20:本当に追いかけて来た!?
一瞬で、嫌な記憶がよみがえる声。
思わず足を止めてしまった。
まさかと思って振り返ると、そこには実父が、数人の私兵を従えて立っていた。
王都にいるはずの父が、どうして……。
と思ったところで、マリーシアの言葉が頭の中に浮かぶ。
(本当に、連れ戻しに来たの!?)
そして父がじりじりと私に近づきながら、予想通りの言葉を口にした。
「この一か月ほど、あちこち探したぞ……。精霊使いが噂になっていると聞いて調べてみれば、やはりお前だったか。さあ、帰るぞ」
当然のように命令してくる父に、私はじりっと片足を後ろに引く。
(マリーシアは嘘をついてなかったのね。だとしたら、私が……件の末裔だという触れ込みの精霊使いだったのも、本当だったの)
まさかと思う気持ちがどうしてもぬぐえなかった。
前回の二年間、私はずっとそう信じて生きていたから。
――本当のことを知ろうともせず、疑問も持たずに従っていたと気づいたら、自分が情けなくて辛かったから、そんなわけがないと思ったのだ。
あんなに苦しい日々だったのに、騙されて耐えていただなんて。
でも……。
(だからって、今の楽しい生活を捨てたくない!)
私ははっきりと父に言った。
「私は戻りません」
身を投げた時よりも、今の方が怖くない。
なにより私には武器がある。
≪ぐるぐる巻きにしてやっても、いいんじゃなーい?≫
なぜか覚えているあの言葉の通り、父のことは一度ぐるぐる巻きにしている。
今度だってできる。
私が一歩も引かないからか、父は渋面になる。
「親に向かって生意気な。お前を育てるのにどれだけの金を費やしたと思っている! そもそも貴族令嬢が自分で働いているなどとバレれば、どれだけ家に瑕疵がつくと思っているんだ! 連れて行け」
「伸びて」
私はためらいなく、精霊花に指示した。
指先から私の神聖力を受け取った精霊花は、素早くその蔓を伸ばす。
四本五本と増えながら、父と伯爵家の私兵達に襲い掛かっていった。
「ひぃっ! なんでおまえがこんなことができる!?」
「やはりあれはまぐれではなかったんですよ伯爵様!」
父や兵士が驚いて逃げ惑う。
「切り払え!」
「やっております!」
父側の兵士が必死に剣で蔓を切り払おうとする。
けれどその度に巻き付き、一人二人と、蔓との引っ張り合いで手がふさがっていく。
一方で、私の方もじわりと額に汗がにじむ。
精霊花が戦いつづけるために、私の神聖力が引っ張り出されていくからだ。
でも無表情でいると、私が淡々と行動しているように見えたんだろう。
父が怒鳴った。
「くそっ、お前まで私の邪魔をするのか! 母親と同じだ……!」
「お母様に迷惑をかけたのは、そっちだわ!」
病気になった時、お母様に医者を呼ぶのも渋って、薬代も渋った。
そうしてお金がないふりをしてでも、お母様を合法的に殺そうとした。
(前の人生では信じたくなかった。いくらなんでも、そんな風に誰かを嫌うだけで殺そうとするなんて、ありえないって思いたかったから)
でも私は処刑されそうになった。
決めたのも、王子にそうするよう勧めたのも父。
この人は、家族でも殺せる人なんだと、あの時に思い知ったんだ。
怒りが沸き起こる。
神聖力が尽きそうになったとたんに、残った魔力が私の体の中で渦巻きそうになった。
精霊花は、兵士達を捕まえるだけでやっと。
そして父は、私がそれ以上はできないとわかったのか、怒りで何も見えなくなったせいなのか……。
懐からナイフを取り出して握りしめた。
「逆らうのなら――」
(まさか、今度は直接殺そうとするの?)
びっくりして体が動かなくなる。
父の方は私に向かって歩き出そうとして――何かにはじかれたように後ろに吹き飛んだ。
「んがぁあっ!?」
驚きと、後ろに倒れた衝撃でおかしな悲鳴を上げる父。
「私の領地内で何をしている?」
落ち着いた、でもいつもより低く冷たい声。
振り返ったそこにいたのは、剣を抜いて立つルディアス様だった。
ルディアス様の背後から、送れて青いサーコートをまとった兵士達が現れる。
私の周りを囲むように立つ兵士達。
たぶん、守ってくれようとしているんだと思う。
「お前は誰だ……っ!?」
起き上がりながら罵倒しようとしたんだろう父は、ルディアス様を見て目を見開いた。
唖然とした表情って、こんな感じなんだろうか。
言いかけた言葉を忘れて、ぽかーんと口を開けている。
ルディアス様は一歩ずつ足を進める。
「私の顔を見知っているようだな。では、ここが私の領地だということも知っているし……」
私の隣に来た時、ルディアス様が私の肩に手を置いた。
温かい。
まだ安心できる状況じゃないはずなのに、なんだかほっとする。
そんな私とは違い、ルディアス様は冷たい声音で父に言った。
「彼女は当家と契約している精霊使いだ。そうだな?」
ルディアス様は、身に覚えのない契約なんてものを持ち出してくる。
(どういうこと? わからないけど、話を合わせておけばいい?)
私はとりあえずうなずいた。
当然父は叫ぶ。
「そ、そいつは私の娘なんです! 親が連れ帰るのは当然でしょう! しかも今はまだ16歳。未成年です!」
私はぐっと歯を食いしばる。
そう、貴族は平民よりも親の権利が強い。
だから政略結婚なんてさせられるのだ。
家を残し、継承していくことが領地の安定や王国の安定に必要だからと、それが認められている。
そして貴族の成人年齢は17歳だ。
(私を連れ戻すのは簡単だったのを、忘れてた……)
それを知ってたのかどうかはわからないけど、もっとマリーシアの警告を真剣に聞いておけば良かった。
私は後悔していたのに、ルディアス様はそうではなかった。
「職を持ち、金銭を得る許可証を発行されている者は、未成年のうちには入らない」
(そんな法律があるの!?)
ルディアス様の言葉に、私は驚いた。
それならさっきからルディアス様が慌てもしない理由がわかる。
すでに私は職を持ってる。
金銭を得ているんだから。
(でも許可証なんてあったかな……)
もしかすると用意しているのかもしれないけど。よくわからないから黙っておこう。
父の方はそう言われても引かない。まだ食いつく。
「しかしそいつは貴族令嬢です! 平民のようにはいきません!」
「この職についての法律は、貴族だとか平民だとか区別はなく有効だ。……過去にこの法律が適用された例を知っているが、聞きたいか?」
「…………っ!」
父は言い返せず、怒りで顔を真っ赤にするしかない。
そこへルディアス様がたたみかける。
「これ以上、我が精霊使いを脅かすようであれば、領地侵犯として貴殿を拘束することにする。我が領土で騒ぎを起こしたのだから当然だ。しかしこのまま領地から去るのなら、今回のことは不問としよう。……どうする?」
しばらくの間、父は下を向いて何かを考えていた。
打開策がないか探していたのかもしれない。
やがて何も思いつかなかったのか、絞り出すような声で言った。
「聖騎士様のおっしゃる通りにいたします……」
父が私兵に引き上げると言う。
それを聞いて、私は精霊花の蔓を元に戻した。
蔓とずっと引き合いをしていた兵士達は、ほっとしたように剣を鞘に収め、父と一緒に立ち去っていく。
その背中が見えなくなってから、ようやく私は溜め込んでいた息を吐き出したのだった。




