22:拉致は山の中で
それから一週間。
私は家の中で、精霊花で防犯処置を行いながら過ごしていた。
ルディアス様からも、なるべく家の中にいてもらいたいと言われていたからだ。
町へ出れば父に遭遇するかもしれないし、家を探しまわっている可能性があるから、と。
山なら大丈夫だと思うのだけど、ルディアス様は別の考えがあるようだ。
「もうそろそろ奴隷商人が出てきそうな時期だ。まだ早いはずだが……一応山の中も気を付けるべきだからな」
「そうなのですね」
返事をしながら私は首をかしげる。
なんで『そろそろ』なんだろう。
ルディアス様は、まるで奴隷商人が山の中に現れるのを予見しているような言い方をしているなと思ったが、言い回しを間違えたかなんかだろう。
とはいえ、私も防犯用の精霊花を育てて置いたら、もうやることがない。
町に花を売りに行くこともできないし……。
すごく時間ができてしまった私は、ベリータさんの手伝いをしながら料理を覚えることにした。
「いいですね。筋がよろしいですよ、料理を始めてこんなにすぐうまくなるだなんて!」
にこにこ顔で褒めてくれるベリータさん。
「貴族の御婦人でもお料理ってするんですか? なにやら良くないらしいと耳にはさんだことがあるんですが」
「嫌がる方が多いです。夫が料理人を用意できない証になってしまうって見られるらしいので」
私が元貴族令嬢だとベリータさんにはバレているので、気楽にそのあたりの話を私もする。
ただし私も社交は明るくないので、母に聞いた話をするしかないのだけど。
それでもベリータさんは興味深く聞いてくれた上で、ふいに言う。
「あ、でも伯爵様なら進歩的な方だから、きっと奥様になる方の自由にさせてくださる気がしますよ」
「ルディアス様なら……そうかもしれませんね。でも、それが外に漏れた時に、人の噂を止めるのは難しいでしょうから」
たとえ聖騎士であっても、噂をする人を一人ずつ説得して回るのは難しいもの。
「そうなんですねぇ。あ、ほら焼けましたよ」
竈のオーブン部分の蓋を開け、中を確認していたベリータさんがミートパイを取り出してくれる。
具材を炒めるところから、ベリータさんと一緒にやった料理だ。
できあがり、ベリータさんと一緒に食べる。
とても美味しかったし、自分にも精霊花を育てる以外にできることが増えてとても嬉しかった。
それから一週間。
どうやら父は本当に町へ来なくなったらしい。
ルディアス様にそう聞いて、私は「それなら……」と思う。
「町に下りた方が、私のこと見つけやすいよね? それなら山だったら遭遇しないんじゃないかな」
聞けば、ベリータさんや町の子供達も山に入って薪を拾ったり、山菜をとるらしいけど、町の人以外はついぞ見かけていないようだ。
一人だけならまだしも、複数人がそう言うなら大丈夫だろう。
「そろそろ新しい精霊花も咲かせたいし……」
蔦での護身に限界を感じていたので、他の精霊花を育てたかったのだ。
気になるのはルディアス様がここ三日ほど、家に来ていないことぐらいか。
悪い知らせも来ていないし、ルディアス様も領地を持つ貴族だから、なにかと仕事があって来られないだけだろう。
「そもそも、伯爵様が頻繁に精霊使いを訪れるのも、変だものね」
気にかけてくれるけど、それは私が有用だったり、一度助けたからには何かあったら寝覚めが悪いからだろうと思っている。
「よし、ちょっとだけ山に入ってみよう」
私は翌日、お昼前に数時間だけ山の中で魔花を探すことにした」
このあたりは、山がいくつも連なっている。
人によってはその尾根を歩いて越え、向こう側の領地まで行くらしい。
でも私が入る山は、家の側にある低い山だ。
たとえ精霊花という護身術があっても、やっぱり魔物と直接戦える気はしないので、遠くに行くのは護衛を沢山雇ってからになるだろう。
「精霊花でかなりお金がたまってきたし、父のことが収まったら……少し足を延ばして、魔除けの向こうまで魔花を探しに行きたいな」
作ってみたい精霊花は沢山ある。
精霊使い達が遺した記録には、私が見たことがない精霊花が沢山ある。
「前の人生でも、見たことがない魔花も精霊花も沢山あったけど、今回なら探しに行ける……」
そう思ってしまったら、うずうずしてしまうのだ。
できなかったことを、今度はしてみたい。
「誰か雇おう。っていうか、どこで雇えばいいんだろ。ベリータさんに聞いたら教えてくれるよね?」
父が完全にルーフェンの町に来ないとわかってから、すぐに人を雇って魔除けがあるその向こうに行こう。
普通の人はそういうことをしないのだけど、魔物を倒してその牙や魔石なんかを売って生計を立てている冒険者という人がいるのは知っている。
彼らなら、私の依頼を受けてくれるだろう。
そんな計画を立てながら、山を歩いた。
でも不思議と、今日はほとんど魔花を見つけることができない。
杖も全く反応しないので、精霊花もないようだ。
「山のこっち側は、あまり花がないってことかも」
陽も少し傾いてきた気がするし、体力がある方でもない私は、そろそろ山を下ることにした。
急な坂を慎重に折り、町の人が沢山歩いたんだろう道ができている平坦な場所まで戻る。
そこでふっと息をついた瞬間だった。
「!?」
突然視界が真っ暗になった。
何かがさがさとした布に覆われている。
袋……? と思ったら斜め掛けにしていた精霊花の小さな鉢が奪われる。
「ちょっ!」
抵抗しようにも、私の貧弱な腕力ではどうにもできず。
争いにもならないまま、私はかぶせられた袋に放り込まれ、持ち上げられる。
叫びたくても驚きすぎて声が出ない。
そもそも近くには、誰もいなかった。
(悲鳴を上げても、誰にも気づいてもらえない……)
絶望感に背筋がぞっとする中、私はどこかへと運ばれて行ったのだった。
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