13:偽精霊使い
ジュワアアアアア。
魔花が熱湯に水をかけたように、激しく水蒸気を上げる。
そして水がなくなると黒い粉を噴き出した。
「ひやああああっ!?」
「なんだこれ!?」
ツンツン男はこうなる理由がわからないらしく、悲鳴を上げて店から逃げ出した。
追いかけて捕まえるべきか、迷ったけど、先にこの魔花をなんとかしないと。
一緒にいたお客は、腰を抜かしてその場に座り込んでしまっている。
「あのっ、お嬢様これはどのようにしたら!?」
支店長が焦ったように言う。
「大丈夫です。黒い粉も体に影響はないですが、これを止めて……精霊花に転化します」
杖を持って、魔花に近づく。
最後の力を振り絞るかのように、威嚇し、葉をむき出しにしてくる魔花を――杖でぶんなぐった。
「…………お?」
支店長が目をぱちくりしていた。
びっくりされたけど、これが一番手っ取り早い。
杖がないとできないんだけど、これだけで精霊花の力によって魔花が制圧できるのだ。
多少、衝撃を与えるといいという記述を見て、杖を使えるようになってからはいつも私はこうしている。
(杖がないと、魔花を素手で抑えつけて神聖力を使うから大変だったのよね。ショックを受けていない魔花は、魔力でこちらに影響を与える力も強くなるし)
さて、と私は衝撃を受けて目を回している様子の魔花をひっつかみ、神聖力を魔花に叩き込む。
カチカチカチカチ。
激しく鳴らされる魔花の歯。
気味の悪いその音は、レイナが握った場所から白く色を変えていくにしたがって収まっていく。
葉が白に染まったとたんに、ふわりと白く粉砂糖をかけたような柔らかな葉に変わり、花も歯が消えていき、白く染まると同時に光の粒があふれ、一瞬見えなくなった後に変貌していた。
花は前と同じなのに、どこか光さすような美しい色に。
そしてぼんやりと光っているのが、外よりは少しだけ暗い店内だからこそわかった。
植物の周りだけ、ほのかに明るいからだ。
それを彩る、綿毛のようなやわらかな葉。
夢の中の植物みたいに、可愛い姿だ。
「精霊花になったか……」
ルディアスがつぶやくと、問題は無くなったことがわかって支店長はほっと息をついていた。
店のすみっこに固まっていた店員達も、肩から力を抜いている。
「これが、本物の精霊花ということでしょうか?」
支店長が尋ねてくる。
「はい。初めてご覧になるのですか? 支店長さんは」
「ええそうです。自然の中で咲く精霊花も最近は希少ですし、精霊使いはほとんど見かけなくなりましたので」
ルディアス様が横でうなずく。
「おそらく、本物の精霊使いを見たことがある者が多かったのは、私の祖父の世代あたりだろう。ただ、今我々は、久々に本物を見ているのだが」
そう言って、ルディアス様が私を見る。
支店長さんが眼を丸くした。
「やはり、お嬢様は精霊使いでいらっしゃいましたか」
「あ、はい」
嘘をつく必要もないのでうなずいた。
すると、隅に逃げていた店員達がわっと浮き立った空気になる。
「初めて見た」
「精霊花って美しい」
私は精霊花を褒められて、なんだか嬉しくなる。
魔花も、美しい物はある。
けれどそれは、本当の姿を隠すための物なのだ。
だから本来の精霊花の美しさを、見せることができたのも誇らしかった。
(でも、本当に精霊使いはいないのね……)
店員までが初めて見た、と言っているのだ。
支店長の驚く様子も嘘ではなさそうだし。
なんだか私が今まで信じて来た世界がゆらいで、なんともいえない気分になる。
そしてやっぱり、私にだけ『精霊使いは沢山いる』と嘘をついた理由がわからない。
考えていると、ツンツン男が連れて来たお客が近づいてきた。
「あの。よろしければ、その精霊花を売っていただけないでしょうか、お嬢さん。実は光る精霊花があると聞いてやってきたもので……」
「光る精霊花限定ですか?」
つい問い返してしまうと、その猫背の商人は理由を語ってくれた。
「実は私の妻が、先日実家へ帰省しておりました際に火事にあいまして。それ以来、蝋燭の火も怖がるようになってしまったのです。けれど夜間、一切明かりがないままにはできません。使用人もなるべく火を見せないようにしているのですが……」
商人の奥さんは、紙で壁をつくって見えないようにしていても、緊張感で翌日にはぐったりしているそうだ。
「明かりの代わりになる精霊花があると聞いたことがあるんです。もし手に入るのならと思って、町の近くで花を売っている者がいて……。聞いてみたら、あの男を紹介されたのです」
「紹介……。仲間がいるのか」
ルディアス様の表情が険しくなる。
単独で、お金欲しさに人をだましていたのなら、あの男だけ捕まえればいいのだろうけど、仲間がいるのなら別だ。
自分のおひざ元に詐欺組織がいると聞いて、さすがにルディアス様も放ってはおけないと思ったんだろう。
「それで、売っていただくことはできますか? 金額はそれなりの用意があります。手が届かないほど高額でしたら仕方ありませんが……」
そう言われて、私は支店長さんの方を見る。
「元になる魔花をご購入されたのは、支店長さんなので、そちらで交渉していただいた方が良いように思います」
すると支店長さんが言う。
「私どもの方は、魔花の状態で騙されて売られた形になりますので、そこは犯人の逮捕に協力したうえで、犯人に返還させようと思っております。これを精霊花にする技術は、お嬢様の物。その技術料をお嬢様がこちらのお客様からお求めになってはいかがでしょうか?」
なるほど、さすがは支店長を務めている人だ。
元となる魔花は仕入れなどに私が関わっていないし、労力がかかっていない。
だから技術料に値をつけてはどうかと提案しているのだ。
ただ、重大な問題がある。
「ルディアス様。普通の精霊花のお値段ておいくらぐらいなのでしょうか?」
「このような精霊花なら……。魔花を採取する分の値を考えなければ、おそらくは金貨1枚ほどか」
「わっ。金貨!?」
物を知らない私でも、金貨の価値はわかる。
普通に考えて、そうそう出せない金額だ。
しかも鉢植え一つで!
びっくりしている私とは違い、商人さんは満面の笑みになる。
「想像以上の安価です!」
「そうなんですか? では、金貨1枚で大丈夫です」
安いと言ってもらえるなら、商人さんが負担になる金額ではないんだろう。
だから私はそれで売ることにした。
精霊花への水やりなど、注意事項をメモに書いたものも渡してお金を受け取る。
商人さんは、ほくほく顔で鉢を抱えて帰って行った。
「良い商売ができてようございました、お嬢様」
「支店長さんのおかげです」
支店長さんが商売をしてもおかしくなかったのに、それを私に譲ってくれた。
しかも原価として支店長さんが被った損失は、考えなくていいと言って。
「いえいえ。よろしければ、私どもとも精霊花を取引させていただければ、嬉しく存じます」
ふんわりと支店長さんが、精霊花売ってね、と言った。
「はい。新しい花を咲かせたらお店で扱ってくれたら嬉しいです」
その時はどんなやりとりをするのか、ルディアス様に教えてもらおうと思う。
なにせルディアス様は精霊花の取引についても詳しいみたいだし。
さっきも教えてくれなかったら、適正価格もわからなかった。
そして考えてみれば、魔花をとってくるのにも労力がかかっているわけで、それを原価に含めるんだなぁというのを教えてもらった。
だから改めてお礼を言う。
「ルディアス様もありがとうございます。精霊花の値打ちも教えてくださいましたし、本当に感謝いたします」
そう言ったら、ルディアス様は「うむ」と腕を組んでうなずく。
「あとは先ほどの、偽精霊使いだな」
「捕まえないといけませんね」
同じような被害者を出し続けたら、私が精霊花を売ろうとしても疑われてしまうことになる。
店で売られているような物なんて信用できない、と。
かといって無名の私が自分で売ったところで、お客を捕まえられるわけもない。
「伯爵家の領内で起こったことだ。私が探し出す。ただ、どうしても偽物だと明確にするために、レイナ、君に手伝ってもらうかもしれないが……」
私はうなずいた。
もちろん。
ルディアス様も神聖力は持っているけど、魔力がないためにただ攻撃して消滅させてしまうだけになる。
本物を見せなければ、元が魔花であることもわからない。それができるのは私だ。
「必ず捕まえて、ぐるぐる巻きにしましょう!」
「ん? ぐるぐる巻き?」
ルディアス様が首をかしげて、困惑した表情をしていた。




