいな子だな。
面白いからいいんだけど。
あのむすっとした表情の多いルディアス様の側には、これぐらい明るい子がいた方が本人も嬉しいだろう。
「それはないでしょう。病人の体調を確認するくらいであれこれ言う人は、ダメな人よ」
「兄様にそう言って注意しておきますね」
「……? うん、まぁ」
とにかくクロトの額を触って熱を確認。……平熱っぽい?
「呼吸は大丈夫? だるいとかそういうのはない?」
「息はしやすくなりました。まだだるいですけど、寝てないと辛いほどじゃないです」
そう言ってひょいと起き上がったので、嘘ではないらしい。
「あ、そういえば兄様からいいものもらってませんか?」
「もらいもの?」
「それですよそれ」
指さして教えられたのは、右手薬指にしていた指輪だ。
「あ、これ……」
確か、ルディアス様になにかあったら知らせを送れる指輪!
そこでクロトが予想外の指輪の能力も教えてくれた。
「それ、念じてなぞってください。居場所がわかるようになってるって兄様が言ってました」
居場所がわかる?
私はすぐさま言われた通りに念じることにした。
指輪に触れながら念じる。
(お願いします、拉致されました、助けに来てください、弟さんもいます!)
指輪がふっと暖かくなった気がした。……これでいいんだろうか?
私としても助けに来てほしいので、真剣に願ったから通じると信じたい。
だって私に多少なんとかできたとしても、一人ならまだしも、ここにいる子供達全員を無事に逃がせる自信がないんだもの。
絶対に人手が必要だ。
「よかった、これで兄様が来てくれます」
ほっとした様子のクロト。
具合が悪い中をさらわれて、この子も心細くて辛かったんだろうな……と思ったのだけど。
「弟を探しに来たら、レイナ様も助けられて一石二鳥ですね。ちゃんと来たら、兄様にご褒美をあげてくださいね!」
「ご褒美どころか、助けてもらった恩を返せるならなんでもしますよ!」
「それなら兄様に抱き着いたりしてあげてください。きっと喜びます。よかったぁ、兄様のためになることができて。拉致され損かと思った」
拉致されて死にそうになったにしては、明るいなほんと。
それにしてもこの子、一体どういう形で私のことを伝聞されているんだろ……。
ていうかルディアス様、どんな話してるの!?
想像したら、なんだか顔が熱くなってきた。




